月の光と白い羽

タキトゥス

第1話

雨が降った夜がサヨナラを告げた。


街が目を覚ました、午前6時の朝。


街の人々に朝日が抱擁して起きてと囁く。


朝日に起こされた私達学生は何人も通学路を通る。


通学路で白い羽が落ちていることに気がついた。


誰にも目をつけられずに私だけに会いに来たようだった。


不思議なことに真っ白な羽は一切汚れていない。


昨日の夜に雨が降った後にも関わらずだ。


羽が泥水を弾いていて、水溜りに浮いている。


光に向かう蟲のように不思議な羽に惹かれた。


そして私はその白い羽を拾って、ポケットに仕舞った。


白い鳩が平和の象徴と聞いたことがある。


きっとそれが惹かれた原因だろうと思ったけど、その理由とは違う気がした。


運命の出会いのような物かな?と考える。


「あの...ごめんだけど、その羽は僕のなんだ。大切なものだから返してくれると嬉しい」


後ろから少し弱々しく声がした。振り返るとそこには翔也が立っていた。少々申し訳なさそうな顔をしながら。翔也は私と同級生で人見知りなところがある。


皆んなからは不思議と好かれていた、というよりもミステリアスな雰囲気が皆んなの好奇心を強くすると言うべきなのだろう。


「ごめんなさい。これ翔也の大切なものだって知らなくて...」

「拾ってくれてありがとう」

「別にお礼を言わなくていいよ。こんな綺麗な羽根を無くすのはもったいないからね」


翔也は微笑んだ。そして安心したかのようにホッとしている。彼にとって大切なものだから返すのは当然だ。ただ一つ知りたいことがあった。何故白い羽根が大切なものなのかって。


「一つ聞いていい?なんでその羽根が大切なの?」


翔也にとって秘密なのだろうけど、どうしても聞きたいという好奇心が優ってしまった。人の秘密を聞こうとする情け無い私はそこにいた。思い返すと罰が悪い。


「それは……やっぱり言えないな。それは僕にとって大事なものだけど誰にも言えない秘密なんだ」


翔也は困った顔をして俯いていた。少し気まずい空気が幽霊の如く漂っていた。周りの人達はもう学校についたのだろう。私たちは二人きりになった。


「本当にごめんね。翔也の秘密を聞こうとするなんて...」


彼に申し訳なさそうに頭を下げる。

懺悔の気持ちでいっぱいになった心は時間の流れを遅くなる。私の体の芯と言えるものが冷たくなる。


「いや、良いんだよ。誰だって知りたいって気持ちはあるわけだから」


何も言えなくなって、まじまじと公園の時計を見ると8時23分だった。ショートホームルームの始まる7分前。


「...?!急がないと、学校に遅れちゃうよ!!」

「待って沙耶香、今日の午後10時に鰻池に来て欲しい。僕の秘密を打ち明けたいんだ」


彼の秘密を知りたかったからすぐに私は答える。


「わかった、じゃあ今日の午後10時に鰻池でまた会おうね」


急いで学校まで走る。

遅刻しないように。

翔也も私と同様に急がないと遅れると思って心配した。でも振り返ると大地は居なくなっていた。

別の道から向かったのだろうか?そんなことよりもの翔也の秘密が知りたくてたまらなかった。


***


夜の午後10時よりも少し前。


街はもう眠る時間になった。


月と太陽は喧嘩して月は孤独だった。


街の外れにある鰻池。


月が反射された鏡のような湖。


風に揺られる弱々しい葦。


ゆらゆらと泳ぐ外界を知らない鯉。


約束の場所にはもう大地は立っていた。

午後10時よりも15分早かったにもかかわらずだ。

彼は渡場でじっと月を眺めていた。

何かに別れを告げるような悲しそうな顔。

悪い予感がした。


「来てくれてありがとう。準備してたんだ」

「なんの準備をしていたの?」


刹那、風がが顔の近くを通り過ぎる。

身体が寒くなってブルっと震える。

翔也の口がスローモーションのように動く。


「僕は沙耶香に別れを告げないといけないんだ」

「嘘でしょ……信じられないよ……」


私は何も言えなかった。

好きだった翔也がいなくなるなんて。

急に会って早々に別れを告げる翔也の真意がわからない。転校するとかそんな噂は聞いたことがあった。焦った私は寒さを忘れてすぐに言葉を返す。


「で……でも!!また会えるよね?」


翔也はそんな私を振り払うように答える。


「いや、もう僕は沙耶香とは会えないんだ。僕は僕の役目を果たした。もう此処とは用がないんだ」

「……役目ってなんのことなの?私と会えなくなるほど重大なことなの?」

「……」


翔也は何も答えようとはしなかった。

役目ってなんのこと?

私と会えなくなるほどのことって?

ただ転校するだけじゃないの?

翔也はいったい誰なの?

頭の中が混乱する……


***

「実は僕は……星から来た天使キューピッドなんだ」

「えっ……?どう言うことなの?」


翔也が何を言ってるのかわからない。

天使キューピッドって本当に存在するの?

もしかして……白い羽根は天使キューピッドの羽根?

だったらあれは翔也の羽根だったんだ……


「あの時は羽根を拾ってくれてありがとう。あれがなかったら僕は星には帰れないところだった。役目を果たしたら自分の星に帰る義務がある。帰らなかったら僕は死んでしまうんだ」


そう言うと翔也の背中からは、仕舞われていた白い翼が姿を表した。これが翔也の秘密だったんだ。


「僕の役目はこの世界の人々の恋を叶えると言うこと。それが恋を司る天使キューピッドの役目。やっとその仕事が終わったんだよ」


月の光が翔也の羽根を照らしている。

月の光に照らされた銀色に輝く翼。

通学路で拾った時よりも本来の姿を取り戻して美しかった。



「僕の羽 羽根を返してくれたお礼に何か願いを叶えてあげるよ。恋のことならだけどね」


私は言わないといけない。

翔也はもういなくなる。

最後のチャンスを逃したくない。

顔が熱くなる。目の前がぼんやりとしてくる。

でもそんなことは気にしない。


そして一言一言ずつゆっくりと声を震えさせながら翔也に言葉を伝える。


「翔也、あのね、その……私……翔也のことが好きです。誰のことも好きにはなれない。でも翔也だけは愛せるの。そのことを伝えたかった」


彼は微笑した後、困った顔をした。

赤くなった顔は青年の瑞々しさを感じた。

急に好きと言われれば誰だって動揺するよね。


「恋の天使キューピッドでもわからないこともあるんだな……伝えてくれてありがとう。ごめんね、沙耶香とは付き合えなくて。でも、僕はどこかの星空のどこかに必ずいる。そのことは忘れないで欲しい」

「翔也のことは絶対に忘れないよ。星空の夜の時は、いつも翔也のいる星を探すもの」

「ありがとう。それじゃあ、そろそろ出発するよ」

翔也はそう言うと、振り返って翼を広げた。


いつも華奢なように感じていた背中が逞しくてその差に驚いた。少しすると両翼を鳥のように羽ばたかせ、見知らぬ何処かの星へと飛び去った。


その間はほんのわずかだった。

私のことを名残惜しかったのか、私のことを見ようとしたけどすぐに星の彼方へと消えていった。未練を残さないように思えた。


翔也が飛び去った瞬間に星が前よりもさらに綺麗に見えるようになった。


***


余りにも信じられない出来事だったから、明晰夢のように思えた。急に天使キューピットって言われれば誰だってびっくりするよ。


次の日には翔也と通学路で会えると思った。でも決して会えなかった。そして、学校に翔はいなかった。クラスメイト、先生、近所の人たちに聞いても誰も翔也のことを知らなかった。


でもね、やっぱり翔也はこの世界に存在していた思うんだ。だって星が前よりも一層美しく感じるのは翔也が何処かにいると探そうとするから。


いつまでも探し続けるよ。

翔也のことをね。


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