第56話 湖に潜む




 山間やまあいの町、風光明媚ふうこうめいびな観光地となっていた湖畔の町ドドレ。

 その空に、死のとばりが降りた。

 

 青空石マニルと呼ばれていた湖は青く澄んでいたのだが、この瞬間に真っ黒な汚染された水へと変わってしまう。


 森も、山も、微々割ひびわれる音に震えていた。



《パキキッ…… ピシィ……》



 軋みは激しく、湖の小舟から見上げていた観光客は悲鳴をあげて。



《ギギギギギ…… バリィンッ!!》



 そして空に、穴が開いた。

 湖面が割れ、波を立て『魔物たち』が溢れ出す。


 瞬間、湖畔と町に居た百七十名もの人は蹂躙され、魔物は走り出し、満ちていった。




 ☆




 行動の際に常となっていた小型船ボートの携行を、今回に限ってしていなかったのが悔やまれる。


 俺が森から村へと辿り着いた時には、へルートさんと剣星様、そして今回から同行している、弓の名手トットール男爵の準備が整っていた。



「やれやれ、危険と隣り合わせはいつもじゃが、狩猟しとったらこれとは…… 大きな鹿がいたんじゃがのー」


「私がいくらでも狩ってきますから…… お役目をお忘れなく」


「男爵にはこないだも角兎をもらったのう、ならば、ここは気を引き締めるか」



 相変わらずマイペースな人々だ。

 その辺の精神性は見習っていいのかどうなのか。



「お待たせしました、折り返し飛びますっ」


「休まず大丈夫なのかね? 小さな身体に、負担はないかね?」



 見上げるような巨躯の男爵には、俺の身体は心配しか感じないのだろう。


 小さくて悪かったな。

 いずれ大きくなるんだい。



「大丈夫です、行きます」


「タズマ殿は称号持ちじゃ、あまり軽く見るでないよ」



 剣星様にフォローされてしまった。

 まぁ、実はこの男爵様には色々と疑いが掛かっている。

 その見張りを兼ねていた今回の遠征中、四回目の異界溢れパンデミックとなってしまった。


 タイミングがタイミングだけに、怪しさが高まっているのだ。



「そうですな…… ふむふむ。ならば、私も全力を発揮せねばなりますまい。長弓旋律ハーピラーチャートット、一矢一殺を果たして見せましょう」



 足や背中に担いだ矢束は合計四百。

 彼の武勇は中々名高いのだが、如何いかんせんやや脳筋のうきんだった。




 ☆




 俺の仲間と合流し、ついでにランダー伯爵に目測の侵源地を伝えてから、小型船ボート竜爪山フスロダを越えていく。


 尾根筋を過ぎて『侵源地』が見えた。

 だが、だいぶ時間が経っているらしく微々割ひびわれがもう閉じようとしていた。


 その下は、真っ黒い湖…… その中にも何かが蠢いている。



「もう少し近くなれば、あの辺りは狙えますよ」


「え、もうですか!?」



 距離は湖まで目測で約四㎞。

 ライフルでだって難しいだろうに、スコープも無しの、弓矢の狙撃で!?



「こんなに快適な空の旅、揺れずに運んでいただけたのなら働かなくては!」


「彼は暑苦しいのが通常なんじゃ、受け止めてやってくれ」


「は、はあ……」



 代々弓のスキルを受け継ぐという男爵の腕前は、素晴らしいモノだった。


 小型船ボートが到着するまでに放たれた矢は百二十五本、全てが湖畔と道にいた魔物の頭を貫いていた。



「素晴らしい。こんなに足場の安定した移動なら、外すワケがないよ」


「それは男爵の腕前ですよ…… 怖いくらいです」



 世間の定義では、それを神業カミワザと言います。

 全てが命中、中には一辺に二体の頭を貫いてすらあった。



「これから町の中に行きますが、この距離では…… 生き残りがいるか、どうか」


「暫くは魔物の殲滅、悩ましいがそれしか……」


「探索魔法が、使えれば……」



 その言葉に、仲間の大魔法使いが反応する。



「タズマはん。あのスキルをわっちに使っておくれやす。ほしたら、探索魔法が使えるやも」


「キヨ、君は素敵だ」



 なるほど、魔法を強化、その可能性があった。

 素晴らしい発想に、思わず口走ってしまったが。



「うふぅ、テレるわぁ♡ ほな、よろしゅう」


「よしっ! 支配者の祝福ブラッシングオブザルーラー!」


「はぁんっ♡ いいわぁ…… いきますよ【広域探索】っ!? ぁいたぁっ!」



 しかし、上手くはいかなかったのか。

 しばらくキヨは唸って、頭を振っていた。



「やぁ、これはキッツいわぁ…… これ、任意的に選ぶはずの情報が多重になって無理やり届きはるんや、キツイキツイ……」


「だ、大丈夫っ?」


「はい、後で癒しとくれやす♡ 生き残りが見付かりましたわ。子供と大人が一人ずつ、あの大きな白い建物ですね。急がんと……」


「よし、少し飛ばしますっ!」



 得られた情報から、俺の独断で救助最優先にしてしまったが…… 正しい判断と認められたのだろう、誰も何も言わなかった。



「テラス部分に留められるかい?」


「はい―― って!?」



 トットール男爵の弓が、再び空気を切り裂く音が響いた。



《バツッ! バツンッ!》


「『一矢一殺』、お見事!」



 指定したテラス部分を占領していた魔物を射止め、そこへ剣星様が賛辞を言いつつ飛び降り場所の確保をする。



「何階だ!?」


「地下ですぇ!」


《ダンッピシッバチィ!》



 それを聞いたへルートさんも飛び降り、どこから行けるかを探りつつ進んで行った。


 言わずとも剣星様が防衛、へルートさんが斥候、追いかけて制圧部隊としてシーヴァとプチが行き、周囲の警戒はユルギが、補助機能と回復がキヨと俺の魔法使い二人。



「中々のチームワークです!」


「あるじ~、北側にオオカミ型三匹~」


「すっばらしい!」


《バチィバチィンッ!!》



 そしてトットール男爵は遠距離。


 今の早射ち攻撃も、音は二回だけれど矢は三本、正確に魔物を射止めていた。



「確かに、今の形を一部隊とするならバランスが良いですね」


「欲を出せば、狙撃はあと二人欲しい」



 なお軍の『狙撃兵』も、三人で一組なのだそうだ。

 男爵一人でも、矢があればほぼ無敵では。



「ふぅ、これから暫く、魔物の姿に悩まされますね……」


「まだマシとも言えるがな。異界溢れパンデミック直後だと討伐と言うより掃除じゃからな…… 正に『掃討戦』か『殲滅戦』だ。あぁ、面倒くさいわい」


「さすが剣星様、重みが違います」


「へルートはどうしたかのぅ」



 男爵の賛辞は聞き流しているらしい。

 そこまで静かだった室内から、破砕音が響き床が揺れる。


 咄嗟に【浮遊飛行ホバーフライト】で小型船ボートの姿勢を制御した。



「いいぞ、タズマ殿!」



 音が響いた瞬間に剣星様は飛び乗っていたけれど、不意の衝撃に建物が崩れたのだ。

 ということは、中にいた人は、シーヴァたちは!?



「安心しなさい、もう下に降りているようだ」



 疑問を発する前に、身体に似合わず身軽に飛び乗った男爵が教えてくれた。


 それにふわりとした安心感があって、男爵への猜疑心をこそ疑いそうになる。



「今日は、お寝坊さん」


「お、おねえちゃんは?」



 プチが抱えた子供が訊いている。



「大丈夫、ホラ」


「もう、乱暴なんですから」


「レトラ、どこ!?」


「おねぇちゃあぁあんっ!」



 岩場に建てられていた宿屋のような建物は無惨に崩れてしまったが、地上では生き残りの二人が再会を果たしていて。

 泣いて抱き合う姉弟に、悼ましいが言葉をかける。



「ここには、君たちだけかい?」


「っ、は、はい、咄嗟に、地下室に入りました。外から、お父さんに閉められて……」



 そう、か。

 それ以上家族については触れない。


 悲しむと、足が止まってしまうから。



「なるほど、では、この小型船ボートに乗ってください」


「ふねがそらとんでる!?」


「私たちだけ、ですか?」


「まだ、全域は見ていませんから分かりません」


「それ…… はい、ありがとうございます……」



 プチと同じくらいのお姉さんは、俺より少し上の弟を連れて小型船ボートへとすぐに飛び乗った。

 弟は若干楽しそう。


 今は、その方がいい。



「じゃあ、剣星様、今回は森ですから我々が」


「おう、頼むわい。この町の中は掃除しておくからの」


「はい」



 剣星様の剣斬天元とっておきは、敵が視界に収まっていないと使えない。


 前回も、空高くジャンプしてからの発動だった。

 着地して、もう一度放つためにまたジャンプしていたのだと聞いた時は想像して笑ってしまったけど。


 だから、今回は魔法使いが頑張らなくてはいけない。



「まさかぶっつけ本番になるとはなぁ」


「タズマはんなら、ここまで積み重ねたあれやらこれやら、ムダだったとは思いんせんでしょう。お気張りやす♡」


「残念だけど。これ以上気張ったらまた倒れちゃうよ」


「でも後ろには、私たちがいます。わうん」


「ボクと一緒にガンバろ?」


「あーるじー、森の中に~、いっぱいだよ~」



 仲間に囲まれて、湖畔を進む。



「よし、ユルギ、前に出ちゃダメだからね」


「りょーかーぁいっ」



 うう、緊張する。

 探索行軍よりも緊張する。

 ちから加減かげんを間違えたらいっぺんに森が台無しなのだから。


 でも、この魔物たちを野放しには出来ない……!



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