おまけ【俺は恐怖で後退りした】
「ああ、動いてはいけませんよ。狙いが外れては……まぁ、事故で済みますね。
私は王命を受けた姫様の剣、無体なことをする輩がたまたま伯爵令息であっても、その務めを果たしましょう」
天幕の仕切りの向こうからレトさんの声がする。
今まで聞いたどの声よりも明るく朗らかな声色だ。
「ふふふ、私、こんな近くで獲物を狙うのは初めてで……」
ザンッと何かめり込むような音がした。
「ひっ……」
「あまり弓は得意ではないので、今度このような事がありましたら、うっかり事故を起こしてしまうかもしれません。剣だったら得意なのですよ。綺麗にその髪、剃り落とすくらいのことは朝飯前です」
「や、やめてくれ……」
外に悲鳴が聞こえるのは嫌なのか、くぐもった悲鳴を噛み殺そうとして失敗しているオリバーの鼻息が聞こえる。
「姫様を再び狙うつもりなら、首が胴からなくなるくらいのことは覚悟なさってからになさいませ」
「もうしない。本当にもうしないから……」
「ああ、お可哀そうに。腰が抜けてしまいましたか?
そういえば、オリバー殿は騎士団演習に参加することが無かったのでしたね。何度も募ったのですが終ぞ一度も演習ではお会いしませんでした。
体格にも恵まれているのですから訓練を受ければよかったのです。そうすればそんな軟弱な精神は叩き直して差し上げたのに」
何が起きているのかは音で推測するだけだが、とにかく中で恐ろしいことが起きているようだ。
何が恐ろしいって、レトさんの口調が生き生きとしている。
「これから療養なさるのでしたね。大丈夫です、私が体力づくりのメニューを作っておきますので、お任せください」
何が大丈夫なものか。
レトさんに監視されながらの体力づくりという地獄が始まるのをきいて、俺はオリバーに同情しそうになった。
クララベルにレトの様子を見てくるようにと言われたが、俺はこの天幕の仕切りを開ける気にならなかった。オリバーを射殺さんと勇むレトさんと目が合うのも嫌だし、体力づくりのとばっちりを受けるのも嫌だ。
何はともあれ、オリバーはもうクララベルに牙をむくことはないだろう。
――ザンッ。
もう一度かなりの重さで地面に何かがめり込む音がして、俺はレトに気取られないように用心しながらじりじりとその場を離れた。
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