第71話 同期の男女二人組(2)

高田たかだ君、それと花守はなもりさん」


 講義が終わって揃って退出しようとする二人を呼び止めた。


「池波……いや、修二しゅうじ君か。どうしたんだ?」


 一瞬、名字で呼びそうになったのも当然か。

 まだそれほど親しいわけでもないしな。

 こういうところで結婚を実感すると少しくすぐったい。


「せっかくだし一緒に昼飯でもどうだ?」

「そうそう。まだあんまり話してないし」


 んーと少し考える仕草をして隣の花守さんに視線を寄越したかと思えば、彼女の方からはコクコクと頷く仕草。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 というわけで、俺と百合ゆり、高田君と花守さんを加えた四人で大食堂へ。


 先を行く二人に、後を追う俺たち二人。

 高田の後ろをとことこと花守がついていく様子を眺めながら、


(なんていうか、花守って意外におとなしいよな)

(うん。最初が最初だったからね)


 出会ったときのアレを思い出すと少し意外にも思えるけど、素の彼女はこっちに近いのかもしれない。


 百合はいつも通り納豆定食……にはせず、きつねうどん。知っての通り百合は納豆ご飯より納豆トースト派だけど、学食に納豆トーストはないので、納豆定食をよく頼むのだ。


(そういうところはさすがに百合も気にするんだな)

(納豆は正義だけど、見た目や匂い気にする人もいるからね)


 そんな会話を交わしながら俺が頼んだのはチキンカツ定食。ボリュームたっぷりのチキンカツに山盛りキャベツ、ポテトサラダに加えてご飯に味噌汁までついてたったの300円。


「修二君もチキンカツ定食か」


 向かいに座った高田君が俺のメニューを見てそんな端的な一言。 


「量もあって値段も安い。味も悪くないからな」

「言えてる。俺的にはもっと量があれば言うことなしなんだが」

「おいおい。これで足りないのかよ……痩せの大食いって奴か?」

「ま、そんなとこ。それじゃあ食べようぜ」


 いただきまーす、と皆で食前の挨拶をしてから各々パクつき始める。


「花守さんは……あさりのスープパスタ。美味しそう……」

「そういえば、スープパスタはまだ頼んだことなかったよな」


 楚々としてパスタを巻き上げるちょっと小柄で均整の取れた体格な彼女は品があって、やっぱり講義の最中に先生に食ってかかった様子とは雲泥の差だ。


「あ。花守。ちょっとくれよー」

「え?う、うん。いいけど」


 横から箸で素早くパスタをかっさらう高田君。


「うん。美味いな。スープがないのが玉に瑕だけど」

「箸で掬ったら当たり前だよ」


 すかさずツッコミを入れる花守さん。


「言えてる、言えてる」


 そんな風に笑い合う二人はとても仲が良さそうで、前情報なしだったら付き合っていると思ってしまいそうだ。


「なんだか二人、付き合ってるみたい」

「付き合ってないって初対面の時に言っただろ」

「うん。志望が同じだっただけ・・だもんね」


 本当に何の気なしな高田君に、寂しそうに言う花守さん。


「なんで急に凹んでるんだ?……て、そういうことか」


 ははーんと何かを察したような高田君。


「別に志望が同じってだけで気が合わないやつと一緒にいないって」

「う、うん。ありがとう。私も友達だと、思ってるよ?」


 彼……高田君は、どうも「同じだった「だけ」」というところに反応したみたいなんだけど、花守さんはやっぱり思うところがありそうだ。


(なあ、これってやっぱり花守さんの方が……)

(たぶん高田君に気があるよ。私の乙女レーダーにビビッときた)

(百合に乙女レーダー……乙女レーダー……)


 あまりに似合わない言葉だったのでぷっと吹き出してしまった。


(私だって乙女なんだけど?)


 笑いすぎたせいか、少し不機嫌な顔で睨まれてしまう。

 本気の不機嫌ってより少し膨れてるだけだけど。


(わかってるって。でも、自分から乙女とかあんま言わないだろ)

(ちょっと言ってみたくなっただけ!)


 声のボリュームを落としてやいのやいのしていると、対面の二人は……何故だか少し赤くなっていた。


「どうかしたか?」

「いや。その……仲がいいなあって」

「うんうん。見てて、ちょっと恥ずかし……羨ましくなっちゃった」

「……」

「……」


 考えてみればここは大食堂。

 百合だけならともかく、俺まで一緒になってなんてのはちょっと不覚だ。


「二人とも、悪い」

「ごめんね」


 夫婦揃って頭を下げる俺たち。


「別に気にはしてないけどさ。昔からそんな風に仲が良かったのか?」


 そんな何気ない質問だけど、昔から、か。


「まあ、仲良いと言えば良かったんじゃないか?」

「あんまり喧嘩したこともないしね」


 とそれだけ答えて食事再開。


「ね、ね。百合さん、後でLINE送っていい?」

「うん?もちろん、いいよ。どうしたの?」

「ちょっと後で相談したいことがあって」


 隣の高田君を一瞬ちらっと見た花守さん。


「わかった。メッセージ待ってるから」


 それを見て何かしらを理解したような百合。


「そうそう。こっちも後でLINE送っていいか?」


 かと思えば今度は向かいの高田君から俺に。


「もちろん。どうかしたのか?」


 と問えば、


(大きな声では言えないんだけど、花守のことでちょっと相談がな)


 そんな言いづらそうな声。


(了解。俺でいいならいくらでも相談に乗るぞ)

(恩に着る。この話、誰に相談したものか迷ってたんだ)


 ちらっと花守さんの方を見る高田君。

 どうもこちらも何やら訳ありっぽい。


(色恋とかそういう系の?)


 ひょっとして、こっちの高田君も……と思ったのだけど。


(いや、もう少し真面目な話だ)

(おっけー。詳細は後で聞くよ)


 こうして、百合は花守さんから。

 俺は高田君から。

 それぞれ何やら相談をされることになってしまったのだけど。


「なんかちょっと妙な話になったな」

「ね。花守さんの方は恋愛相談じゃないかと思うんだけど」

「あ。やっぱそんな感じするよな。でも、こっちは違うぽいんだよな」


 なんていうか、もっと深刻そうなというか、重々しいというか。


「修ちゃん、修ちゃん。花守さんからLINE来てる」


 廊下を歩いていると、唐突に百合が振り向いてスマホを向けてくる。

 

「早いな……えーと「百合さんはどうやって修二君を振り向かせたんですか?」」


 確かにこれは恋愛相談。

 にしても……。


「俺と百合の馴れ初めを聞かれてもなあ」

「あんまり参考にならないかもね」


 二人して顔を見合わせて苦笑いをしたのだった。

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