第63話 山と海の戦い




 そこは山あい、盆地の端。

 常緑の木々はまばらに、広葉樹の広がる森の中。


 地形としては『丘』だが、ぐるりと壁が囲み、城と呼ぶのが相応しい守りを備えていた。


 しかし絶え間なく魔物が押し寄せ、今や血みどろの闘争に汚れて。

 襲い来る数の暴力に圧倒されつつある。



「魔法を準備してる、持たせろ!!」


「うるせえ急げ!!」


「槍が折れた、次!!」



 城の台地、大きな門を守る男たちの叫びが交差する。

 ここでは亜人もヒトも関係なく、ただちからがあれば認められ、そして有事の際には重用される。


 彼らの顔は必死で、しかし生き生きとしていた。



「外は、ダメか」


「今回は近過ぎた、避難令が間に合わなかった」


「次の魔法を打ち出したら、俺は助けに行くぞ」


「バカ、畑のほうはもうグシャグシャだった」


「だが避難鐘は鳴ったんだよ…… ごうに隠れられていれば!」


「だがな」



 領内で一番の防備となっているが、このレードの町ですら魔物の数に圧倒されつつある。

 この場所の守りを任された男には貴族がたの争いが懐かしく感じてしまうほど、忙しく命のやり取りが繰り返されていた。


 問題は、魔物がこちらの声を無視して小競り合いのない壁から侵入を図った場合だ。


 巨大な壁とはいえ、一ヶ所破られたらそこから内部を荒らされる。

 攻撃する手段を持たない女子供に、その牙を向けさせるワケにはいかない。



 砦の騎士たちは協力し、助けを待たず独力での解決を図ろうとしていた。

 結果、援軍を『迎え入れる』ことができたのだ。



「将軍、あれを、癒し手の空船です!!」


「なんと、早い!!」


「かの国からは半月掛かるはず!?」


「舵を切れ!! ぶつける気か?」



 タズマの操る小型船ボートの底には、今や国旗が画かれている。



「お父様!!」



 その小型船からシーヴァとユルギが飛び出した。



「将軍、ドートルーお嬢様です!!」


「わかっとる。なんだ。その、お帰り……」


「はい。ですが、まずはこの状況を」



 涙を浮かべた何人かの鎧騎士に、シーヴァは告げる。

 やるべきは、討伐。



「やるぞ、お前ら、援軍だ!!」


「お嬢様の前で、ヘマをするなよ!!」



 一際大きな騎士が雄叫びを上げて、イノシシ型の魔物を斧で叩き潰す。

 門の前で盾を構えていた騎士が槍でオオカミ型の魔物を貫く。

 大剣を構え、将軍と呼ばれた男も躍り出た。



「うおおおおおっ!!」



 砦の正門は、こうして勢いを盛り返した。



 ボートは彼女らをそこへ降ろし、レードの町で一番魔物が集中している場所へと移動する。


 そこは、市場が開かれていた場所だ。



「いくよ、『支配者の祝福ブラッシングオブザルーラー』!」


「はいな。精霊協力魔法…… 【踊り火蜂タッピングフォルボ】」



 キヨをタズマが強化し、魔法の能力を引き上げた。


 火花を散らす炎の虫、素早く飛び回るそれは二百もの群れを成して魔物たちを襲う。

 今回の魔物にケモノ型が多い事を受けて選んだのだろう。


 有効時間は長くないが、この虫の針を二回受けると確実に麻痺するという効果を持つので、素早い彼らによって魔物がドンドンと倒されていく。



「こりゃあ三刻もいりませんね」


「キヨ、プチ、ここは任せるよ」


「ボクはなるべく救助すればいいんだよね?」


「魔物のトドメは騎士たちにさせて、とにかく助けて。頼んだ」



 肉弾戦の仲間にはすでに付与魔法も掛かっている。

 タズマは心配そうな顔を消せずに、仲間を見ていた。


 しかし彼女らは笑う。



「ちゃあんと迎えに来ておくんなんし。エスコートを忘れられたら、訓練生たちの特訓はしまへんえ?」


「早く帰って、教わったケーキを作りたいんだ。ボクも頑張るヨ」



 その頼もしい顔を見て、タズマも頷き、笑った。

 次は、侵源地。

 そここそが『本命』だから。




 ☆




「過保護だのぅ」



 ついさっきまでのやり取りのコトだろう。

 剣星様は黙って見ていてくれたが、つい、という感じで声を出したのかな。

 そりゃあ、過保護になりますよ。

 家族ですもん。



「ここまで、早く移動できたからの、特に何かとは言わんが、信用してやるのも、うっぷ、愛情じゃよ……」


「だ、大丈夫ですか?」



 酔ってる?

 あー、急ぐあまり、飛ばしたからなぁ、文字通り。


 山を越えるために急上昇して、北に真っ直ぐ加速し、山の峰が見えたら東に少しずつ沿って進んで、紫色の空を見つけた。


 最大限加速したから、訓練生は一人もついてきていない……。



「う、うむ、大丈夫だ。別に、その想いは大切だが、手の届かない場所では任せるしかない。親は、保護者は、放っておくのも仕事じゃて」



 なるほど、新しい解釈に出会った気がする。



「任せるのも、大切…… 放っておくのも仕事、ですか」


「たまたま戦闘を早く終わらせて、手伝いができるってくらいはいいじゃろう」



 不満そうな俺の顔を見て、そう繋げてくれた。

 やはり大人には敵わない。



「ふう、スピードを緩めてくれたので生き返ったな。へルート、腰が抜けてるならそのままボートに座っていてもいいぞ」


「と、とんでもない、行けますっ」


「は、ははは、タズマ殿は凄いですね。あのスピードでこれだけの人数を、大きさを運べるなんて」



 へルートさん、トットール男爵もどうにか復帰したらしい。

 良かった。

 戦力はギリギリだ。


 今回、剣星様のスキルに頼るのは地上部分のみ。


 侵源地が上から見て岬の突端だから、放たれた魔物の大半は海に広がっている。


 つまり、海中への攻撃手段を持たない俺たちは、もし海の魔物が上陸した場合に苦戦するかもしれない。



 そんな不安が、顔に出ていたのかもな…… 反省だ。

 語るのは後。



「いきます。付与魔法はいつも通りですが、剣星様、魔法が不要になったらその笛を二回吹いて下さい。キヨが作成した信号機能が付いている魔法の品なので、私に伝わりますから。緊急で何かあれば、一回だけ強く吹いてくださいね」


「すまんな、気を遣わせて」


「新しい爵位でも用意せねば、ですね」


「要りません、岩場に着けます」


「儂は岬に行く。トットール、へルートとタズマ殿をサポートせい。へルート、タズマ殿を守れ。タズマ殿、好きにやれ」



 まだ俺は学び頑張るつもりだが、剣星様のようになれる気はしない。

 奔放だが、優しい。


 その生き様と言うか『例外』としての生き方みたいなものが、このヒトの魅力なのだろうか。


 眩しいモノを見るような気持ちで、また剣星様を見送ってから戦いが始まろうとしていた。




 ☆




 【浮遊飛行ホバーフライト】により制動をかけ、 岩場に着陸すると剣星様がまず血路を開く。

 と言っても自分で進む道なので、血路山河もいつものコトだ。

 クマ型の魔物、オオカミ型の魔物を切り捨て、走りながら倒していく。



「まぁあちらは任せましょう」


「私たちはマシーマの港町へ」


「はい。動かします」



 空のひび割れはまだ開いている。

 異界溢れパンデミックで魔物が現れる現象は約四刻(約一時間)。


 あと一刻は現れるのだ。

 それを剣星様は独りで迎え撃とうといている。

 だが、今までの戦いで既に信頼と安心がある。


 剣星様に任せる、そこに何の疑いもなかった。


 俺たちは俺たちで、ヒトを助けなくちゃ。

 ボートを傾け、急ぎ港へと向かう。

 港では、煙が上がっている。



 時刻は夕刻に差し掛かり、死のとばりとは違う、日の陰りによって空が濁っていった。



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