第11話 魔法の話と世界の話




 むかーしむかし、この大陸がそらから落ちてきた頃の話。


 水の神様が全てを受け止めて、母なる心で人々を許し、大陸を幾つかに分けて住みやすくしてくれました。


 ただし、残っていた『歪み』はどうしても離れず、仕方がないので深く深くへと閉じ込めたのですが、たまに地表にこぼれてしまいます。


 水の神様は知恵を人々に求め、集まった人々は期待に応えるべく『器』を世界に呼び出しました。


 器にこぼれた『歪み』を納めて、またどこかへと飛ばしてしまおうというのです。


 水の神様は他の意見を求めましたが、人はそれを勝手に行ってしまったのでした。


 悲しいことに、その情熱が我らを神様から引き離すとは、その人は考えてもみないことで……。




 ☆




 お父様の書斎にあったこの童話は、どうやら神話ベースのモノだと思ったので読んだけど……。

 無理。

 文字が難しい割には抽象的過ぎる。


 俺が今欲しいのは、魔法の知識なんだ。



 幸か不幸か、我が家の書斎には本が沢山あった。

 お父様は読書家であらせられる。


 山奥育ちの俺は読書よりゲームだったからなぁ…… ゲームから全てを学んだと言っても過言ではない。


 それより、魔法関連の本を探さないと。



 そもそも貴族の子供は、様々に教育を受ける。

 それは王都に近ければ近いほどに専門的、先鋭的に詳しく学べる。


 しかし、この辺境、大陸西の端の男爵家。

 家庭教師を雇うことはできても、子供たちを学校に通わせるとなると留学しかないし、寮暮らし、金喰い虫となるので現実的ではない。


 だからこそ、俺たちは早く文字が読めるよう勉強をさせてもらって、兄弟の識字率が高まってからは読書を進んでしてきた。

 将来的に確実に使うだろう剣術の訓練と併せて。



 幸い、すぐに何冊かの魔法の入門書が見付かった。

 これなら、コートンさんから指導を受けることはできそうだ。


 魔法の訓練、なんてまさにファンタジーなイベントを始める切っ掛けは、執事のネオモさんが倒れたことに端を発する。


 お父様の右腕として、働きに働き続けた彼は収穫祭の終わったある日、バタりと倒れてしまったのだ。


 お父様は慌て、すこし前に結婚式を挙げたリィ・リッタが本当に飛んできて、一時期に騒然として。


 最近出来た港町の病院の医者が『過労過ぎる。言うなれば超労働者、チョーローだな。うわっはっはっは』と診断して山のように精力剤と造血剤と何やら手書きらしい本を置いていった。

 その本を見たネオモさんが拝んでいたので、何かためになる言葉でも書いてあったのかも知れない。



 そして、だ。

 ネオモさんの欠けた穴は、道路建設にも男爵家にも大きい。


 そこで、お父様は家令レディーズメイドを雇うことにした。

 コートン・リリベル・バンチナ…… 彼女は俺たちの親戚であり、成人したばかりだと言うがとても優秀で、王都で様々を学んだエリートなのだそうだ。


 特にスゴイことに、魔法が使えるという。


 比較対象がまったくないのでスゴさが伝わらないのが残念だ。


 ちなみに、一億人ほどが暮らす王都の中で魔法が『使える』と言えるのは百人くらい。

 男爵領地内にはゼロだった。



「さてと、お金も用意できたし。明日からが楽しみ」



 あの日、転生して初めて触れた魔法に、俺は感動した。

 できることなら、俺もやってみたい。

 習得してみたいと思えるくらいに。


 元々は『辺境防衛騎士』のボレキ準男爵に仕えるため、船で辿り着いたばかりだった彼女。


 沖で海の魔物『海王蛇シーサーペント』に襲撃されたが、ほとんど一人で倒したという。


 その大きな蛇は、氷漬けになって船に牽かれて港町に届けられ、俺も直に見ることができた。

 ニュースで見たことのある『ギガ・リュウグウノツカイ』より太かった。

 それは流氷のように氷の塊となっていて。


 あの様子を見たら、ワクワクが止まらなかったんだ。



 しかし、当人は中々個性的。



「自己防衛しただけですよ。あのヘビ、町で買ってくれるって言うからなるべく凍らせたので」


「そうか。だが、いいのか。男爵家に仕事場を変えても」


「やることは変わりません。でもお給金は上がるんですよね? 助かります。私、早くお金を貯め、研究所を作りたいので」



 準男爵にそう語った彼女は元々、考古学がやりたかったのだそう。

 だがここは、魔物もいる世界。

 力がある者は戦うか、人を統治する側に立って働くか。


 この二択しかなかったのだ。


 ただ、統治側の仕事をこなしたという『キャリア』を持ってさえいれば、余生をどう過ごそうが細かく言われはしない。

 少なくとも、国からは。



「魔法使いを教師として雇うのと変わらない代金を請求してるけどね。考古学の研究所って、いくらかかるんだろ」



 支払いさえしてくれれば子供でも大人でもちゃんと指導をしてくれるという約束を得て、俺は両親を説得し、シーヴァやプチに協力を願い、どうにかこの時間を確保できた。




 ☆




 朝御飯のオムレツとパンを二人分くらい食べて、午前中の『剣術訓練』に備える。

 これはボレキ様が指導をしてくれるので、とてもためになる。



 それ一つで誰にでも勝てるような『技』はない。


 訓練を続け、基礎を学ぶのは、ずっと続けるべきだ。



 交代で部下のホートナー騎士長からも指導を受けるが、剣というのは難しいと思った。

 でも、身体を動かすというのは意外に気持ちいい。



 そして、午後からは初めての魔法。

 コートン女史は、冷たい目で僕らを見回した。



「では、魔法について初歩の初歩から」



 魔法使いになるにはどうしても天性のモノに頼る必要がある。

 先天的に『魔術回路』と呼ばれる下地が備わっていないと、扱うことが難しいからだ。


 理解するにも、操作するにも。

 なので、お金を積まれても素質がないと絶望的なのだと。


 だから、そのあるなしをこの場で見極めてくれるのだそう。



「一般的には水で計るのだけど、私は風が得意だから…… 一人ずつおでこに触れさせていただきます」



 熱を計るように、手を触れていく。

 アルーオーネロウと終わって、タズマの番。

 手が触れた瞬間、嫌な顔をされた。



「えっ?」


「やっぱり…… 転生者って嫌いだわ」



 何だろう。

 俺なんもしてないですよね?



「素質があるのは、オーネ様とタズマ様です。お兄様がたはどうやら体内流動的なスキルをもう身に付けていらっしゃる」


「え、本当に!?」


「スゴイ、なら、ボレキ様に確認してもらおう!!」



 コートン女史に御墨付をもらって、兄たちは駆けて行ってしまった。

 四人分の授業料、払ってあるんだけど。


 ま、嬉しいだろうし、仕方ないか。


 魔法の『魔術回路』と同じように、身体に備わっているもの。

 それが『技術体系スキルツリー


 これは後天的にも得られるモノではあるけれど、兄弟の訓練を始めた時はバラバラだし、短期間で取得できるというものでもない。



「兄さんたち、剣術の才能があったんだな。俺は魔法の、才能がある……?」


「私は、魔法の訓練ってちょっと怖いかなぁ。何をするのかわかんないし……」


「始める前に、ちゃんと説明致しますわ」



 あ、座学だ…… さすがに室内で氷の矢を飛ばせるわけもないか。


 女史曰く、体内にあるそれは、水面みなもの上の木葉このはみたいなもの。


 感情で揺れて、傾き、水面を揺らすのが精々。


 だが、揺らせば水面が揺れる。


 その揺らめく波をコントロールすることで、広大な精神空間を支配して超常の力をコントロールするのが魔法なのだと。


 その過程、条件、木葉を大きくする方法、などなど。


 魔法を使わないまま、座学で授業時間は終わったのだった。



「……はい。水時計が尽きましたので、今日はここまで。先に言っておきますと、魔物に通用するくらいの魔法はお教え出来ますが、戦争に使えるモノまでは私は使えません。領民を守るための勉強をなさるのなら、王都へと行かれるべきです」


「コートン先生、ありがとう」


「……先生?」


「うん、魔法の先生だから」


「そうよね。コートン先生、ありがとうございましたっ」



 視線が泳いだけど、また冷たい目が俺たちを睨む。



「はい。明日もよろしくお願いいたします」



 何か俺にだけ当たりがキツイ時があったけど、結構優しいし教え方が上手い、いい先生だ。



 よおし、俺の生活にファンタジー色が強まったぞ。


 魔法の習得、これは最優先で頑張るべきタスクだ。



「目指せ魔法使い!」


「がんばろーね、タズマ」



 姉はすこし疲れていたようだけど、笑顔で励ましてくれるのだった。



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