第10話 冬の家の保護者(自称)の日常
朝日が昇りきる前に、メイドは起きる。
基本的には前日のうちに支度はしてあるのだが、主人が起床した後の準備をするだけでなく、仕込んだ朝食の段取りをコックと確認し整えたり、急な来客や用立て後の食材の在庫をチェックしたり、主人の予定に合わせて掃除の順番を変えたり。
やりたいことや考えることは多い。
でも、主人の安眠は
朝はとにかく、静かに。
「くぁあぁぁあ。あによう。メニュー変えんの?」
「しっ。声が大きい。この時間はまだ当主様もご主人様も起こしてはいけないの。いい加減に学びなさい。はいこれ。良い卵をたくさんいただいたわ。ぜひ皆様に英気を養っていただかなくては」
寝ぼけた
周囲への喧伝にと沢山いただいたが、卵は新鮮じゃなきゃいけない。
今日中に使えるよう、メニューに挟んでもらいたいのに。
「んーふん。たくさんあるね。プリン作っていい?」
「ちゃんとご主人様の分を作るならいいわ」
「んっ。お子様方の分と、奥様の分は余裕。あとは冷ます時間次第かな~…… やっぱボクの分野はお菓子だね」
プチは最近、文句は言うけどちゃんと働くから責められない。
しかし、体を壊した
当男爵家の『財務管理』やら諸々と『道路建設の日程表管理』を併せて取り仕切って、無理が祟って倒れたネオモ様。
だが今や愛妻となったリィ・リッタに二日おきに看病されており、満更でもなさそうだ。
さ。
愛しいご主人様の寝顔を、目覚めを妨げない程度に離れて見守る時間だ。
最近は成長する体に合わせ、私たちから体術や剣術を、執事の妻からは弓を、兄弟仲良く学んでいらっしゃる。
一生懸命木刀や木槍を振り、矢を的に放っては一喜一憂する姿は懐かしくも頼もしい。
「もっと効率的な訓練方法を学んでおけば…… くっ」
お役に立てたかもと思うがもう遅い。
だけれど私なりにご主人様を一流、いえ超一流の剣士にしてみせます。
ついでにご兄弟も。
「……失礼いたします……」
息を細く絞り囁いて、扉を開ける。
小さな寝息…… あっ、いけない、しっぽが揺れちゃう。
私の瞳には、鼻から吸い込んだ空気の『質』を違いとして捉える能力がある。
昨夜も当主様の書斎で本を読まれてからお休みになられた。
部屋に充ちているタズマ様の汗、呼気、それらに瞳が色を付けて見極める…… 疲れから、
剣術では初めて『歩法』を学ばれた後だからきっと、朝食のパンはお代わりなさるだろう。
一ダース多くしてもらっておいて良かった。
持ってきた水差しと元の水差しを静かに取り替え、一度下がる。
清潔な布を数枚と洗面器にお湯を注ぎ、再び扉の外。
ここからは、ご主人様の呼吸を聞いて待つ。
さっきの寝息で、もう間もなく目覚めるだろうということは分かっていたからお湯は少しだけ熱い。
冷めていく途中で、大きく吸い込む音が聞こえた。
扉の外からお声を掛けさせていただく。
「……ご主人様。おはようございます」
「ん…… シーヴァ、おあよう…… くぁ……」
ご主人様のおはようの言葉に、胸の中が温かくなる。
ゆっくりと扉を開けて、まだ幼い優しい顔を確かめたら、我慢できずにしっぽが揺れた。
「失礼いたします。まだお疲れですか?」
「いや、うーん、ちょっとね。あ、タオルありがと」
軽く絞った布を差し出し、乾いた布を更にお渡しする。
今日は白くなった村の景色に、すこしのんびりしていただこう。
タズマ様のお仕事は、しばらくお休みになっている。
この寒い季節の間に、ご本人の希望で様々を学びたいと当主様に申し出られて、『魔法使い』を講師に呼ぶことが決まった。
昨夜の読書も、そういった知識の吸収のためだろう。
日々の努力を絶え間なく続けるその姿勢はとてもご立派…… ああ、大好き、好きいッ。
《ぶんぶんぶん……》
抑えきれない
けれど、私の役目はメイド。
そして、護衛のつもりだから。
あのネコには、負けないッ。
そして、もう少ししたら、春になったら。
根回ししていた計画が、現実となるんだから。
☆
コックは夜明け前に起きなきゃいけないのがツラい。
でも従士とか衛兵とかより全然いい。
昼間にお昼寝もできる。
あ、バカ犬がきた。
卵かぁ…… 冷ますの考えるとデザートにも間に合わないけど、お昼後には出せるかな、プリン。
まぁ、いいけどね。
今朝の食材は昨夜に揃えてあるのに、これから足すのはメニュー作る
こないだ家政婦マリーアの開いた店で肉を買えないか執事に聞いて玉砕してたけど。
下心でしか動けない男ってやーね。
腕はいいのに。
ご主人の昼食後は、コックの仕事が一段落する。
夕食の仕込みや明日のメニューはコック長のバウマン師匠と、ボクの同僚マルカの仕事だから。
またオーネ様の好物ばかり作ろうとして怒られるんだろうけど。
昼過ぎ、片付けを終えたらボクは一休み。
もちろん、ご主人の背中にくっつきに行く。
姿が変わってしまったボクたちだけど、触れ合って確信した。
変わってない。
ご主人の温かさも、匂いも。
だけど、今はボクに『腕』がある。
長い身体がある。
後ろから抱き付いても、支えてあげられるし守れるよ。
ん?
ち、違う、ゴロゴロなんてゆってないし。
ホラホラ、魔法の訓練、行くんでしょ。
ちゃんとついてくから。
バカ犬は雪の対策とか屋敷の仕事だから。
だから、ボクに任せてよ。
ずうっと、その背中に寄り掛からせて。
とっても、楽なんだ。
温かくて、安心できるの。
あ、夕食には絶対に間に合うよう帰るから。
「ボクの特製プリン、味わってよね」
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