第52話 迫る影




「タズマ君、おはようございます」


「へルートさん、おはようございます」



 俺が王都に滞在し、三週間。

 明日は園遊会が行われる事になっていた。

 港町コームの防衛に勤めた『三衛士さんえいしたたえる』という名目なので、剣星様と、騎士伯爵様と、俺が出なくてはならない…… そのために、これからソック伯爵領へと移動する。


 またあの凄い人たちと並んで表される地獄を味あわなくてはならないなんて……。



「はぁ。『防衛勲章』なんて貰っても負担ばっかりですね」


「まぁまぁ。剣星様は『腕がまだ使えない』と陛下に不参加を申し出たそうですが、陛下は側付きの人数を倍にしてやるから出ろとおっしゃっていたそうです」


「あー、言いそう、言われそう」



 そんな軽口で気分を誤魔化しつつ『大魔法使い』になってしまった俺も参加なんですね……。



「参加自体はいいんですけどね…… まだ調べ物がそんなに進んでいないし分からないヤツもあるので時間は惜しいですよ」



 最近は禁書庫以外の本の閲覧を許されて、ウッキウキで文献を漁っている。

 叙勲に見合った働きをしてないからね、やれるだけはやらないと。



「付与魔法に有用な情報はありましたか?」


「そっちはないですね。先生が得意だった風魔法に関しての細かなモノがあったのでそれを借りています。あと『アレ』なんですが…… 全く分かりません。やはり禁書庫の中にしかないのでは」


「巨人型の魔物の『心臓』ね…… 教会に送ったけれど、不思議なモノだったわ」



 いや、それは俺が仮に呼んでいる名前だけど。


 この世界には、ゲームで馴染んだ『ゴーレム』という魔法がちゃんとあるので、その核とも心臓とも呼ばれてる『依り代』になぞらえただけ。


 ただそれは一般的ではなく、王族や貴族が『禁書』にしないまでも秘匿している魔法体系なのかも知れないし、迂闊うかつに聞けばそこでブレイクスルーが起きるかも…… と心配したけど、キヨいわく。



『効率悪いからじゃあ、ありんせんか? アース系統はとても自由度が高いモンですし。何処かのトラップに使う『石像護衛ガーゴイル』以外には利用方法が少ないんやろね』



 なるほどごもっとも。

 なので今は、アレの正体を探ったりとか、大魔法使いキヨの指導を受けたり、チアキに教えるために基礎魔法入門って本を読んだり、教えたりしている。



「大魔法使いがまだまだ発展途上なんて、国にとっても良い話題だわ」


「そうですかね。チアキが…… いえ、姫が魔法を使いこなせるようになってきた方が良い話題だと思いますが」


「ふふ、いいですよ。他の臣下が居なければ呼び方は自由で。ご本人が認められているコトですし。姫の魔法の力は伸びそうですか」


「ははは…… すいません。伸びるとは思いますが…… いや、水系統の魔法を選ばれるとは思いませんでした。紹介しておいてなんですけど、チアキの性格なら炎とかのハデなヤツというイメージがあったもので」



 実は、初級の魔法をやって見せて、それぞれの特性を説明したのは俺なのだ。

 男の下級官吏の魔法の先生には教わりたくないってチアキが駄々を捏ねたから……。


 たまに面倒なヒステリーを起こすよな、アイツ。



「しかし、なんでこんなタイミングで園遊会なんですか」


「そうね…… そろそろ本格的に黒幕が動いているから、かしら」


「と、言うと…… 例の『不死身の魔術師』ですか」


「陛下はそれ絡みだとお考えよ。ソック伯爵は上手く操られている可能性があるらしいから」


「その…… そうだと分かって参加して、大丈夫なのですか?」


「ははは、陛下はご参加にはならないわ。代理としてコーラル姫がご参加です。そして、白竜姫様も共に。その護衛にはイベルタと私が付きますし、その場にはこの国の最大戦力が揃っているもの」


「だからこそ狙われませんかね」



 映画とかだと、油断した貴族から復讐の標的にされる、的な……。


 まぁそいつの心理的な部分は知らないし、何をしたいのかも良くはわからない。

 白竜姫はくりゅうきことシラユキが探ってくれるんだろうけれど、様々が入り乱れていて不安があった。



「多方面に目を光らせてくれるのは有り難いのだけれど…… たまには楽しんでくださいね。貴方はまだ子供なのだから」


「こないだ入り婿になれって見合い話を取り継ぎしたヒトとは思えないセリフですが」


「あれは、通すしかない立場で…… すみません」



 そういうアレコレ、爵位とか役職目当ての有象無象に掻き回されるの、嫌なんだけどね。


 王都にホントに居る親族と、親族しんぞく親戚しんせきに…… 顔を売り込みに来る人々が最初の一週間で二十人。


 そして、俺の実家に寄付するから知り合いになれ、寄付欲しければ仕えろ、という子爵や伯爵などの『親書』も多数……。


 さらには関係ない周囲から『こういう女の子も居るんだけど?』という見合い話が三十件。


 やかましく目が回る日々だった。


 特に見合い話に関しては角が立たないように言い訳を作るのが大変で、一応は別々にお断りの話をしている。


 大変に貴族はメンドクサイ。



「いいんですよ、次からは良い言い訳を思い付きましたし」


「おや、何ですか? 教えて欲しいですね」


「前世の政治家にヒントを得ました。見合い話が来たら、現在の仕事の都合でお答えできません、としておきます」


「仕事って、姫様の魔法の先生ですか…… なるほど。いいかも知れないです」



 そんな話をしながら、俺は見世物になるための準備をする。

 したくはないけどしなくてはいけないのだった……。




 ☆




 今回は自分で空を飛んでの移動ではなく、馬車を使っての旅だ。

 気は楽だけど、大型の馬車の中は雑多に過ぎる。


 現在は俺と一緒に乗りたいという仲間の要望を聞いて乗り合い馬車を貸し切っていた。

 定員が二十人という大きめの馬車で、小型バスくらいには広い。


 身体の長いキヨも悠々としていられるので安心だ。


 しかし羽を広げるにはスペースが足りないので、ユルギは翼を閉じたまま。

 幌馬車は空中に空きがないので、ガマンして。


 そして、仲間以外にも三人の乗客がいる。



「馬車で半日、まぁまぁな距離だが、面倒な横槍を警戒するには短いな…… タズマ殿はどう思うかね?」


「まぁ…… 移動に時間がかかったらこちらとしては困りますね。私には短いですが、軍が動くには長いと思いますよ。直接の連絡が必要ならば、ですが」



 剣星様が言いたいのは、ソック伯爵が操られて王家に弓引くことがないか、ということのようだ。

 そして距離は、飛行魔法を使えるならそれほど苦ではないし、連絡用の魔道具を使えば別動隊には動きやすい。



「ふうむ。中々思慮深いのぅ…… ところでメディーさん。ラッカフさん。ここでの会話は忘れてくれるかい?」


「承りました」


「承知いたしました」


「さすが王城仕えは話が早い。さぁて、タズマ殿…… 聞きたいコトが山ほどある。道程は長い。腹を割って話そうじゃないか」



 やっと、やっと日本の話をできる。

 そんな気持ちが剣星様から滲んでいるようで、少し嬉しくなった。


 今までは気兼ねしなくてはならない人たちがいたからね。


 そこからは、お互いの過去、日本出身という共通点を持つ者同士の話で盛り上がった。



「以前は、学校の教師だったのですか」


「体育教師だった。高校で散々男子児童と競技について語ってたのが懐かしい。ちなみに、儂は『昭和六十年』からこっちに来たんじゃが」


「では私とは三十年以上の差があるんですね。私は『平成二十九年』です」


「なんだと…… 年号が変わっていたか」



 年を重ねると感じる嫌な話ではあるが、こんな俺よりも更に上の人がいてくれると、なんか安心する。


 そんな感想を持ちつつ、話は弾む。


 お互いの生まれ、育ち、仕事、歴史の差異を聞くと、どうやら『同一ではないが大きな違いはない日本』だと予想ができ、剣星様のテンションが下がるが俺としては感心した。



「なんじゃ、では虎軍団がいつ優勝したかとか、聞いても儂の世界とは違うかも知れんのか……」


「そうみたいですね。でも、私の世界とは大きく違いませんし、戦争も起きていません」


「敗戦国だという戒めは、平成にも生きておったか?」


「ええ。歴史を繰り返してはいけないという心は子供にも受け継がれていくと信じています」



 最終的には、お互いの仕事での苦労話で盛り上がり、園遊会では出来ない話ができて楽しかった。


 だが、轟音で話は中断される。



《バァアンッ!》



 馬車が傾き、馬と馭者の悲鳴が聞こえた。



「なんじゃ、今回は働かなくていいと思ったのに!」


「今日は、絶好のパーティー日和らしいですから、ね!」


「だな」



 パーティーへの途中で、俺たちは襲われたんだ。



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