第3話 愛犬の機転が起点だが減点




「シーヴァ…… あの、片耳折れの『シーヴァ』!?」



 それは前世の実家で、近所の悪ガキに酷い目にあわされていた柴犬の名前。


 昨夜聞いた『貴公に想いを残す魂の持ち主』っていうのが、まさか愛犬だとは。



「はいっ、助けていただいた恩も、美味しい缶詰ご飯の味も、忘れたことはありませんっ」


「ぷっ、ははっ、あのチビ助が…… 確かに食いしん坊だったけど、まさかこんな、美人に……」



 門の鉄柵のむこうで跪いて目線を合わせる姿に、思わず本音がこぼれる。

 我が家は下級貴族ではあるが、近隣の貴族階級の『美人』は大霊祭おまつりの時にそれなりに見ていたし、知っていたつもりだ。


 だが甲冑かっちゅう姿すがたの彼女が、それを軽々と凌駕りょうがしていた。


 銀の髪はキラキラと輝き、肩まで伸びたしなやかな房はリボンと共に身動きにあわせて揺れて流れる。

 幼さを感じる顔立ちながらもスッと伸びる鼻筋が落ち着いた印象を与え、凛々しく切れ上がった瞳に柔らかなカーブを描く眉は意思の強さを物語る。

 日焼けを感じさせない白さ際立つ肌はキメ細やかで、伏せた銀の睫毛に水滴でも浮かんでいるかのごとく光を弾いていた。


 そして彼女の最大の特徴、大きな耳、いや『狼耳』と言うべきか。

 それは記憶の中と同じく、片耳が閉じるように折れていた。


 瞳の色は確かに茶色、柴犬のシーヴァと同じ色だが、ここまで美しいと疑ってしまう。



「ホントのホントに、あのシーヴァ?」


「そんなっ、私以外にも同じ名を付けていたのですかっ?」


「いや、そんなコトはしてないけどね。じゃあ、その名前の由来は分かるかい?」


「覚えていますとも! あの美味しい缶詰の名前、そればっかり食べていた私を見て、付けてくださいました」



 確信した顔に、おお、と頷く。

 そう、"柴犬"だからと付けた名前じゃない。

 当事者である俺が言って聞かせた言葉だ。


 世話をしながら、噛み砕く必要がある食べ物ドライフードだと力を入れてしまい、傷口に良くないと思ってカンヅメばっかり食べさせていたんだよなぁ…… 懐かしい。


 でも聞いておいてなんだけど、あの頃から言葉を理解していたってコトだな、スゴイぞシーヴァ。



「ホントにシーヴァなのか。こんなに綺麗になるなんて。あー…… 名前、いきおいで付けちゃったなぁ…… もうちょっと考えてやれば良かった」


「いいんです。ご主人様のくださったこの名前こそが、私の名前。何物にも代えがたい宝です」


「そうか。それで、ここには俺に会いに来てくれたのか?」


「いいえ、それだけじゃありませんっ。ご主人様への恩返しをしたいのですっ。貴方のためにメイドの作法と剣術を学んで参りました!」


「ええっ、恩返し?」


「お側に置いていただきとうございます」



 鶴ならぬ『犬の恩返し』は聞いたことがない。


 しかし、困った。

 あの神様からの話をあらかじめ聞いていたから、シーヴァが『魂の持ち主』なのだと分かって嬉しいし、予想以上にワクワクしている。


 だけど。


 俺の素性は、家族の誰にも話していない。



「でも、どう説明しようかなぁ? 三男タズマが実は三十年以上の人生を送ってる『転生者オッサン』だなんて、みんなまだ知らないんだよ」


「ご主人様、これは説明してしまってもいいと思いますよ」


「えええ?」



 転生者という存在は、この世界でも知られてはいる。


 知られてはいるがまれな存在だし、こちらの感覚で言えば『他の国のトップアスリート』のような扱いだ。


 だから子供に前世があるなんて受け入れられるかは疑問である。



「全部の記憶を取り戻せてはいない、とすれば良いのでは? 貴族の立身であれば、表だってどうと言う者もいませんよ。実際はやってみないと分かりませんが…… もし何かありましても、私がお守りいたします!」


「おおぉ…… あの食いしん坊がこんなに利発賢そうな意見を!」


「んんっ。ご主人様。私も転生人として両親に話し、ある程度の理解を得られました。子供を想う親の心はどこの世も同じでしょう。どうか、ご決断を」



 神様からの情報でこの再会を知ることができて。

 そして、元愛犬にさとされている状況はなんか可笑しい。



「ふふ、ふははっ、いいか。なるようになれだ」


「お力になりますっ」



 こだわるべきは、ここじゃない。

 たぶんもっともっと、この世界を知らないといけない。


 これからに想いを馳せて心まで幼くなったかのようにドキドキしていた。

 が―― シーヴァは空気を読めないワンコだった。



「おおい、タズマ、大丈夫なのか?」


執事ネオモさんを呼んでくる?」



 今の兄弟が心配して近付いて来たのを見て、対応の方向性をまとめる前に喋りだしてしまうほどに『元気おバカ』な。



「あっ、初めまして若君様、お嬢様、私はご主人様、タズマ様の犬のシーヴァと申します!」


「はぁ?」


「タズマの、『犬』ぅ!?」



 最悪な誤解されたぞこれ。



「シーヴァ、待て!」


「きゃいん」



 前世での『しつけ』はちゃんと覚えていたようだ。

 ビックリしつつ、しりもちをついてシーヴァは黙ってくれた…… こんな仕草も可愛いな、コイツ。



「タズマ、なにこの女の子は?」


「いや、ちょっと落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」



 話がごちゃごちゃになってしまうので、シーヴァはしばらくそのまま待てをキープだな…… 反省も込めて。



 こんなドタバタがあって、本日の子供達の運動時間は自然となくなってしまった。



 このワンコ乱入事件から俺の落ち着いた毎日もなくなったのは、後から気付いたコトだった。


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