第69話 イビツなるモノ 不死の魔術師




 "それ"は大地の中で封印されていた。


 この大陸の元が別の場所にあった頃から。


 歪み曲がったことわりを整えるためのはしらとして、本体は更に奥深く別の封印をされている。



 その存在の名は『クドラク』といった。



 黒い魔術師と呼ばれた彼は別の場所、別の時代に生まれた"吸血鬼"だが、この世界にある大いなる水の神が大陸を幾つかに砕きわけてしまったとき、上層の封印それゆるませてしまったがために現れる切っ掛けを得たのだ。


 ただ、弛んだとはいえそれの根源そのものではない。

 古代の民がおそれたそれの、深くへと閉じ込めた本体から切り離された一部分のみ。


 地表に近い場所にあって、しかし歪みに近しい存在であるが故に誰からも避けられて…… その時を待っていた。



 古代に封印されたそれの『魂』を、人が起こすその時を。




 ☆




 人より古い民に崇められた水の神様。

 その姿は今や言葉でしか伝わってはいない。


 ただ、その力は強大で、導きの神など敵わない。


 むしろ白神はその子として受け入れられたのだが……。



 またそれは別の話。



「姫さんの指示、でもあの『招集』は、元より断るコト前提だったんやな。『黒幕』の動きを探るため……せやな?」


「そうです。剣星様も交えてお話しできるのはとても頼もしいですね」


「そこはタズマはんの人徳ですよ」


「帰りたいのぅ」


「まぁまぁ。さてと。過去をいろいろと探ってわかったのは、異界よりも離れた世界の吸血鬼伝説。現場検証で名前は判明したけれど、その性質とかはまったくわからないのよね。そこに影響したのが天の神業みわざの余波というのがビックリ」



 既に見慣れた王城の第三談話室。

 第一王女であるチアキ主体の『異界溢れパンデミック対策会議』が何回目かの開催となっていた。


 ただし、これは国の未来だけでなく世界に影響のある会議となっているワリに『御家騒動おいえそうどう』の香りが濃厚過ぎるので、王家と愉快な仲間たちで行われている。



「さすがはシラユキだ。これだけ詳しい話が出てきていれば、対策も立てやすくなる」



 【がんばりました…… ふふふ】



 だいぶシラユキの気配にも慣れた。

 今ではチアキの背中に寄り掛かっているような姿すら感じられる。

 だけど、やっぱりちゃんと目の前にして会いたいものだ。



「あとは、各地で話にのぼる黒い男…… そして、黒い女についてよね」


「特に、生き残りの方たちが言ってはった"女"について、何かわかりましたん?」


「場所ごとに見ているモノはまちまちだが、述べるところの姿は一致している。一番詳しかったのは、ドドレの少年の言葉だね」



 トットール男爵が直接聞いたこの黒い女の話は、こう。



『最初は魔法使いさまだと思っていたけど、その黒い服を着た女性は何かを手に持ちじっと動かず、湖の上に浮かんでしばらくすると、空が紫色になったのです』



「何かの見間違いとするにも、今回のマシーマの漁師たちも複数答えてくれています。岬の空に、黒い女が現れたと」



 第一侵源地のアーマト、第二のビゼでは黒衣の男に遭遇したという報告があるが、正体は分からないままだ。


 いつの間にか消える黒い男。


 そして、死のとばりを招いたという黒い女。



黒い魔術師クドラクの真意は、目的はなんでしょうか…… そしてその魂はどこに?」


「どちらかに取り憑いているのだろうね」


「そして、その身体の持ち主とは一体誰なのか」


「まずもう一度、事件の流れを辿ろう」



 神業みわざの結果だとはいえど、そもそもは人が欲を出したからではなかったか。

 俺たちは、知らないことが多すぎた。




 ☆




 大陸南西部は雨が少なく天候が安定しているが、水源に乏しいため放牧や畜産、綿花などが主な産業となっている。


 ただ乾燥続きの『干魃かんばつ』になると安定はただの災害であり、税収減とする他ない。


 広く平野を余らせている領主、また公国としては、そこへ水資源を確保することが悩ましい問題だった。


 そして長年の水不足を解消するべく、領内盟主であるコビニ侯爵と、平野を広く預かるソック伯爵は一大事業を企画した。


 それが、黒竜の背と呼ばれる山脈をつらぬく『水道工事』だ。


 他貴族の中からも反対意見はあったが、現大公の従兄弟である侯爵から認められていては口を閉ざすしかなかった。



「この工事の開始が五年前になるかしら」


「そこで、クドラクを堀当ほりあてた……」



 ソック伯爵主導による工事は、最初は大々的に進められ…… しかし元からあった洞窟を活かした工事は順調でも、その先の岩盤は手強かった。


 魔法使いも動員し、力自慢が何人も何日もかけツルハシを振るったが、一年以上の時間がかかってもその進みは遅かった…… いや、元々の山が大きかった。



「内部の安定性を考えて、夏も冬も通しで作業は進められたワケですが、最初の頃の担当がトットール男爵家でしたわね」


「いかにも。代表として伯爵様が資金繰りをしてくれたので、私は人足を用意するだけではありましたが」



 だが、その洞窟が領内にあるトットール男爵領にはそこで大事件が起きた。


 大干魃だいかんばつ、である。



「男爵家だけではなく、一帯の住民にあの無雨の三ヶ月を乗り切らせたのは、商業ギルドや魔法使いたちの協力体制あればこそ……」



 それがあって、人手も本人も手一杯になったため、水道工事の監督、担当がそのとき替わったのだ。


 トットール男爵と同じく、ソック伯爵の寄り子、ドナル男爵へ。



「とはいえ、このときに交替していなかったら、私がクドラクに操られていたかもしれないのですな……」


「偽物の男爵だとしても、その弓の腕が敵になるのはゾッとしません」


「しかし、伯爵様の様子は変わったように見えませんでしたね」


「まあもうすぐ王からの圧力で魔法使いの検査を受けますから」


「その検査役って俺ですよね……」


「タズマ殿が適任者じゃよ。儂も立ち会うしな」


「ご主人様、お守りいたします」


「任せてあるじ♡」


「ボクもボクも」


「うん、ありがとう……」



 不安は残るけど…… だって下手したらそこでボス戦だよ?



 干魃の最中であっても、水道工事は現場監督をドナル男爵に替えてそのまま一通りの作業が進み…… 洞窟のまっすぐ奥に、人為的に塞がれた入り口を見付けた。


 普通にはあり得ない形に封じられたそこには、途轍もない衝撃の痕跡に人一人が抜けられる程度の穴が空いていたという。



「それが、公国の歴史よりもずっと昔、大陸の始まりの頃ではないかと予測された。だから、水の神の力だと思われたの」


「ともあれ、そこから穴を広げ、調査が入ったわけで……」


「その調査団と当時発掘と工事の担当、作業者は全員行方不明」


「見付けた『地下神殿』に眠っていたクドラクの魂を、呼び起こしてしまったのだろう」



 その人たちがどこへいったのか、どうなったのかはまったくわからない。


 なんでも、発掘の陣頭指揮を取っていたレロハ勲爵以下人種族七名に、工事作業者としてケンタウロス四名、サイクロプス二名、人種族六名という人数が一度に消えたのだそう。


 しかし、おかしなことに地下神殿の発見はちゃんと報告もされていて、男爵自身が視察すらしている。


 心を操る魔法を、クドラクは使うのだろう。



「ドナル男爵も数日は領内へとさまざまな指示をしてから行方不明になって、不自然だったようだ。今や税手続きやらが部下ではもうどうしようもないらしいのう。隣接の貴族が協力者となってなんとか凌いでる現状か。縁起でもないが、死んでいるとわかった方がまだ動けるわい」


「となると、ドナル男爵、レロハ勲爵は敵側になっている…… 行方不明のモノも、無事とは限らない」



 ここまでの説明通りに考えると。



「クドラクは、人を操る魔法を使う。操って、異界溢れパンデミックに便乗して何かをしている」


「喧嘩を売ってるのかのう?」


「喧嘩腰なのは魔物ばかりでしたが…… それに、神出鬼没だと言いますから、何かを探しているのかも知れません」



 俺はまだ見たことはないが、黒い女と男と…… 確保出来れば話が早いのだけれど、そう上手くはいかないか。



「わかっているのは、異界溢れパンデミックが発生するときに確認されている姿。これはもう確実になっています。クドラクの使者として識別し、身柄の確保に努めていただきたい」


「了解です!」


「まだソック伯爵には手出しできんし、めんどうばかりじゃの~……」


「事態は解明されつつありますよ」



 いくつもの戦闘を潜り抜け、俺たちは傷付きながらも力を付けている…… 気がする。


 俺は、別に戦いたいワケでもないんだ。


 クドラクのしようとしているコトがわかれば、それに対応していくコトもできるカモ?

 くらいにしか聞いていて考えられなくて。



「『不死の魔術師』相手に、魔法使いができること……」



 でも、目の前にしたらと考えるとゾッとする。


 ゾッとして、だけどシーヴァの故郷を守ることができたように。


 守りたい人が、いるから。



「そうだな。がんばるしかできない」



 守りたいから、戦うんだ。

 キズから血が、命が流れていくようなことは恐ろしい。


 だからあきらめない。


 黒い男と、黒い女…… 影のようだという敵を思って、俺は強く拳を握った。



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