第20話 トカゲ娘の登場と騒動は突然に




 大きく建て直された男爵邸…… やがて子爵邸となるそれの完成披露に、ささやかながら領民を招いてみた。


 予想よりも多く訪れてくれた面々に圧倒される。


 大森林に棲む亜人種族はほぼ参加し、普段ヒトとの関わりを持たない希少種族まで集まってくれたり、中々の大所帯となったものだと感慨深い。


 呼んでいないのに庭園の外には出店が並び、いい匂いをさせていた…… 先日倒したカニの加工品や海の幸、串焼き肉などが様々に香ばしい。

 あるかな、あの、まだ食べてないんだよな。

 美味いらしいんだけど。



 と、湿地種族の一画から、誰かが歩み寄ってくる。



「彼女はあのリザードマンの孫ですね」


「ああ、襲われたっていう…… なら、情報が分かったの……か……」



 シーヴァが紹介してくれたものの、最初はその姿に何も感じてはいなかった。



「ただいま、おとうさん」


「キミは…… まさか」



 鳥の羽を縫い合わせ作られた頭巾ヒジャブのようなモノは赤かったが、その肌、ウロコは見事なツヤを保った『黄色』だった。



 そして、初めてペットショップから独り暮らしの自宅へと迎え入れた時の姿を、苦しいときを共にした家族を思い出したんだ。



「ヤマブキ」


「ふふふふふ、嬉し。すぐ分かってくれた。やっぱり、全身くまなく見られていたものね。おとうさんって、私のことが大好きだったから」


「人聞きが悪いっ。でもまさか、キミにも会えるなんて…… そうだ、最後、キミの最後は、幸せだったのか」



 俺はやけ酒で死んでしまったから、その後をまったく知らない。



「あんまり…… バスキングライトは近すぎましたし、私、リンゴと水菜がスキなのに小松菜ばかりでしたし。シラユキと離ればなれにされたのも、寂しかったです」


「そう、か…… 苦労をさせちゃったな」


「でも、魔法ですか。こんな世界でおとうさんとまた一緒になれるなんて。夢が広がりますね」


「ああ、そうだね…… そうだ、そのシラユキは?」



 俺の発言中は、シーヴァもプチも微妙な笑みを浮かべて聞いている。

 でも、ヤマブキが喋り出すと睨む。


 ただそういう態度を取っていると俺が怒ると知っているから、たぶん、その警戒体制もほどほどで解除される…… といいな。



「あら、もう先におとうさんと接触してるはずですよ」


「いや、まだ見かけてないんだ」


「何だオマエ! ご主人に馴れ馴れしい!」



 昔を思い出す俺の横で、プチが我慢できずにシッポを膨らませ、メイド服のスカートを広げ臨戦態勢に。



「それと、あだ名でしょうが、ご主人様を『おとうさん』などと呼称されると腹立たしいので永遠に息を止めてくださいますか」



 シーヴァ、物騒。



「早速、練習をなさいますか。お手伝いしますよ?」


「シーヴァ、ボクの獲物だ、どいてて」


「待って、そうか二人とも面識はないね。この娘も、俺の家族だったんだ」



 手早く簡潔に、前世、一人暮らしを始めた俺が飼っていたフトアゴヒゲトカゲのヤマブキだと紹介する…… 最中にヤマブキが首筋に腕を回し、腰に大きなシッポを絡み付けてきて抱き締められた。

 しっとりひんやりしていて気持ちいい――。



「分かったわご主人、ケンカしない。けどなんで、そんなにベタベタしてるのよ」


「ご主人様だから仕方ないです。けど、あなたは確かリザードマンの巫女でしたよね」


「ええ。巫女は神様に観ていてもらうお仕事。本来、男の接触はご法度はっとだけど。私は前世で、おとうさんに見守られながら全ての行為をしていたの。食事も、睡眠も、排泄も、脱皮も、交配も、産卵も。だから、私のおとうさんは神様と同じ。なにも秘密がないし、何をしてもいいの」



 え。

 たしかに初めての体験ばかりで観察しまくっていたけど…… そのせいでそんな過酷なストレスを課していたのか。



「そんな酷いことをしていたつもりではなかったのだけど…… ゴメンよ、ヤマブキ」


「うううん。とってもステキな思い出よ。今はただ、また私の体をスキにして欲しいと願うだけなの」



 あまり…… 他人の性癖に何かを言いたくないけど。



「この子、変だわ」


「ある意味、ペットとして相応しいのかも……」



 プチ、俺の心の代弁者になってくれてありがとう。

 そしてシーヴァ、その感想は止めなさい。



「あれ? 本題からずれてるなぁ。襲われたっていうヒトの話が、聞きたいなあ?」



 棒立ち棒読みで、ヤマブキに話を促した。



 湿地種族のリザードマンは、冬場は共同で使用している山合の洞窟で過ごし、春、夏場には湖の狩場で仮の小屋を建てて暮らしている。


 要するに、その仮設の小屋を壊されただけなので、この件は大したことじゃない。

 そしてリザードマンの長が騒ぐな、他人の助けは必要はない、と言ったから皆で口をつぐんでいた、という事らしい。


 それに代々伝わる盾を持った戦士がその魔物を倒したから、もう心配はないのだそうだ。



「伝来の盾、か」


「ただのマジックアイテムですけど」


「でも、倒したのか。その魔物を」


「ウォーターリーパーが乱れ飛んで、その居場所を教えてくれたのです。ヒドラだったそうですわ」



 飛翔蛙ウォーターリーパーはこの時期に沼地で増える。

 それを狙った多頭石竜ヒドラが現れたのか。



「ヒドラなんて、騎士でも相手取るのは難しいんでしょ」


「我ら竜牙りゅうがの一族は重槍ハルバルドの名手よ! ヒドラのウロコでなど止められるものか!」



 話してる横から、噂の盾を構えた大きなリザードマンが割り込む。

 デカイ。

 エレベーターの天井に頭が触れそうなサイズ。


 まぁこの世界にはないけどな。



「ハリーリ・マセヒよ、なぜひ弱なヒトの子供に張り付く? その仕草、自分が何をしているのか分かっているのか」


「当然ですわ、にいさま。長が知らせたがらなかった領主のご子息に、私は子種をねだっているのです」


「ああ、そういやヤマブキは発情期、俺の親指にこんな風に巻き付いてきたっけ…… 忘れていた」



 いや思い出していたけど理解したくなかった。


 男爵家の子供だけど、その仕草はそれだろうけど。



「私、この方に嫁ぎます」


「ならん、槍も持てない人類種族の子供にオマエを渡したりしない」



 リザードマンは古風…… 感覚的にはサムライ。


 そんなわけで、俺の前にリザードマンの戦士…… バロロ・マセヒスが立ち塞がる。

 うわぁい、おにいちゃんおっきい。

 緑色の皮膚にギザギザとしたウロコ…… イグアナっぽいけど、こんな筋肉のカタマリと争う気はない。


 ローブのような服装で分からなかったけど、ヤマブキは肉付きが結構いいな、もっちりとした肌を俺の関節に重ねて締め上げる。


 うっ、苦し気持ちいい…… あかん、何かコレあかん。

 別のトビラを叩いている気がする。



「はい、降参です」


「おとうさん、もっと頑張って」


「イヤだよ、キミのお兄さんに殺されそうだ」



 ヤマブキにせっ突かれてしまうが、俺はまだ十歳なので家も継げないし領地を預けられるギリギリの年齢。

 つまり子供なんだからヤマブキを嫁にはもらえない。


 ちなみに彼女は十二になったばかりらしい。

 またヤマブキと一緒に居られたらとは確かに思うが、お互いに成人していないならダメはダメだろう。


 それに嫁入りはまだ募集していないので。



「とにかく、元気そうで良かったよ」


「はい。今日は顔見せだけで諦めます」


「また顔を見に行くよ」


「はい。次こそは全身を舐めるように見てください」


「しないよ?」



 半ば無理やりにヤマブキを送り、話を終えた。

 兄とは年齢も離れていて、大切にされているようだ。


 これは別に俺が嫌っているという事ではない。


 家を飛び出したりしていないなら、種族特性に合った環境で過ごすのが一番だ。



「やっぱり、まだ来るのね」


「うん。というか、あんな小娘のクセにベタベタと……」


「まだ来てないのは、フクロウとヘビ?」


「ボクたちの知っているのは、そうだね。とすると……」



 温かく見送る俺の後ろで、何やらイヤな予感がする会話が。

 何をするつもりなのかな、お二人さん。




 ☆




 数日後、両親と姉が帰ってきた。


 また『布告』を持って、だ。



「ただいま、皆」



 久しぶりに見るお父様の顔は、だいぶ痩せていた。

 あー、偉いヒトとの会談とかが連続だっただろうし、そりゃ疲れるよね。


 しかし、俺たちの挨拶もそこそこに、広間に屋敷の全ての者を集めて欲しいと言う。



「ちょっと…… いや大変なことになってな…… 先に、聞いて欲しいことがある。我が男爵家は、子爵となった。叙勲式典はまた後日だが」


「うわぁ、スゴイ!」



 そこで皆がわっと喜ぶが、お父様の表情に段々とまた静まり返る。


 沈痛な面持ちとは、これのことか。



「王族が改訂した法で、貴族が各地で亜人種族の迫害を行っている。すぐさまに法を変えることはできない。ならば、と姫様は我が子爵家にお役目を賜れた」



 布告、とはなんだろう。

 実際には短いその息継ぎの間が、異様に長く感じた。



「亜人種族の町を新たに作り、そこを統治すべし、と……」



 おおう、ムチャ振りかい。


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