疾風迅雷アルティランダー

エルマー・ボストン

未知との大遭遇

未知との大遭遇 〜1〜

夢。

それは人々の、希望と絶望の歴史である。






「地球の民よ、聞こえますか・・・。遥かな銀河の彼方から、あなた方へ・・・。地球に危機が迫っています。聞こえますか・・・。」




総司はその日、恩人である士郎に呼ばれ、彼の自宅を訪れていた。松葉杖に未だ慣れない総司にとって、その昔ながらのボロ屋の玄関に辿り着くことはかなりの苦労であった。額に汗を浮かばせ、今、やっとの思いで呼び鈴を鳴らす。


一回。

二回。

しかし、いつまで経っても何の反応もない。日差しと鉄のにおいが、総司を襲う。


「おーい、おっちゃん。誰かァー!!いないのー?!」


 総司は、痺れを切らして声を上げる。それでも誰の返事もないところを見ると、どうやら留守のようだ。総司は、ふっ、と溜め息をこぼし、松葉杖をカンカンと忙しなく動かす。


「あっ!総司さん!」


総司が反転し終える前に、制服姿の小柄な少女が、慌てて駆け寄ってくる。


「ん?おぉ、百合ちゃんか!美人になったな!おっちゃん今留守かな?」


百合ちゃん、と呼ばれた少女は、士郎の孫娘の百合子だ。


「や、やだ総司さんったら!ごめんなさい、私も今帰ってきたところで。おじいちゃんならこの時間…お昼寝中かな?」


頰を赤らめ、百合子は学校カバンを強く抱きしめて、もじもじしながら推測を立てた。


「助かったぁ!出直しかと思ったぜ!ありがとな、百合ちゃん!上がらせてもらうよ!」


言うや否や、先ほどのもたつき方とは打って変わった動きで靴を脱ぎ、ドカドカと侵入して行く総司。


  「あっ!そんなに急ぐと危な…行っちゃった。」


  慌てる総司の背中を見守りつつ、百合子は頬を緩ませる。


  片や総司は、足が不自由になっているとは思えない、慣れた速度で士郎の部屋の前まで辿り着き、襖をスパンと開けた。するとそこには、涎を垂らし、気持ち良さそうに大の字で眠る、大柄なヒゲ親父の姿があった。


  「・・・おいおっちゃん!人の事呼んでおいてそりゃねーだろ!」


  絶叫し、年の割にゴツい巨体を揺さぶる。が、ヒゲ親父は気持ち良さそうにイビキをかくのみ。目を覚ます気配は全くない。


「あー、総司さん。こうなったらもう起こす方法はこれしか無いんですよ。」


 振り返ると、百合子が恥ずかしそうに、骨董品のようなラジカセを抱えて立っていた。


  「百合ちゃん・・・何それ。」


  百合子はおもむろに、ラジカセの再生ボタンを入れる。流れて来たのは、無駄にアツい、懐かしのアニメソングだった。


  「この曲、マニアックすぎて音源がコレしか無くて・・・。」


そう言うと、百合子は士郎の枕元に膝を下ろした。釣られて、総司も尻餅をつくようにして畳に座した。




総司と百合子は無言のまま、待ち続ける。駆け巡るアツい曲、アツい歌詞。その光景は、まるで何かの儀式のようであった。


   曲がサビに差し掛かる頃、士郎に変化が現れた。身体が動き出し、歯ぎしりが始まった。明らかに覚醒の前兆である。


そしてついに、熱血的なサビと、男の雄叫びが訪れた。


「バッ、バーニ、バーニン!ナッコォォォォォッッッ!!!」


寝ぼけながら、サビに合わせて士郎は絶叫した。初めて見聞きする異様な状況に、総司は思わず目をギュッと瞑り、耳を塞いだ。


「・・・おはようおじいちゃん。」


「んおっ、百合帰ってたかお帰り!・・・あれ?総司じゃん!もう来てたんか?!ガハハ!」


士郎は寝そべったまま、豪快に笑う。


「もう、じゃねぇよ時間通りだよ!忘れてんじゃねーよ!!」


そう言って総司は、士郎の肩をバシバシと叩く。


「悪かった、悪かったよ!」


総司の手を払いのけ、士郎は起き上がって伸びをした。


「でもよ、だから言ったろ。迎えに行ってやるって。」


「・・・ん。まぁリハビリがてら、な。」


総司は、少し目線を士郎から外した。若干の沈黙。畳の香りが鼻につく。


「で、何だよ。俺を呼んだのは。」


ゆっくりと、左脚に気を使いながら腰を下ろし、総司はようやく本題を振った。


「おう!喜べ総司!お前、また走れるぞ!」


百合子の入れたお茶を口にしつつ、士郎は豪快に笑う。


しかしその言葉を聞いた総司は、湯呑みを口につけ、遠い目をしたまま、しばしフリーズした。


東郷総司はレーサーである。 


いや、レーサーであったが、今は魂のみレーサーだ。


レース中の不慮の事故で、左脚が動かなくなってしまったのだ。

それからというもの、総司は「トップレーサーになる」という夢を挫かれ、鬱屈とした日々を過ごしていたのである。

リハビリを繰り返す毎日。動かない足。効果が出ない悔しさ。

総司のエンジンは、焼きつく寸前であったのだ。



願ってもいない、いや、願って止まなかった、誰かに言ってほしかったその台詞。

だが、ハッキリと言われたのだ。

「もうマシンに乗ることは叶わない」

と。

ヒゲを、チラリと横目に見る。そして少女を。そんな総司を察してか、それともそんなことを気にしていないのか、2人は満面の笑みで怪我人にせまる。

総司は、露骨に疑惑の目を送った。


「おい…期待させんなよな。医者からは、復帰は無理だぁーって言われたんだからよ。」


お茶をすすりながら、総司は苛立ちを隠せず、立てた自らの膝を、拳で叩く。


が、2人はペースを崩さない。


「まー、いいからいいから!とにかく見せてやるよ!おう百合、ちょっくら手伝ってくれ!」


  「うん、わかった!なんだか私もドキドキしてきちゃった!」


そう言って、士郎はおもむろに立ち上がり、ニッ、と笑った。そしてその笑顔のまま、総司に向かい手招きをする。

 

「何だよ、勿体ぶって…こわいじゃんか。」




士郎と百合子に連れられ、総司は製鉄所のガレージまでやって来た。ボロボロの外観からの鉄の匂い。そして照りつける太陽が、総司の不安と疲れを掻き立てる。


「おい…やめてくれよ二人とも。変に励まそうとするのはさ。もういいって。」


総司は、大きな寂しさと少しの怒りで、士郎と百合子を煽る。

もう、自分には関わりの無い場所。そう思っていたし、これからもそうなると考えていた。しかし、目の前の恩人は、無駄だとわかっているのに自分、総司を鼓舞し、希望を捨てさせまいとしている。

その優しさが、総司には辛かった。


しかし、やはり士郎は意に介さない。


「まー、いいからいいから。百合、頼む。悪いなぁ、寝起きは腰が痛くて・・・。」


「はーい。大丈夫、総司さん。とにかく見てみて!きっと驚きますよ。」


そういうと、百合子はしゃがみ込み、シャッターに手を掛ける。そして勢いよく、まるで総司の不安を吹き飛ばすように、それを開けた。


油と、鉄のにおい。そしてどことなく冷んやりとした空気。そんなガレージの奥を見た瞬間の総司には、ガラガラとシャッターが開く音がどれだけ心地良かったことだろう。そこにあったのは、巨大、というには小さいかもしれないが、インパクトは十分な


大型ロボットであった。


「おっちゃんよ…何だコレ…。」


総司は目を丸くして言う。


「何だァお前、あんまり驚いてないな。叫び声上げるのを想像してたのに。」


総司の様子を見た士郎は、少し落ち込んだ様子であった。が、総司はというと、震えが止まっていなかった。


「いや…めちゃくちゃ驚いてるよ…。すげぇ…!」


無骨ながら流線的なシルエット。二本のアンテナをたたえた頭部から、総司に熱い視線が送られているかの様であった。

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