第41話 学生夫婦の特殊さ

 言うまでもなく俺たちは学生結婚をして、大学生で夫婦だ。

 そして、実家を出て行ったわけでもなく嫁さんである百合ゆりの家に同居しているという今時ではとても珍しい立ち位置だ。


 それも池波家いけなみけ堀川家ほりかわけの仲の良さあっての事なのだけど、時折自分たちの関係を不思議に思うことがある。そんなことを考えてしまうのは、今は実家に居て、俺と百合、父さんと母さんの4人で昼食を摂っているからだ。


 ほとんどのご家庭では実家との付き合いというのは年に数回、たとえばお盆であるとか年末年始とか限られたときというのが相場らしい。しかし、徒歩数分の池波家と堀川家はこうして昼食を一緒にすることが珍しくない。


「美味しいです!お義母さん!」


 母さんも父さんも俺たちの結婚を喜んでくれたけど、それでもどうしても時折寂しさを感じるらしい。こうして、俺たちが一緒に池波家を訪れると凄い勢いで歓待してくれる。やり過ぎなくらいに。


「百合ちゃん納豆好きでしょ?納豆オムレツにしてみたけど良かったわー」


 義理の娘であり……いや、それ以前からきっと娘のように思っていただろう。そんな可愛がっていた子から料理を誉められて母さんも照れながらもとても嬉しそうだ。


「あの……お義母さん。後でレシピ教えて欲しいです」


 どうやら後で俺に作るつもりらしい。

 お嫁さんらしくしたい願望は強いらしいけど、まあ好きにさせている。

 百合もそれを楽しんでいるのだし、無理はしていないのはわかるから。


「もちろん。この子をぎゃふんと言わせてやりなさい!」


 もう突っ込む気力もない。


「ところで修二しゅうじは百合ちゃんをデートに連れて行ってあげてるか?」


 心配したような父さんの顔。その質問は少し言われたくなかった。というのも、暑いのを理由にお家デートと言う名の怠惰な日々を送っていることも多いからだ。


「お義父さん心配し過ぎです。修ちゃんはよくお外に連れてってくれますよ」


 旦那のフォローをしなきゃという考えだろうか。

 ただ、その前に妙に嬉しそうなのが気になった。


 昼食を食べ終えて俺の家で二人ぼーっとしてくつろぐ午後の一時。

 当然エアコンをがんがんに効かせてベッドにうつ伏せだ。

 そして―同じく上から俺に百合が乗っかって来る。


「もう、修ちゃんは運動不足なんだから」


 なんて言いながらうんしょうんしょと肩や首を指圧される。

 

「ああ、気持ちいい。前よりマッサージうまくなってないか?」


 なんか的確に気持ちいいところを突かれている。


「ふっふー。私もマッサージの本とか読んで勉強したんだよ?」


 そう言う百合はドヤ顔と少し違って役に立てるのが嬉しい、ただそれだけの顔。


「そっか。ありがとな。もうしばらく任せていいか?」


 どんどん気持ちよく、そして眠くなって来た。

 百合には悪い……けど……眠……い。

 …………………………………………。


「うあー。よく寝た」


 気が付けばもう午後4時。完璧にお昼時間を潰してしまった。


「悪い。せっかくの休日なのに俺のために……」


 少し申し訳なくなるけど、


「私は修ちゃんの寝顔可愛いなーって思ってたから役得♪」


 可愛いか。俺も百合のことを可愛いってよく思うけど、

 逆に俺の事が可愛いというのはぴんとこない。


「どういうところが可愛いんだ?」

「うーん。だって、すっごく無防備なんだもん」


 なんていうか慈愛の籠もったまなざしが恥ずかしい。


「無防備のどこが可愛いんだよ」

「だって。私の事を無意識でも受け入れてくれるわけでしょ?嬉しいよ」

「……まあ、わからないでもない」


 俺だって百合が俺の前で無防備な様子を見ると嬉しくなる。

 百合だって同じように見ていたんだろう。


「じゃあ、ありがとうな。運動不足で身体が凝ってたからすっきりした」


 まだ大学生というのに夏場に家に引きこもるせいだから自業自得。

 でも、そんな俺を受け入れてくれるのはいつも嬉しく思う。


「もう。修ちゃんも色々してくれてるでしょ?お互い様」

「そうだな。お互い様だな」


 お互いを見つめ合ってくすくす笑ったり、

 じいっと視線を合わせてみる。

 にやけたり恥ずかしくなったり、すっかりイチャイチャして。


「そろそろ帰るかえるか」

「もう私の家に帰るかえるなんだねー」


 そりゃ今はもうあっちが俺の家だし。


「なんだかどんどん家族になっているね」

「俺の羞恥心が限界を突破するから勘弁してくれ」

「修ちゃんだって私を恥ずかしがらせるでしょ」

「それとこれとは別だって」


 そんなじゃれあいはまあどうでもいいんだけど。

 あまりにも一緒にいたから、もう百合が居ない生活が考えられない。

 寝る前の語り合いも、一緒にゲームをすることも。

 お互いに別のことをしてる時も。

 

「やっぱ、生涯百合と離れるのは無理そうだ」

「うん?私ももう無理だよ」

「どんどん夫婦になってるよな」

「そうだね。へっへー。でも、お嫁さんらしく出来てる?」

「らしくはないけど、もう骨抜きにされちまったよ」


 最近、百合が一日家を空けるだけで寂しいのだ。

 どれだけ俺は寂しがりなんだと気づいて愕然としてしまった。


「じゃあ、作戦成功だね。でも、私ももう修ちゃんがいないのは無理」

「まあ、お前だらしないからなあ」

「そういうことじゃないの。修ちゃんが私にとっての家なの」

「……ま、まあ。俺も百合のこと……そう思ってるぞ?」


 本当にこっぱずかしい。


「そうやって照れるところがまた可愛いのに」

「あーもう好き放題にしてくれ」

「もう、修ちゃん。拗ねないでよー」


 しかし、これ、お互い何もないからいいけど。

 相手が事故ったり病気になったりしたらロスが半端ないだろうな。

 付き合い始めたのはだいぶ前なのに、もうちょっと落ち着かないとな。


 そんなことを思った夏の一時だった。

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