竜の血

 ミスティは、少し宙に視線をやって、また私に視線を戻す。


「あんたはさ、今のうちに次の夫を見繕っておかなくていいのか?」

「次の夫?」

「紅玉祭だぞ。カヤロナ家だって竜の分家だ。クララベルにだって一滴くらいは竜の血が流れているんだろ? 竜にとっては番を見つけるのにいい夜だ」

「ええ、私? うーん、つがい、ねぇ。ピンとこないわ。そもそも、番ってどうやって見つかるものなの? 番を見つけたときって、そうだと分かるらしいじゃない? どうやって?」


 ミスティは私が首をかしげているのを横目で見て、やけに渋そうにお茶をすする。


「俺に聞いてどうするんだよ。俺はそういうの要らないんだけど」

「要るとか要らないとかなの? ますます、わからなくなるわ」

「さあね。ルミレスなんて、ずっと相手といる時に目が光っていたのに、自分では気が付かなかったってさ」

「目が光るの? ああ、そういえばヒースもそうだったわね。なるほど、あれがそうなのね」


 目に現れる竜の血は、感情の高ぶりで輝くことがある。仕組みはわからないけれど、ああいう時の竜は何をするかわからなくて危険だな、とは思う。


「私ね、ずいぶん前から竜に反応しているみたいではあるのよ。トムズやジェームズやヒースに会った時も、他の人と違う特別な感じがしたわ。でも、三人とも同じように特別な感じで、それは番とはまた違うのでしょ? 単に親戚を嗅ぎ当てたってことかしら」

「じゃぁ、俺はどうだった?」

 

 ミスティはお茶の中の茶葉のかけらを揺らしながら、薄ら笑う。


「ミスティと会った時?」


 あの時の事はよく覚えている。

 ヒースを奪えないかと画策してバロッキー家に乗り込んだが、ヒースが無理ならジェームズの息子でもいいと思っていた。


「え? ミスティは一目見た時から鳥肌が立つほど、特別に大、大、大嫌いって感じだったわ。一瞬で、天敵だとわかったの!」


 鼻で笑い飛ばすけれど、鳥肌が立ったのは事実だ。

 ジェームズの息子を見てやろうと呼んでみたら、少女のような少年が出てきて驚いた。

 その少年があまりに綺麗すぎて、戦慄せんりつした。

 ジェームズやヒースだって綺麗だけど、ミスティの存在は刺し貫かれるほどの衝撃があった。

 すぐに目の前から消えて欲しいと願ったのを、くっきりと覚えている。

 ヒースを奪い取る為に着飾って来たのに、絵の具で薄汚れた少年にも劣るなんて、自分が揺らいでしまいそうだった。

 こんな綺麗な少年に見られている所で戦えないと、傷つけるようなことを言って追い払ったのだっけ。

 あの天使のような愛らしい面影は、今のミスティには無い。


「嫌いすぎて、早く目の前から消えて欲しいって思ったわ」


 ミスティは不機嫌そうに長い手を伸ばして、今度は私の耳を引っ張る。


「あっそう。俺と一緒だね。ぜんぜん可愛くないお姫様だなって思ったよ」

「もう、痛い! やめてってば! そういえば、二度目にバロッキー邸に行ったときに、私を叩いたわよね。あれ、まだ私に謝っていないじゃない!」

「あれはお前が悪かった! 俺はアレに関しては絶対に謝らないからな」


 私たちが言い争っているうちにレトが一度、様子を見に来て、残念なものを見るような顔をして、また部屋から出て行った。




 レトが粗雑に置いていった茶菓子を食べながら、気を取り直して紅玉祭で挨拶する来賓の名前を覚えたり、式の祝詞を読み合わせたりしている。

 一通りやることが済んで、また竜の話に戻る。


「まぁ、クララベルは、分家にしては竜の血が濃いとは思うけどね」

「薄い分家の竜の血をかき集めた集大成が私だもの、少しぐらいそれらしくないとおかしいわ。ねぇ、女性の竜には番ってわからないものなの?」

「どうだろうなぁ。女性の竜は見た目じゃわからないから確かめようがないんだよ。俺の知ってる範囲で女性の竜は、アルノの母上ぐらい? アビィおばさんは番がいる竜だよ」


 どうにもベリル家と聞くと自然と身がすくむ。

 近づきたくないと思うのは引け目からだろうか、それとも私に薄く流れる竜の血のせいなのか。


「ベリル家とは面会する機会すら無いから、参考にもならないわ。こんな不確かな話やめましょう。私に番なんて、考えるだけ無駄よ」

「さぁ、どうだろうな」

「まあいいわ、番がいてもいなくても、どうせ私は身分と政治的な利害で次の夫を決めるしかないのよ。恋愛結婚なんて、市井の者たちの特権なんだから。別に望んでないわ」

「でも、俺が死んで、慰めてもらう相手を見繕っておかないと、王の采配で次の夫が決まるんだろ?」

「降嫁するだけなら割とわがままは効くんじゃないかとは思うけど。その時に私に使い所でもあれば、優先して利用価値が高い方に決まるはずよ」


 生娘でない王女を同等の国力の国に嫁がせるのは外聞が悪い。

 国内であっても初婚ではないので、諸侯の後妻になるぐらいが妥当なところだろう。逆に格下の貴族に嫁ぐとなれば、ある程度の自由があるかもしれない。

 

「もうあまり時間がないんだし、幸せにしてくれそうな男を見繕っておけって」

「軽く言ってくれるわね」


 式まで半年を切っている。

 その後、結婚して数か月後には状況が整い次第、ミスティはいなくなる。

 ミスティは分かっていない。「幸せにしてくれそうな男」なんて甘いことを王女は言わないのだ。

 王女にあるのは国に対する忠誠と義務なのだから。


「いや、差し迫った話なんだから、どうにかしろよ。俺、死ぬんだからな」

「……そうね。泣く練習をしておかなくちゃ」


 そういえば、マルスはミスティの櫛についた毛をどう使うつもりなのだろう。少し考えただけで気分が悪くなるような細工をするのかもしれない。

 ぐちゃぐちゃの夫の死体を目にして、それを慰める相手役を選んでおく必要はあるのかもしれない。


「誰か丁度良さそうなのはいないのかよ? あんなにたくさん候補がいただろ?」


 ミスティはどうにも人の恋愛話に口を挟まなければならない性分らしい。自分が去った後のことなど、私が考えたところで希望通りになりはしないのに。


「二年も前よ。皆とっくに婚約者か恋人がいるのではなくって?」

「まだクララベルを狙っている奴の一人や二人いるだろ?」

「そうねぇ、近場だったら、まだ婚約者がいないのはサンドライン家のオリバーだけど、オリバーは領地を継ぐから無理ね。初婚の方がいいでしょ? ダグラスもまだ決まってないけど、同じく領地の後継者だし迷惑をかけられないわ」

「オリバーとダグラスかよ。なんだかなぁ」


 何が気に入らないのかミスティは口をへの字に曲げる。


「オリバーは無理。俺、あいつ嫌いだし」

「なんでミスティの好き嫌いが関係するのよ」

「お前の行く末を考えてやってるんだろ。じゃぁ、ダグラスは? 幼馴染なんだろ?」

「まぁ、一番仲がいいのはダグラスだっていうのは本当よね」

「それって、男性として好意を持てるってこと?」

「ええ? そう訊かれると何だか違う気がするけど、信頼はできるわ」


 何だかいつにも増して、物凄く意地の悪い顔をしている。

 ミスティは常に人の色恋の話に興味があるようだが、私の身の回りの恋愛沙汰にも食いついてくるとは思わなかった。悪食あくじきだ。


「そうかぁ。ダグラスね。信頼できる旦那様になるかもね、ダグラスは。へー、なるほどなー」

「何よ、なんだかにやにやして嫌なかんじ」

「父さんみたいのだけじゃなくて、ああいうのも好みなんだなぁと思ってさ」


 ミスティは常に、私をからかうための話題を求めている。

 こういう口調になったら、すごくしつこいのだ。私が泣くか怒るかするまで止めない。照れたり、否定したりすればミスティの思うつぼだ。

 

「ジェームズの顔は好きよ。でも、ジェームスは中身が普通じゃないじゃない。この間だって、城に来ていた商人が着ていた服の素材に興味が出てしまったようで、その場でその上着を買い取っていたわよ。その点、ダグラスは常識的だとおもうわ。優しいし。誰かさんみたいに気に入らないことがあっても抓らないし」


 乱暴な婚約者を揶揄して言えば、ミスティの機嫌はわかりやすく下がっていった。


「へー、じゃぁ姫様は、演技ではなくて、ダグラス殿とこういうことをお望みなのですね?」


 ミスティは背中から腕をまわして私の腰を引き寄せる。もう片方の腕が首辺りをぎゅうぎゅうと雁字搦めにしてくる。

 愛撫のように見えて、すっかりふざけているミスティは、クスクス笑いながら苦しめるように力を加えていく。


「ちょっと、苦しいわよ! 外でもないのに、そういうのはやめて!」

「ダグラスと二人っきりだったら、これで済むかなぁ」

「ダグラスを侮辱しないで。ダグラスは紳士なのよ。もう! ……っほんとに息ができないわ。放して!」

「おやおや、ダグラスだったら放してくれるかなぁ。ほら姫様、バタバタしないでダグラスを落とす練習でもしとけば? 逃げようとしないでしなだれかかるんだよ」

「ふざけ……ひゃっ!」


 ミスティの悪ふざけは続く。

 ついには私の首筋に顔を埋めて、皮膚を薄く噛んでくる。


「痛い! 本当に痛いんですけどっ!」

「ダグラスがこうやって迫ってきたら、どうするの?」

「ダグラスは、あんたみたいな性悪なことしないわよ!」


 目の前にあった腕を思いっきり噛んで、緩んだところで突き飛ばす。


「痛ったいな!」

「痛いのはこっちよ! 本当に、どうかしてるわ! 私だってあんたが婚約者なんかじゃなければ、紅玉祭に行くのだってダグラスにエスコートを頼んでる所よ!」

「はっ、それは、それは、お気の毒!」

「あんたが死んだ後の嫁ぎ先ですって?! 余計なお世話なのよ。だいたい、四六時中あんたがひっついているから、恋人を作る暇なんてないの!」

「ふうん」


 私が睨みつければ、ミスティは、思案するように顎を撫でる。


「じゃぁさ、紅玉祭で、ダグラスにエスコートを代わってもらうようにしてやるよ。祭典の間はともかく、夜店を見て歩くのに俺が一緒じゃない方が祭りがざわつかないだろ?」


 ミスティが言い捨てた頃に、すすにまみれたレトが幾分イラついてドアを開ける。


「お二人とも、まだ喧嘩をなさっているのですか……」


 レトは悪童を見るような目で私達を見下ろす。

 私は喧嘩でミスティを噛んだことをレトに叱られたが、ミスティがふざけて私のどこを噛んだかは言えずじまいだった。

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