絶筆のカッター ―天才女子高生作家殺害事件―

居木井 丈晴

第1話 情事と死体

「私ね、女の子しか好きになれないの」

 秋吉あきよし和美かずみは、奥山おくやまにそう告白した。温かい小春日和こはるびよりの落日が、文芸部室に2人の影を床に伸ばす。奥山が柔らかい光の中でそっと目を細めると、胸元あたりに秋吉和美の顔があった。

 小柄こがらな秋吉は背伸びをすると、奥山にキスをした。

 奥山の身長は171センチもあった。女子としては高すぎる背丈せたけは悩ましいが、あの秋吉和美がわざわざ背伸びして、接吻せっぷんしてくれた時、人生で初めてそのことを受け入れられる気がした。


 秋吉和美の唇は柔らかく、ほのかに温かかった。

「私は、今まで自分のことが許せなかった。他人ひとと違う自分が。誰にも相談できなくて、ノートの片隅に『私は女の子が好き。女の子が好き』と書いては、消しゴムで消す毎日だった。でも、ある日『私は女の子が好き』と書いて、消さなかった後、とてもほっとしたの。それから、紙と鉛筆の前では素直すなおな自分でいられたの。それが私という作家のルーツ」

 奥山は椅子に座った。秋吉はそのひざの上へ。奥山はそっと首を伸ばして、再び秋吉と唇を重ねた。

「私はあやまちを犯しました」

 奥山は秋吉のブラウスのボタンに手をかけた。秋吉はいたずらっ子のように笑うとちょっと体を離した。そして、白い歯を見せながら、自分の指でおもむろに第一ボタンを外した。そして奥山の華奢きゃしゃな手をそっと自分の胸元に導いた。奥山は誘われるまま、秋吉のブラウスの第二ボタン、第三ボタンを外していった。

「みんなそう。人は過ちを抱いて生きるの」

 半年前、確かに彼女はそう言った。その言葉は宇宙の真理を照らし出したかのような不思議な魅力を持って、奥山の心を捉えた。


 しかし、7月。

 秋吉和美は殺された。

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