【紅葉踏み分け……】
(な、なんてことしてくれるんだ……)
俺はクララベルが立ち去ったのを確認してから、のろのろと筆を置いて両手で顔を覆った。顔が熱い。鼓動がうるさい。
油断していた。
目が……目が光ったと思う。
クララベルには見つからなかっただろうか。
俺は竜の血をコントロールするのが上手い方だ。あれだけクララベルに触れて目を光らせないでいられるのは我ながらすごいなと思う。
他の兄弟達なら、節操なくピカピカさせているだろうし、今みたいなことがあれば、ヒースは鹿くらい呼ぶ。
不意打ちは……危険だ。なんだあいつ、なんのつもりだ?
万が一だけど、ついに俺の事が好きになったとか……? いや、まさかな。
俺は自分からはクララベルに触れても自制心を保てるくせに、クララベルからの接触にはすごく弱い。
些細なことで悦びすぎてしまう。
そうだ、さっきのレニアスのように身内に偽装なのかと疑われて、それを払拭するような演技が必要だったに違いない。
身内の誰かがこちらを見ていたとか、そんなところだろう。
俺はクララベルの行動に期待を持ち過ぎないようにしている。
何か企んでいたのか、さっきから落ち着きがなかった。女官から何か受け取って、立ったり座ったりしている。絵を描くのも飽きたようだし、森を歩き回ることにでもしたのだろうか。
お茶を飲んでくると言っていたが、クララベルがいた空間が空いていて落ち着かない。
不自然にならないくらいに俺もついていこうと思う。
向こうから女官がやってくる。クララベルの姿は見えない。
そういえばクララベルは天幕からだいぶ遠い所にいるようだ。
「ミスティ様……」
この城の者は俺を家名では呼ばない。単にクララベルがそうしているから倣っているのか、根底にあるバロッキーへの恐怖心がそうさせているのかはわからない。
女官は、目を伏せながらクララベルが一人で、一際高くのびる紅葉した木の所で俺を呼んでいると告げた。
一人で? 一人で行ったクララベルも大概だが、それを許した女官は大丈夫なのか?
「クララベル様が、どうしてもミスティ様に秘密にしたいからとおっしゃって」
女官は顔を赤らめて告げる。逢引の誘いだと暗に告げている。
「……はは、可愛らしい方だ」
とっさに馬鹿な王子のようなセリフを吐いたが、俺は混乱していた。
そんなはずはないけれど、そうであってもいいと思う。だが、肩透かしを食らったのは一度や二度ではない。
限りなく薄い期待に、思わず頬に手をやり、さっきの掠めるようなキスの余韻を思い出す。
(一体全体、なんなんだ?)
浮き足立つ気持ちを抑えて、取るものもとりあえず、指し示された場所へ急ぐ。気もそぞろで、腰の道具入れをつけたままだ。
……もしかしたら?……いやそんなはずはないと感情が行ったり来たりするのは、もう仕方がない。
期待しすぎて痛い目にあうのはいつものことだ。
紅葉を踏み分けて森を行くと、鹿が鳴く声が聞こえる。寂しげに聞こえるのは秋の風情としては似つかわしい。
(いや、秋の鹿って発情期で鳴くんだったか?)
だとしたら俺を揶揄しているようで腹が立つ。
クララベルの気配を追って道には沿わずに、直進してきてしまったので、おかしな場所から開けた所に出る。
クララベルがいる。
思わず物陰に身を隠し、木陰からそっと覗いて、俺はまた頭を抱えることになった。
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