第19話 夏の海の魔物はそういう意味じゃないが




「ご主人様、ご報告です」



 浜辺での休日、三日目。

 今、俺たちは海岸で身体を休めていた。


 兄二人は日焼けにヤられてボレキ準男爵の邸宅に部屋を借りて過ごしてる。


 これからすることを考えれば、別に全員水着である必要はないのだけれどね。

 女性陣が『今日は釣りをしたい』と言っていたし、水辺の様式美というか…… なんだかんだ、キレイな女性を見られるのは嬉しい。



『ねぇご主人、ボクの水着、見たい?』


『うん、プチの水着姿、とっても素敵だから』


『え、えへ、えへへへ、うん、着る』


『ご主人様がお望みならッ!!』



 シーヴァも便乗してくれたので、コートンさんもマリーアもまた水着姿だった。

 俺は一人で、眼福の時間を満喫している。

 とても、いい…… シーヴァの活発な動きのたぷんたぷんも。

 プチの普段はスローでも獲物を狙う時は揺れてるヒップラインも。

 借り物ながら投げ釣りで見事な遠投をするコートンさんのぶるるんも。

 身長差があるため屈んで目線をあわせる度に目の前に迫るマリーアの特大スイカも。


 ここは楽園だ。


 しかし、人目が皆無になっているのはワケがある。

 昨日、確認されたという『魔物』を退治するため、シーヴァとプチには武器を持ってきてもらった。

 海の幸が食べられなくなるのは困るからね。



「あの『魔物』はこちらに移動中です」


「分かった、ありがとう。この入り江に誘い込んでもらって、手早く退治を終わらせよう」


「調理が楽しみ、美味しいらしいから」


「ここなら、塩水も使いたい放題だ」



 俺たちが今挑もうとしている魔物の名前は巨大鋏蟹ビッグシザース、お化けカニの魔物だ。


 実際に戦うのは、コートンさんとシーヴァとプチになるけど…… 魔法の援護くらいはするよ。


 もうちょっとでお父様たちが帰ってくる。

 そうしたらまた、魔法の勉強もできる。

 ちっちゃな身体では、やっぱり魔法の力が頼みの綱だから。



「焼きカニ、茹でカニ、カニちゃーはんっ♪」



 プチが陽気に歌っている。

 船が、こちらに向かってくるのが見えた。


 船を追って、波が膨らんでいる。

 水面を割って、その魔物が姿を見せた。



「わぁ、大きい……」


「ご立派ねぇ」



 マジックアイテムで進む高速船に追い付きそうなそのカニが、大きなハサミを振りかぶった。



「まずは、攻撃力と機動力を奪います。冷気の腕に抱かれ眠れ……【氷の棺アイスコフィン】」



 コートン先生が海水を材料に、魔法で氷を作りカニのハサミを覆った。

 ただ、いくら魔法とは言え海水は凍りにくいし今は夏。

 以前先生がシーサーペントを氷漬けにした時とは状況が違うのだ。


 でも魔法でハサミを封じるだけが狙いではなく。



「動きが遅くなりました、あれなら殺れます」



 氷が大きく貼り付いた腕は、相当に『重い』。

 そのスキに船からこちらへ大きな包みが投げ出され、急旋回すると高速船は離脱した。


 お化けカニは『好物』の匂いを追って、誘き出されたワケだ。



「あの包みの中身って?」


海底歩きウォーキングテンタクルというイカですが、匂いが強くなるよう干物にしてあるそうです」



 海の塩臭さに負けない磯のにおいはそれか。



「漁港の名物にと試しに作ったら、あのカニが寄ってきたということを仰っておりましたねぇ」


「海産物なのに海辺で販売出来ないとか問題だね」



 などと考えている内に、岩場にカニが陣取ってこちらを伺っていた。

 このカニ、右のハサミが大きく、左のハサミは細く長い。



「まずは、視界を」


「はぁい、てりゃっ」


「それっ!」



 うちの領内では、この世界でも珍しい海産物が多い。

 しかしこの辺りの子供にしてみたら、昆布を家畜の餌にしたり、なまこをスープに入れたり、居るものを普通ポピュラーと認識しているので、この作戦も地元らしい攻撃なのかも知れない。


 俺はここに早めに来て、ある魚をゲットしていた。


 そいつは危険を感知すると、自分の皮膚にヌルヌルをまとわせ敵を苦しめる性質がある。



《ビチャッ!! バチャバチャッ!!》


「ホントに、ヌタヌタウナギのアレにすみ混ぜただけで目潰しになるんだ」


「プチ、もう少し下がって。あとは足を落として、完全に動けなくするんだ」


「はい、お任せくださいッ」



 俺の小さな腕くらいの目をぶるぶると動かし、お化けカニは視界を取り戻そうと蠢く。

 泡を吹き出し、興奮しているのかも知れない。


 その足下、岩場に乗った足をコートン先生が凍らせ、後ろに回り込んだシーヴァが大剣を構えた。


 を使わないただの『付与魔法』をシーヴァに掛けて、その技をしっかりと見ていた。



「ちぇりぁああっ!」



 普通なら鉄の剣も通らない甲羅や脚を、大剣が切り裂いていく。


 一瞬で大上段から振り下ろされた剣は、しかし岩場にまでは進まず、左の足の列を全て断ち切って止まった。


 ゆっくり、カニの体が傾いていく。


 そこへプチが駆けて、あらかじめ掛けていた白い魔法の輝きをまとった双剣が光り。

 右の足の列を下から、関節に沿って切り落としていく。



「うぅにゃにゃにゃにゃにゃあ!!」



 ハサミまで落として、カニを蹴って宙返りをし、華麗にポーズまでキメているプチ…… ちょっと様子がおかしい。



「うんっ、まずは焼きカニだにゃ。そこから、色々な料理に加えてみるにゃ。味噌や醤油があれば、ご主人に楽しんでもらえるのににゃ~……」



 無事に魔物を倒せたのだけど、何だろう、興奮したプチは普段使わない語尾に『にゃ』の付いた喋り方になっていた。



「プチ、その喋り方は?」


「はっ…… しまったにゃ。違うにゃ、違うの、これは、産まれたところの『なまり』だから……」



 恥ずかしそうに慌て、剣を取り落とし、俺の背中に抱き付くプチ。



「なんで、いいじゃん。俺は可愛いと思うよ?」


「ようやく普通にご主人と喋れると、思ってたのに。おんなじがいいの…… ばかぁ」



 そう言いながら、プチがそのプチを押し付ける。

 こんな、いい言葉、いい雰囲気だったのに。



「そんなに、俺の背中に、胸を押し付けないでっ」


「やだぁ、忘れてくれなきゃ、やだぁ」


《ぷにゅふにゅぷにゅふにゅにゅ》



 さっきの見事な連続攻撃を連想させる波状攻撃。


 とっても、頭がクラクラした。



「このバカネコ!! ご主人様が、困ってるッ!!」



 た、助かった?


 背中を抱かれて、逃げられない俺からプチを引き離し、シーヴァが俺の頭を抱き締めた。



《ぱふっ、ぴとぴと、ぽふんぽふん》


「うぷぷぱふぱふぅう」


「あっ、ドジ犬、返してっ」


《ピトッふにゅふにゅぷにゅふにゅにゅ……》



 あかんこれ刺激が増しただけやで。



「あーあ、混ぜると危険、だったかしら」


「タズマ様が一皮剥けるのも近いかも知れませんねぇ」



 コートン先生がカニにトドメをさしつつ、マリーアと生暖かい目で見ている気配がする。

 早く、二人を、止めて……。



《ぷにゅんぽにゅんむにゅむにゅぷるぷるぷる……》




 ☆




 そして四日後。


 まさか屋敷の改築が終了してはいないだろう。


 そう思っていたのだけど、雇った工事人たちの有能さを見誤っていたらしい。



「おう、出来てるぜェ。みんな本気出したもんだからよォ、二日目に出来てさ。後は余っていた素材使って遊んでみた」



 こうして作られた邸宅は、俺の感性から類似を導き出すと、


『国会議事堂みたい』


 ――となる。


 それでも、以前の男爵邸だって中学校の体育館くらい大きかったのに。

 ……あれ。

 というか、完全に元の屋敷の敷地の上だ。

 壊してもいないのに、どんな魔法を使ったんだろうか。



「今回のは、外側のアレンジこそしてねぇけど、中は充実してるゼ。入ってみなァ」



 つまり、外側に新しい邸宅を作り、中は以前の屋敷が入っている、ということか?



「なるほど、入ってみれば分かる、か」



 そして中はどこの宮殿なのかというレベルアップの仕方だ。


 応接室と書斎くらいにしか『ガラス窓』がなかったのに、全部の窓にガラスが使われ、廊下には魔法道具のランプがずらり。


 通路は中央にタイル張り、左右に絨毯が使われ、装飾の様式も統一されていて、ただ古めかしく飾り気のない男爵邸の面影はどこにもない…… かと思えば、調理場は『拡大』されていたが使っている道具やかまどはだけで古いものも混在しているし、洗い場などは新調された洗濯機以外にも古い道具はそのままだ。



「職人たちから残してくれって言われたモノは、全部残した。あとはまるっと交換したけど、問題ねぇよな」


「あ、ああ」


「領民達からの差し入れで、オレたちは食事に困らなかったゼ。ホントに良く思われてるな、アンタらは」



 突貫工事だとは思えないこの屋敷に、色々な想いが詰まっていると感じて…… なんだか泣きそうだ。


 一応は領主の息子だから、簡単には泣かないけど。


 現場監督を兼任していた執事のネオモさんは、次々に組上がっていく屋敷に、ドキドキして楽しかったらしい。

 分かるよ、でもちゃんと寝よう。

 また倒れられても困るんだから。



 なお、メイドたちからは新しい屋敷に不評が相次ぐ。


 屋敷を作った者が人の形ではなかったからか、点検の出来ない煙突が多数、掃除出来ない水路に、風呂やトイレはいいのだが、オマケに作ったという噴水には魚が流れてきているため、それを狙った鳥や動物が入り込むという。


 他にも、一挙に五倍の広さになってしまった屋敷には、単純に人手が足りなかった。



「姉さんが帰ってきたら、たくさんメイドを雇ってもらおう……」



 様々に問題もあったけど、どんどんと状況は変わっていく。

 俺はまだ子供だけど、この日々は楽しく、嬉しく、やりがいに満ちていた。


 もっと、もっと、欲張ろう。


 魔法も、町も、道も、亜人たちとの交流も。


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