第67話 海の戦い 弐
当然のように、魔物の死骸の山の上、剣星様は戦っていた。
挑戦者である魔物たちは次々と仲間の死体を駆け登るが、一刀両断され山を作る『モノ』と化していく。
ギャラリーの視線と注目を感じたのか、はるか遠くの剣星様は手を振って答えた。
「『
「そんな化け物だから、初めて剣星様へ攻撃当てたときは嬉しかったものよ…… まぁ百人がかりだったのだけど」
「あの方に勝てる生物の心当たりがありませんねぇ」
俺の感想も、へルートさんの感慨も、トットール男爵の呆れ顔も当然だ。
またひび割れの欠片が地面へと落ちて、そこに魔物がひしめき合って『満ちて』いた。
「あの『ひび割れ』、未だにどういう理屈なのかわかりませんが、この感じだとラストでしょうか」
前回、最後の『黒い大鎧』のパターンもあるので、まだ空は気にしていくが、見る限りひび割れが閉じていく。
遠い空の下は、真っ黒い魔物の大群。
そして、笛の音が二回響く。
「剣星様も最後の
剣星様の分だけを解除して、その分ボートを加速させる。
死骸の山の上へと跳び上がった剣星様が、スキルを放つ。
途端に、閃光。
剣撃の極み…… 『
《ピガァッ》
「うぉおっ、まぶしい」
半分海に落ちていた魔物へも攻撃が届いていた。
魔物の群れの大半は崩れ落ちる。
残るのは、海生型の魔物たち。
しかし攻撃の何割かがそれらにも当たっていたということは、何種類かの海の魔物も倒していたってことだ。
「獅子奮迅」
そんな言葉が頭に浮かぶ。
彼の元へ、あと二十秒程で届く距離だが気は抜けない。
警戒を解くまいと、空を見上げて。
《ピシィ……》
また、黒い塊が落ちてきた。
「くっそ、今度はなんだ……」
「……大きい!」
それは丸く身体を縮めて―― いや。
ゲームに馴染んだ現代人なら一言で説明がつく。
それは
「魔物として相対するに、最悪の……!」
「
剣星様とドラゴンとの戦いは、火炎から始まった。
まだ中空にあったお互いを認識し、ドラゴンが火炎の
「『断裂剣』、空気を切り裂く音速の剣!」
分かたれた炎は左右に吹き散らされ、海の水を蒸発させた。
続けて炎の弾丸が放たれるが、
いや、一撃多く剣星様は放ち――。
《バチィッ》
ドラゴンの翼を切り裂いた!
翼の皮膜部分のみを、だがヤツは地面へと落ちていく。
先に着地した剣星様は更に踏み込み、ドラゴンの降りようとする岬の突端へ走る。
しかし剣星様を睨み、重く分厚い尻尾で迎え撃ち叩き伏せる!
受け止められないと判断、それを躱して、剣星様は海を背に左手で剣を構え、技を放った。
《ガギィッ》
「弾かれてる、ドラゴンの鱗が固いんだ!」
剣星様の攻撃が通らず、再び攻撃するも弾かれる。
「竜相手を片腕でするなんて無茶……!」
ドラゴンをも切り落とすと言われたスキルはすでに放ち、その代償として片腕…… 右腕は今や使えない。
「剣星様っ!」
魔物の死骸の山の上に到着した俺たちへと目配せした剣星様は…… 離れていろ?
そう視線が物語る。
「何かする気です、離れましょう」
「でも、剣星様がっ!」
「邪魔になってしまう、と思います」
「ううっ、うううっ、下がりますっ……」
へルートさんの葛藤もあるだろうが、今はこらえて。
俺たちは
そして、炎の息を躱しながら剣星様の身体が大きく膨らむ、ように見えた。
強化系のスキルだ。
俺は急いで付与魔法を構え――。
しかし剣星様は睨み『いらない』と伝えて。
「恐ろしい人だな。一対一で勝ちたい、ということなのだろう」
「まったく、バカなのだから」
この対決に、目が離せなかった。
☆
竜の攻撃が空を切り――
剣星様の攻撃が黒い竜の鱗を弾き――
そう、剣が当たる箇所にあった鱗が割れて、こぼれた。
「ダメージにはなっているが、これは難しい……」
優勢に見えても、剣星様は人の身だ。
対格差に見えるように、スタミナでは勝てない。
山のような体格のドラゴンと、人一人が競り合っているという今がおかしいのだ。
ほぼ常に走り、周りを警戒するドラゴンの隙をついて攻撃している状況では、消耗が激しい剣星様が不利としか見られない。
「多分、袈裟斬りです」
「何ですか、何か必殺技みたいなスキルですか?」
へルートさんが、涙を拭いながら教えてくれる。
ホントに、剣星様が心配なのだろう。
「いいえ、剣の振り方です。剣星様が、一番使ってきた」
「それで、ドラゴンが倒せるのですか?」
「わかりません。でも、決着は多分袈裟斬りです」
俺でもそれなら知っているけど、それだけで倒せるのだろうか。
「剣星様が!」
動いた。
旋回する動きから、真っ直ぐに攻め込む。
ポーズとかフェイントではない、本気の踏み込み!
ドラゴンは尻尾で薙ぎ払う!
「が、あっ!」
ドラゴンのその一振りは届かない。
「上に!」
空中に足場を作るスキル、しかし薙ぎ払いは掠めていたのか、剣星様の上着は切り裂かれていた。
「
更に高く跳び、今度は逆に駆け『落ちる』!
侮れないと本能的に察したドラゴンは火炎の息で剣星様を焼こうとしているが、スピードが早く、当たらない。
「跳ねて、剣と成り、
剣星様の掛け声に、光が瞬いて――。
「雷光切りッ!」
空中を飛び跳ねジグザグと動き、剣と身体が一体になった攻撃。
見たこともない、技だった。
「――グルァアッ!」
「のヤロウ、寝とれッ!」
剣星様はドラゴンの肩口から胸元まで食い込んでいた剣を、決死の反撃と暴れ出した瞬間に捻って逆の肩へと切り上げた。
「Vの字斬り……」
「剣星様っ――」
ドラゴンが傾き、巨体が地面に倒れて。
地響きを立てる前に、へルートさんは剣星様に抱き付いていた。
「あいたたたた――っと、儂が痛いのに、お前が泣くな」
「バカだとは思ってましたが、こんなにバカだとは……」
飄々と笑うが、剣星様は満身創痍だった。
その傷を癒すため、俺はその間に入り込む。
「あの、痴話喧嘩は後で。回復します」
「ちっ? 痴話……!?」
ドラゴンを倒したと、皆が油断していた。
へルートさんが慌て、トットール男爵がドラゴンの威容に驚いていた瞬間。
《ビチィッ》
「えっ……!?」
海の上から、何かが飛んできてへルートさんに当たりかけ。
それを、剣星様が左腕で
背中を撃ち抜かれたのだった。
「い、イヤァアアッ!!」
トットール男爵の矢を受けて、
しかしそれよりも体長の小さな魔物たちに食い尽くされ息絶えた。
「すまない、油断した」
「いいえ。剣星様っ、意識はありますか!?」
「む、ごほっ、痛いのぅ。へルートや、無事か」
「なんで、何でですか、このスケベジジイっ!!」
その言葉はとても悲しげで。
しかし想いとは逆にとても狂暴にしか伝えられない。
「女が無事なら、男は嬉しいもんなんじゃよ」
「バカ、バカ、バカじじい。もう、ばかぁ。タズマ君、助けて、助けてよ……」
「生きているなら、生かして見せます! ――【
この人に二つ名をもらったんだ。
その名前に負けないよう、癒してみせる。
目の前で命を失うのは、もう嫌なんだ。
結果、剣星様はちゃんと回復したのだが。
最大戦力としてのスキルを失っていたのだった。
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