【俺は反省文を書くべきだろうか】

 バレた。クララベルが知ってしまった。

 

 夕方の光できれいに発色した寝室は、小馬鹿にされていると感じるほど明るい。

 寝台に倒れこんだまま、俺は悶々としていた。


 ――いつユーノが聞いていたのだろう。

 あの時は確か、メイドがドアの外を通ったくらいの気配しかなかったはずだ。自分のことで精一杯だったし、立ち聞きされることまで考えていなかった。

 ダグラスの不誠実さもバレて、クララベルをフォレー領に降嫁させる計画はめちゃくちゃだ。


 ヘラのことは、うっかりするとフォレー家に飛び火する。

 レトさんが国王の直属だと明かしたのは、オジサンまで報告がいくと明言するためだ。

 クララベルを狙ったヘラを、レトさんはどんな事情でも許さないだろう。

 

 これまで、銅山の計画は順調に進んでいた。国王がフォレー領への降嫁を指示する可能性だって多分にあったけれど、それも水の泡だ。

 ヘラとユーノの均衡が崩れ、フォレー夫人候補はすぐにユーノに決まるだろう。

 既に婚約者がいては、王であっても無理は言えまい。


(最悪だ……)

 

 下手したら、ダグラスは俺の番への執着をクララベルに伝えてしまったかもしれない。

 ずっと違うと言い張ってきたのに、隠したことを知ったら、クララベルは激怒するだろう。

 

(あいつ、怒ってたな……)

 

 ――珍しく、すごく怒ってた。


 いっそ、クララベルに頭を下げて「おまえのことを番だと思っているから、俺の為に不幸な生き方をしないでくれ」と願うべきだろうか。

 

「はは……そりゃ、いいや。傑作」

 

 それなら、俺は竜の血を言い訳にして、クララベルに泣きつくことも出来る。

 誰の手も取らずにいてくれと泣けば、流されやすいクララベルのことだ、ずっと俺の妻でいてくれるかもしれない。

 

(そうだ、俺の妻でいてくれと願えば――)

 

 そこまで考えて、冷や水を浴びたようになる。

 俺ときたら、クララベルの幸せをちっとも望んでいないみたいだ。

 

(竜の愛は、ホントにただの執着だな)


 クララベルは画家の俺の自由を一番に望んでいる。それは俺が受け取れるクララベルからの精いっぱいの愛だ。

 何かしてやれることがあるかもしれないだなんて、思い上がりもいいところだった。今だってクララベルから受け取ることばかりを考えていて、特に次に何ができるか思いつかない。死刑を待つ囚人みたいな気持ちだ。

 

(あー、むかつく。すべてを壊して、クララベルと一緒に逃げ出せたらいいのに。クララベルの自由も、幸せも、未来も、全部俺の手にあったらいいのに)

 

 今こそすべてをなげうって、クララベルに愛を乞う時なのではないかと、行き場のない思いが巡る。

 

 しかし、どれだけ願望を頭の中に描いてみても、クララベルの小さな背中がまっすぐに伸びて、俺を拒絶するのがはっきりと見える。

 王女の肩書を背負った想像の中のクララベルは、強い視線で、震えながらも遠くを見つめている。

 想像の中でさえ、クララベルは俺とは違う方向を目指すのだ。


「全部欲しいのに」 

 

 叶わないと思うと、だいぶ頭が冷えて、なんだか悲しくなった。

 ギィギィと聞きなれない声を出して、窓の外を鳥の群れがねぐらに飛んでいくのが見える。

 俺は今夜どうなってしまうんだろう。別の部屋で寝ろと言われたら泣きそうだ。


 心が弱ってくると、三人のことが気になってくる。


(俺を締め出して、あいつら何の話をしているんだろ)

 

 ダグラスはクララベルとユーノのどちらにも心があることを、どう説明するのだろう。クララベルのことは諦めたなんて言っていたけれど、チャンスがあれば動く男だ。


(はっ、二股野郎なんか、嫌われてしまえばいいんだけどさ)

 

 情の深いクララベルが、ダグラスを本気で嫌うとは思えない。

 告げるとなれば、ダグラスはムカつくほど誠実にクララベルに愛を告げるだろう。

 恋愛経験の乏しいクララベルのことだ、ダグラスから真摯な告白をうければ、恋心が動き出すかもしれない。

 ダグラスがユーノではなくてクララベルを選ぶなら……。


「――いや、まてよ、ダグラスが選ぶってなんだよ、腹立つな! 二股のくせに!」


 声を上げて身を起こせばヘッドボードに肘をぶつけて、痛みでまた寝台に伏すことになった。

 俺は、ちっとも生産性のない嫉妬で悶々としながら、クララベルが戻るのを待った。

 





 しばらく待ったあと、ノックする音もなく扉が開く。

 確認するまでもない、クララベルだ。慌てて体を起こして寝台に腰掛ける。

 夕方の光で陰影を濃くしたクララベルは、閉めたドアの前で手を組み合わせている。

 

「ミスティ……」

 

 激怒しているかと思っていたが、だいぶしょんぼりしている。

 ダグラスは俺の執着のことを話してしまったただろうか。そうだったら俺はもうダメだな。死のう。


「なに? 殴りにきたの? 反省文なら書けてないよ」


 クララベルは緩く首を横に振る。

 軽口をたたいてみたが、不安で冷や汗が出る。


「俺の気遣いに、感謝する気になったとか?」


 また首を振る。

 沈黙に耐えられない。もう番のことを俺から言ってしまった方がいいのだろうか?

 知ってしまったなら、何とか言ってくれ。罵倒を浴びるほうが、まだマシだ。

 

 俺が馬鹿なことを口走る前に、クララベルは視線をあげ、俺を見た。

 

「私が、サンドライン家に降嫁するって言ったから……だから、フォレー領の銅山に着手したわけ?」


 俺はどう答えればいいかわからずに頭を掻いた。

 クララベルは何をどれほど知ってしまったのだろう。部屋から逃げ出して、先にダグラスを締め上げようか。

 考えているうちに、クララベルがどすどすと俺の前までやって来る。

 

「ちょっと、何か言いなさいよ。フォレー家まで巻き込んだのよ。ヘラもたいがいだったけど、ユーノも大変だったわ。私とダグラスとの妙な関係を疑って、ずっと詰められてた。私がサンドライン家に行くのが嫌なら、そういえばよかったじゃない」


 それに関しては、そんなことを考えついたクララベルが悪いと思う。

 クララベルを大切に思う人たちから賛同される結婚ではないと、クララベルは気が付かないのだ。

 クララベルの決定に傷つくのは俺だけじゃない。レトさんも、父さんも、サリもヒースも、きっとレニアス殿下や腹違いの妹も、心を痛めるに違いないのだ。


「言ったし。いくらなんでもオリバーと結婚するって聞けば正気を疑うからな。それに、クララベルは一人でいるのがいいって言うくせに、本当は誰かと群れるの嫌いじゃないだろ? バロッキーの屋敷で暮らせるならその方がいいけど、そういうわけにはいかない。それならフォレー領に、と思ったんだよ」

「それは反省してる。でも、何の相談もしないで、なによ。ミスティこそ、私のこと、何にも分かってないじゃない」

「俺に理解されなくても、ダグラスに好かれればいいだろ」

「よくないわよ。ユーノが可哀想じゃない。ユーノはダグラスのことが好きなのよ」

「そんなの俺には関係ないし。ダグラスの問題だろ」

 

 俺が思うより、ダグラスのユーノへの思いが大きかったのは気が付いていた。

 俺だったら心を分けたら裂けて死んでしまうと思うのに、ダグラスは同じ大きさの心を二つ持つという荒業を俺に見せたのだ。

 竜には、竜でないやつの心は理解できないのかもしれない。だからきっと、クララベルのことも本当にはわからないんだ。


「……それで、何て言ったんだよ。ダグラスにも俺たちの結婚が偽装だってバレてるのにさ。ミスティが好きだからダグラスとは関係がないって言ったって信じなかっただろ」

「卑怯な言い逃れをするしかなかったわ。何かあるのを証明するのは簡単なのに、無いものを無いって分からせるのは大変なことね」

 

 全くだ。

 俺がクララベルに深い執着を持っていることを証明するのは秒でできる。

 でも、番じゃないことを証明し続けるのは、馬鹿みたいにつらい。

 今だって、クララベルが欲しくてずっと苦しい。

 

「で、ダグラスはなんだって?」

 

 愛を告げられたのかと訊いているのが分かったのか、クララベルはため息をつく。


「そんなの、ミスティに報告することじゃないわ。私……ずっと近くにいたはずのに、ダグラスのこと、何も知らなかったのよ。ぼーっとしてた自分が嫌になる」

 

 ダグラスが色よい返事をもらえなかったようだと知って、ほっとする。

 いいんだ、俺は他人の幸せを祈れるほど余裕はない。


「ダグラスだって俺の話に乗る利があった。最初はクララベルのことで持ちかけた話だったけど、ダグラスはおまえを手に入れることより、ヘラを退けることのほうで銅山の利益が必要になった。あいつ、領主としての利益をとったんだ。俺たちの利害は一致していた。ダグラスが玉砕したって別にクララベルが気に病むことじゃない」

「統治に害がある者を除くのは時期領主として当然のことだわ。ダグラスの話はいいの、もう、そっとしておいて。それより、利害が一致するっていうけど、ミスティにある利って何なのよ」

 

 クララベルは仁王立ちで腕を組み、俺を睨む。

 

(番であるクララベルの幸せを保証したかった……とか言ったら、驚くよな)


 俺は今までクララベルに好きだと告げた事があっただろうか。

 言ってないだけでダダ漏れの好意は、鈍いクララベル以外には大声で主張しているのと変わらない。今更、何をどう言えばいいのかわからないくらいだ。

 

「……何って……この国に、未練を残さずに死ねるかな……って」


「未練て……私?」

 

 クララベルは眉間に皺を寄せて訝しげに首を捻る。どうやらダグラスは俺の秘密は告げずにいてくれたらしい。ダグラスに庇われて悔しいが、あいつが人格者で助かったとも思う。


「全然違うし――って、誤魔化すのは無しだよな。ほら、まあ、クララベルとは正式に家族になっちゃったからさ、それなりに情はあるわけで」

「はっきりしないわね。どうせなら愛の告白に聞こえるように言いなさいよ」

「……そういう好きじゃないし」

「それを証明するのはすごく大変よ。さっき経験してきたわ」

 

 そうなのだ。

 

 こんなにクララベルが好きなのに、言わないってなんだ? 馬鹿馬鹿しくて頭痛がする。

 もう否定するのに疲れてしまって、バレてもいいとすら思えてきている。


(反省文じゃなくて、恋文でも書いておけばよかった……)


「俺は……」


(あ、俺……番だと隠すために、初夜に目隠しをさせたんだった)


 言いかけて、初夜の時のことを思い出して、俺はそのまま固まった。

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