第40話 かき氷を食べに行ってみた
土曜日の昼過ぎのこと。
「夏は部屋で引きこもってるのが一番だよなあ……」
7月も半ばだ。最高気温が30℃を超える日は珍しくない。
というわけで、部屋で引き籠って二人でゲームをしている俺たちだけど。
「修ちゃんが暑いの苦手なのはわかるけど……」
百合は心なしか不満げな声だ。
モンハンで淡々と二人で狩りに勤しんでいるわけだけど、若干退屈そうだ。
「どこか一緒に行くか?プールでもいいし、他にも涼めるところとか」
言ってて涼めるところ前提なのが少々情けない。
ただ、家に引き籠もるよりは外に行った方がいいのはその通りだし。
「じゃあ。かき氷食べに行こ?」
弾んだ声で百合が誘って来た。
「かき氷か。最近はだいぶ減ってないか?」
俺たちが生まれる前は駄菓子屋なんてのがたくさんあって、そこでかき氷を食べるのが夏の風物詩だったらしい。しかし、田舎という程でもない俺たちが住む地方都市にはそう言ったものはあんまり見当たらない。
「んっふっふー。実はそんな事もあろうかと、かき氷専門店を調べておいたの!」
ドヤと言い放つ百合。テンション高いな。
「かき氷専門店か……そんなのあるんだな。スイーツ店にはありそうだけど」
しかし、スイーツ店でもパフェ専門の店があるんだ。
かき氷専門の店があってもおかしくないか。
「そうそう。これ見て!」
ぐいと押し付けられたスマホの画面を見ると、確かにそこには、
『かき氷専門店 ロケット花火』
という店のWebページが表示されていた。
アクセスを見ると最寄り駅から数駅で駅前にあって意外と近い。
しかし、ふと不安が沸き上がる。
「こんだけ暑かったらこの店も満員で入れないとかないか?」
かき氷を食べに行ったら入れませんでしたというのは回避したい。
喫茶店なりで涼めればいいのだけどせっかく行くからには是非とも食べたい。
「大丈夫大丈夫。さっき電話したけどそんなに混んでないんだって」
いつの間に。
「百合。最初からかき氷食べに行くつもりで誘導したな?」
どうにも少し違和感があったのだ。
「修ちゃんを外に引っ張り出すためにはこれくらいしないとね」
完全にわかられている。
「ま、いっか。じゃあ、準備したら行くか」
言うなり百合は途端に目を輝かせて、
「修ちゃんのそういうところ、大好き!」
などと言いながら俺の胸に飛び込んでくる。
あざとい。あざといけど本音でもあるんだよなあ。
こうしたら俺が断りづらいことまでわかった上で。
本当に甘え上手なことで。
準備を済ませて二人で家を出る。
「行ってきまーす」
「行ってきます」
家に残ったお義母さんに挨拶をする。すると、
「気を付けて行って来なさいよー。家だと私たちの目があるでしょうしね。ついでに子ども作ってもいいからね?」
お義母さんはもう孫が欲しくて仕方ないらしい。
目を見合わせてお互い渋い顔になる。
「子どもか……場合によっては本当に出来そうだよな」
もちろん、避妊は普通にしているけどゴムの使いかたをミスるかもしれない。
あるいは聞いたことがある話だけどゴムが破れるかもしれない。
「修ちゃんはやっぱり今は早いって思う?」
少ししょぼんとした表情で聞かれると、
「本当のところは今でも欲しいくらいだけど。やっぱり俺たち大学生だし」
子育てが大変らしいというのをおいといても俺も割と乗り気な部分はある。
ただ、大学生で子どもを作ってしまったら百合にも苦労をかけそうだし。
「お金と時間が好きなだけあればいいのにね」
割と本気で言ってるらしい。
「まあ、就職決まったら……その時には考えてもいいかなと、思ってる」
まだ先もいいところだけど、やはり子どもを含めて養える経済力があってこそ。
もちろん、実家やお義父さん、お義母さんに頼ることもできるだろう。
でも、それは最後の手段にしたい。
「そっか。じゃあ、その時を楽しみにしてるからね♪」
機嫌が治ったのか腕を組んで思いっきり甘えて来る。
「本当に現金だな」
「切り替えが早いって言って欲しいな?」
「話を戻して。かき氷屋さんそんなに美味しいのか?」
わざわざ推してくるくらいだ。よっぽどに違いない。
「うん。友達に聞いたんだけど、氷がふわっふわでシロップも果汁をそのまま使ってるんだって」
ふわふわの氷に果汁シロップか。それは確かに美味しそうだ。
「聞いたら俺も楽しみになってきた」
「修ちゃんも現金なんだから」
「切り替えが早いと言ってくれ」
百合と同じ切り返しをしてみたら、ぷっと笑われてしまった。
手を繋いだり腕を組んだりして仲良く移動をして例のかき氷屋へ。
「なんつーか、綺麗な店だな。パフェとか出てきても驚かないぞ」
外装も内装もぴかぴかだ。
「和」を意識したのか店内は落ち着いた色合いになっているけど、
やっぱり「新しい」という感想が先に来る。
「最近出来た店だし、当然だよ。ほらほら、頼も?」
メニューを押し付けて来るので、
「百合はもう決まったのか?」
そう聞いてみるも、
「ブドウかき氷!」
全く迷いなく答えがかえってきた。
この辺りの決断の早さは相変わらずだ。
「じゃあ……俺はみかんかき氷にするかな」
聞いてた話だと果実シロップを使っているということだった。
メニューを見るとさらに実際の果実も添えられているようで、いよいよ楽しみになってきた。
店員さんに注文をして、二人してかき氷が運ばれてくるのをわくわくしながら待つこと約5分。
「おお。美味しそうだな」
「うんうん。期待できそう!」
二人して早くもまだ見ぬかき氷の味に期待して大はしゃぎだ。
まず、みかんシロップのかかった氷をサクッと……おお、柔らかい。
そして一口。みかん果汁の酸味と甘み、それと氷の冷たさが広がる。
「美味い!なんていうかみかん果汁とふわふわの氷がうまい具合に……」
つい語ろうとしたところ。
「修ちゃん、食レポ禁止」
不機嫌そうな声で遮られてしまう。
百合は美味しいものは「美味しい」だけ言って黙って食べる派なのだ。
「それで、百合の方はどうだ?」
きっと美味しいんだろうなという期待を込めて聞いてみる。
「はい、食べてみて?」
感想を言う前に一口分を掬って俺の前に差し出してくる。
俺も慣れたもので反射的にパクっと食べてしまう。
これは……確かにみかんシロップと違う良さがあるな。
「美味い!ほら、百合もこれ食えよ」
みかんかき氷を掬って百合の口に差し出すと、やっぱりパクりと一口。
「おいしーい。やっぱりこういう時は別のを頼むに限るよね」
喜色満面といったところか。
「一人だと違う味を楽しむのも簡単にできないしな」
喜んでいる百合を見て俺まで嬉しくなってくる。
「うん?どうしたの、修ちゃん?」
きょとんとした様子の百合。
「百合が本当に美味しそうに食べるからさ。微笑ましくなっただけ」
恋人であった時もこういう事は時折やった。
ただ、夫婦な今はまた別の感情が湧いてくる。
こんな日々がずっと続いていくのだろうという。
「もう、それ言うなら修ちゃんだって美味しそうだったよ?」
百合はなんだか生暖かい目線だ。
「いやいや。百合の方が美味しそうだったって」
「修ちゃんの方が美味しそうだった」
なんてくだらない事を言いつつ暑い夏のかき氷を二人で楽しんだのだった。
帰り道。夕方なので幾分暑さも和らいだ頃。
「夏はクソ暑いけどこういうところはいいな」
「でしょ?今年もプールとか一緒に行きたいな」
「どういう水着を考えてるんだ?」
「お嫁さんらしい水着」
何言ってるんだ。お嫁さんらしい水着って。
「さすがにお嫁さんらしい水着とかわからんぞ」
「ペア水着っていうのがあるんだよ?」
「えー」
想像するに同じ柄で俺がトランクスタイプ。
百合がビキニタイプ……いや、ワンピースタイプかもしれない。
「ちなみに、ビキニとワンピース、どっちがいい?」
悪戯めいた声で聞いて来やがる。
「防御力高めの水着の方が良かったんじゃないのか?」
以前はそう言ってたはずだけど。
「そんな昔の事はどっちでもいいの。修ちゃんがして欲しいの言ってみて?」
そうまで言われると逆に困るな。
正直、露出し過ぎのは好みじゃない。
しかし、ビキニタイプは百合に似合っている、
でも、それをそのまま言うのはなんかスケベな気がするし。
「うーん……」
「ひょっとして、ビキニタイプの言ったらスケベじゃないかとか思ってる?」
「なんでわかった」
「修ちゃん昔からそういうところあるし」
「少しはそういう気持ちがあるけど。じゃあ、ビキニの方向で今度一緒に選ぼうぜ」
「水着選びデートかー。それも夏らしくていいね」
何しても楽しいかよと思ったけど口には出さないでおいた。
それは俺も同じ気持ちだったから。
「ところで……水着プレイとかしてみたい?」
また胡乱なことを言い出した。しかし……ありかといえば……。
「まあ、それはそれでいいかも」
つい正直な気持ちを言ってしまった。
「修ちゃんはエッチだねー。うん」
「いやいや。言い出したのは百合だろ。エッチなのはそっち」
「いいかもって言ったのは修ちゃんでしょ?」
そんな風に賑やかに話しながら家路について俺たちだった。
大学に入って3か月も経てば落ち着くかと思っていたんだけど、
なんていうかずっと新婚さんやってるなあ、俺たち。
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