第2話

「では、まず、画面を見せてもらおうか」


 片恋かたこいは、スマホの向きを変えさせた。俺のパソコンには、もう画面の内容がわからないほどにハチが蠢いていた。


「…そう、不安げな顔をするなよ。大丈夫さ。このバグはbugと呼ばれる。コンピューターウィルスだ」


 冗談じゃない。せっかくネトゲができる環境が整ったんだ。悠々自適なネトゲ生活を邪魔しやがって。


「この手のウィルスが感染するのは、何かきっかけがあるはずなんだが。心当たりはないかね」


 彼女は促すように問いかける。


「心あたりはねぇな」


「まったく、君の記憶力は鶏かい?宴場くん」


「名前を覚えないお前に言いたくはないな。早く直せないか?お前とゲームするのを楽しみにしてんだから」


「そ、そうか。それは、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 片恋の方はまんざらでもないようにニマニマと口を動かしている。よっぽどゲームできるのが楽しみなんだろう。


「じゃあ、ヘッドギアを装着してくれ」


「は?ヘッドギアって。フルダイブするための機械だろ?なんで」


「なんで?ってbugを消すためだろう」


 彼女はガサゴソとゴミ山の中をあさり、ヘルメットに色々なコードをつけた機械を取り出した。裸体にヘルメットをつけた姿は、正直新しい扉を開いてしまいそうな気もします。


「こう、プログラム的なのはないのか。インストールしたらいい。みたいな」


「何を楽しようと思っているのだよ。せっかくの機会だ。僕がなぜ、世界ランカーなのか知りたがっていただろう、教えてあげるよ」


「ま、まじで!いいのか」


「あぁいいとも、そのかわり、他言無用で頼むよ。この秘密は誰にも教えるつもりはなかったが、まぁ、いいだろう」


 彼女はヘッドギアの電源をつけ、俺の方に笑いかける。今まで見てきた彼女のどの表情よりも魅力的で、そして、凶悪な笑顔だった。


「さぁ、円上君。君に私の全てをお見せしよう」


片恋と出会ったゲームは『デッド・ワン』というVRMMOバトルロイヤルゲームだ。ルールは単純。最後の一人になるまでHPを削り合う。


 特徴はその幅広い武器種だ。ハンドガンからバズーカ、便所のスッポンから魔法の杖まで、ざっと数百種類の武器から選ぶことができる。これらの武器はポイントでカスタマイズすることができる。はじめはマイナーなパソコンゲームだったが、家庭用ゲーム機やヘッドギアなど次々にハードも広がっていて、総ダウンロード数は数千万にものぼる。


大会も多数開かれ、賞金額も増加した結果、プロプレーヤーと呼ばれるプレイヤーもいる。片恋はそんなプロプレイヤーの一人だ。賞金は何に使っているのだろうか。


彼女は『デッド・ワン』のランキング5位。『女王蜂ホーネットクイーン』彼女の異名だ。毒ナイフとライフルの使い手で、近距離でも強いスナイパー。

彼女が大会に出ようものなら


「じょ、女王様だ!ぶひい!!!踏んでくださいブヒィいい!!」


 と、歓声がわき上がる。



ヘッドギアを起動させ、指定されたルームに入ると、待っていたよと片恋が声を掛けてきた。

振り返るとそこには小柄な少女がいた。フワフワとした黄色と黒のゴシックロリータの服に、ポーチを下げている。長い黒髪をツインテールにして、柔らかに微笑む彼女はリアルではゴミ屋敷に住んでいるとは微塵にも感じられない。


片恋は突然笑い出した。理由は俺にある。俺の体は時代錯誤のビット数の少ない、サイコロを組み合わせたかのようなカクカクボディ。


「ふふ、予想以上にコンピューターがやられているようだね。ぶはっ」


「笑うなよ片恋」


「あぁ、すまない。で、私の姿について何か一言ないかい」


 正直特に変わっている様子はない。


「あ、髪型変えた?」


「この髪型はずっと変わっていない」


 彼女はむすっとして言った。


「それとここは『デッドワン』の中だぞ。本名を呼ぶのは、マナー違反だ」


「悪かったよ。なんて呼んだらいいんだよ」


「そうだな、女王様ってのはどうだ」


「お前…」


「フフフ、冗談さ。BEEでいい。呼びやすいだろ。仲間内ではそう呼ばれている」


 とはいえ、この体。PCの処理能力が落ちているとはいえ、ここまでひどいとは。


「こんなんで武器なんか持てるのか?…ハンドガン!」


 空中にでた愛銃のハンドガンをキャッチしようと腕を伸ばしたが、虚しく、かつんと当たって地面に落ちたのだ。


「…」


「ぶは!カツンて!ふふふ!君の方はフレイムとでも呼ぼうか」


 いちおう操作はできるようだが、物を持つなどの操作と行動面に制限がかかっているようだった。


「で、BEE。俺はパソコン直すためにどうしたらいいんだ」

「ついてきたまえ」


 彼女は対戦ルームにログインするための画面を開く。本来は数字を入力する画面に英語をうちこむ。「Internet・hornet」と。


 ステージにログインするドアとは反対側にドアが出現する。ドアには蜂の刻印がしてある。雀蜂だ。


「僕はここで、腕を磨いたんだ」


 彼女はドアを開けながら、そういった。

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