第48話 巨人の心臓




 地響きが轟く。



「嘘だろ、あんな……」



 見上げるほどの魔物が、たった一人の剣士が走った後、斬り倒されていた。

 彼は友人たちと潜んでいた隠し部屋の中から、壊された壁の隙間すきまから、それを見ていた。


 当然、もう死んでしまうと思っていた。



「僕たち、助かったんだ!」


「救援を求めに行った兄ちゃんが連れてきたんだ!」


「やったぁ!」



 周囲では歓喜に沸く子供たち…… ただ一人に、問題があった。

 彼はずっと見ていた


 あの剣士シーヴァの。



「すげぇ…… おっぱい」



 は男子にとっての大問題。

 あんまりにも衝撃的な、下着姿のモン娘剣士の艶姿。


 彼の性癖は、ここで大きく歪んでしまった。


 衛兵のギクシさんと、弟のリビャク君は安全地帯へとタズマに連れて行かれたが、シーヴァのことに茹で上がっていた弟君の将来が心配に。



「ワン騎士ナイト…… エロかっけえ~♡」


「確かにすごく揺れてたけど…… 躍動的でカッコ良かったけどね……」


「ま、まぁ、弟も、思春期ですから」


「私より年上です?」


「あ、はい、リビャクは十三才ですが」


「そうかぁ、肉体的にもアレはつよつよ過ぎたかぁ……」



 夢見る少年は、別れ際にシーヴァの手を取って『将来、迎えに行きますね』と宣言したが、さて……。




 ☆




 教会前の戦闘後、俺たちは大きな通りをなぞって周りを確認し、魔物を討伐し続けて…… 一時間近く経過していた。



「街道の門も大型の魔物が壊していたようですし、流入を止められないのは仕方ないとして……」


「問題は、崩れた家の下敷きになっているヒトと、消せていない火災ですね」


「それよりも、タズマ君は休まなくていいの?」



 俺と行動を共にしてくれているへルートさんと、衛兵のギクシさんにサポートされ、また噴水広場へと戻っていた。



「あ、今のところは。ボートで移動するだけなら、そんな疲れないんですよ」


「まぁ、実際やって見せてもらってる事実に、疑問はないけど……」


「タズマ様は、本当に素晴らしい魔法使いなのですね……」



 あの後、急遽きゅうきょ編成を整え、ウチのモン娘には手分けして『索敵』に出て貰った。

 魔法の『索敵』や『探索』は、侵源地の近くだとほぼ使えないから。


 こうして拠点や合流場所を確保し、見付けたヒトを救助しに行くことになった。



 もちろん、こう変更したのは、理由がある。



「これ、マズイですよね……」



 それは『』の素材。


 持ち手を失くしたハサミのような、シンボリックなそれは銀色に光っていた。


 あの『巨人型の魔物』の倒れた場所で、それを見付けたんだ。



「あの魔物が、何者かに作られた存在だった、ということですか……」


「しかも、知性があり、何かの狙いで動いていた……」


「タズマ様、何か、とは?」


「今は分かりません。とにかく。コレ禍々まがまがしいですし…… ボートの道具箱にいれときましょう」



 鑑定使わなくても、触っていたくないほどにヤな感じだから…… へルートさんは俯いて、この話は一旦終わりに。


 だけどさすがに、今回は色々あるなぁ。



「タズマ様の安全地帯も一度大きくしてもらいましたし、医薬品が足りるかが心配です……」


「えっと、今までに救助できたのは百四十人。自分から安全地帯へと来てくれたのが三十八人…… あと、船で沖に逃れていた商人たちも居るようです。そちらは許してあげられますか?」


「難しいですが、仕方ないでしょう。過去の事例でも海に逃れていた人々が助かったというのはありますし」



 なら、この街はまだ『死んでいない』ということだ。



「さて…… タズマ君。これから本隊が来るまで安全地帯を守りますか?」


「いえ、町の中はかなり掃討できたと思いますので、防衛戦を確認に行った剣星様と合流しましょうか」



 へルートさんは何も言わなかった。


 普段から単独行動で、余人を立ち入らせない剣星様のことだからか。


 でも、俺の付与魔法はもうそろそろ限界のハズ。



「かなり強くかけておきましたが、剣星様の付与魔法はもうそろそろ切れてしまいます。助けに行かなくては」


「剣星様に助けが要る場面が想像できないのだけれどね…… 分かった、行こう」


「あるじ~♡ あっち、火事消してきた」


「ありがとう。よく一人でできたね」


「草引っこ抜いて土ごと燃えてるのをバンバンしたの」



 俺は目の前に急降下してきたユルギの首から肩を撫でて、汚れ欠けた爪を『回復』した。



「うひぁ♡ こちょばっ♡」


「目的は助けること、守ること。火を消すのも大事だ。でも、無理はしちゃダメだから。俺はユルギが心配だよ」



 彼女も理解してくれたのか、目を爛々とさせて飛び上がった。



「今ならあのデカイのもヤッツケラレル!」


「だから無理させたくないんだってば」


ぜろ……」


「捥げろ……」


「……何か?」



 振り向くと、二人は首を振って笑っていた。




 ☆




 合流した仲間を連れて、またボートで動き出す…… みんな、ひどい顔になっていた。

 だけど、回復だけはしているので傷跡はない。



「みんな…… もう少し頑張って」


「違う。ご主人が、一番がんばってる。こんな時にボクだけノケモノなんてヤだ」


「そうです…… ご主人様こそ、指示のみ出していただければ」


「あはは…… お互い、仕事狂いワーカホリックなトコロがあるから…… じゃあ、しばらく付き合ってくれ」



 言いながら、小型船ボートは街の外に。

 少し高い視点で見て、門だけではなく山側の壁も破壊されているのが分かった。


 これでは魔物が入り放題だ。



「まだ戦ってるっ!」



 そこに、まだ生きている部隊を見つけた。



「ユルギ! 先頭の大型!」


「た~っ!!」


「このまま飛び込む、掴まって!」



 水車小屋を背に戦うその騎士七人の横に、急制動を魔物を吹き飛ばすことでかけながら止まる。


 苦労をしてきただろう彼らの鎧は凹み、けれど、それぞれの瞳には闘志が消えてはいない。



「何者か!?」


「加勢します!」


「へルート……?」


「無事かロロット、何よりだッ!」



 へルートさんの知り合いか。

 他の何人かも構えを解いて、魔物の方へと向き直った。



「シャァ!」


「りゃぁあ!」



 仲間が叫び、戦い、劣勢だった戦闘は瞬く間に優位に変わる。



「くそ、ウジャウジャいやがる! 援軍はまだか!?」



 彼らの疲労を察し、回復に集中した。

 俺の出来ること、それを考えながら。


 ……ん?

 そういや、さっき『レベルアップ』とか聞こえた気がしたけど…… なにがレベルアップしたんだ。


 機械的音声だったから、聞き取れなかったんだよな。



「うおおあ、これは『回復魔法ヒーリング』か? これを、君が?」


「はい、皆さんお疲れ様です。一緒にがんばりましょう」



 と、俺の言葉をさえぎり、さっきへルートさんに『ロロット』と呼ばれていた騎士が、武器を構えたまま詰めよってきた。



「騎士長を、中に居る騎士長を、助けてくれ! 頼む!!」



 彼は、涙を滲ませていた。

 陽の光が差し込む瞬間に、それは煌めいて…… 俺は目を逸らせなかった。



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