第13話 バレンタイン・デート(中編)
店は洋風の民家を彷彿とさせる外装で、雰囲気の良さを感じる。
「なんか良さげだな」
「でしょ?味も評判なんだよー」
案内されてテーブル席につく俺たち。
外の寒さと反対に店内は暖かくて、ほっとする。
対面の百合を見ると少し眠そうで、猫みたいだなと思う。
「ひょっとして、寝不足か?」
目がとろんとしているだけじゃなくて、少し疲れを感じる。
「べ、別に。ちょっとだけ夜更ししただけだよ」
いささか目をキョロキョロさせて落ち着かない様子。
本当、嘘をつきたくないって気持ちがすぐに出る奴だ。
「よし。食べよう。百合は何にする?」
メニュー表を傾けて二人で一緒に見る。
「じゃあ、私は季節のフルーツパフェ!」
ぱぱぱっと見て素早く決断。
その早さは短期記憶能力の高さによるものが大きい。
早過ぎてビビられるのがわかっているので、
俺の前でしか見せない姿だ。
「相変わらず早いな。じゃあ、俺も百合と同じで」
「
「珍しく我儘言うな」
「たまにはいいでしょ?それに、違うの頼んだ方が楽しいし」
「あ、納得。じゃあ、俺はみかんパフェで」
「みかんとは冬の王道だね」
しばらく二人でぼーっと見つめ合う。
視線を合わせてはお互いクスクスと笑ったり。
窓の外の人を観察するマンウォッチングゲームをしたり。
「ようやく来たな。いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせて、黙々とパフェの山を崩し始める。
ああ、美味い。
「みかんの酸味とクリームの甘みがうまいこと……」
「食レポはいいから。味わってたべよ?」
「あ、はい」
黙って味わうが正義の百合としては、食レポは嫌らしい。
うん、でも。盛り付けも整然としているけど、みかんが美味しい。
クリームも後味すっきりという感じで胃もたれしなさそうだし。
「評判になるのも納得だな」
「でしょ?だから、楽しみにしてたの」
「百合のも食べていいか?」
元々、別のにしようと言ったのはシェアする意図があったはず。
「駄目」
「え?じゃあ、なんで別のにしようって言ったんだ?」
「恋人同士のアレ。あーんっていう奴」
百合の悪戯癖だ。しかし、学校ならいいんだけど。いや、良くないかもしれない。
とにかく、大学生以上の大人たちが居る前でバカップルするのも……。
ま、いいか。
「はい、あーん」
「あーん」
うん。美味しい。やっぱり食べにくいし気恥ずかしいけど。
「美味しい?」
ニコニコして感想を求めてくる百合が小悪魔可愛い。
「普通に美味しい」
「そこは、美味しい、って返さないと」
様式美を重視する立場は譲れないらしい。
「美味しいぞ」
「うん。合格」
横目で他の客席を見ると、ちらちらとこちらを見ている客が数名。
「若いわねー」とか「こういう事出来るのも十代の特権よね」
とか色々な声が聞こえてくる。
「私も学生時代に戻りたいわー」
「休みないし。サビ残多いし」
なんていう、社会人さん(?)の疲れた声も。社会人は大変なんだろうな。
(大人になるのも大変だね)
(ああ。俺たちは楽しくやれるといいんだけど)
(なんとかなると思ってればきっと大丈夫)
(そうだな)
百合は根拠の無い明るさの力をよくわかっている。
辛い事があっても、「そんな日もあるよね」と。
俺が百合に惹かれた理由は今もってわからないけど。
物事を軽やかに乗り越える姿に惹かれたのかもしれない。
「ありがとな、百合」
唐突かもしれないけど、言っておきたくなった。
一瞬きょとんとした百合はすぐに意図を理解したらしく。
「どういたしまして。でも、私もありがとう、だよ」
笑顔でそんな言葉を返してくれたのだった。
とりとめもない会話を交わしていると午後六時過ぎ。
パフェもすっからかんで、多少なら夕食が食えるくらいだ。
「そろそろ夕食の時間だけど、お腹減ってるか?」
「うーん。軽いのなら入るかな」
内心、よし、と快哉を叫んでいた。
ちらとスマホで調べるふりをして。
「この和風創作パスタの店どうだ?百合は好きだろ」
予めブックマークに保存しておいたページを見せる。
「わ!納豆パスタとか、たらこパスタとか、好きなのがいっぱい!」
予想通り目を輝かせている。
個人的には納豆パスタは店で食べなくてもいい派だけど。
「じゃあ、行くか?」
「うん。行こ行こ!」
テーブルを立って、会計を待つ道すがら。
「わざわざ調べといてくれたんだね。ありがと」
ああ、もう。かっこよく決めたつもりなのに。
「何のことだ?」
「バレバレ。操作に迷いが無かったからすぐわかったよ」
「ほんと、百合には隠し事出来ないな」
「付き合いも長いからね」
バレても百合が素直に喜んでくれるんだから、本当に安いもんだ。
俺が見栄を張ってるのがわかるから、あえて言わないのも心憎いところ。
外に出るともうすっかり夜で、街には紫色の光がちらほらと。
その中を行き交う俺達は、少し物語の世界に迷い込んだような気がしていた。
ん?少し頭が冷たいような。見上げると、チラチラと細かい雪粒が降ってくる。
「そういえば、天気予報で雪になるかもって言ってたな」
「少し期待してたけど、いいバレンタインだね」
街を行き交う他のカップルたちも、キャッキャしている。
もちろん、独りで黙々と歩く人たちも。
「皆、幸せでいてくれるといいよな」
「うん」
何の照れもなくそう言える俺たちは、お坊ちゃんお嬢ちゃんなのかもしれない。
クラスメートにも親がひどくて嘆いている奴とか、独り佇んでいる奴だって居る。
俺達は一言も発さずに、でも、何かをお互い感じながら二人で歩いたのだった。
そして、十分程歩いて、いかにもイタリアンと言った外装の店に到着。
妙な高級感はないし、俺達の服装で入っても大丈夫そうだ。
「ちなみに、この店探したのいつ?」
「六日前、くらい」
「気が早いんだから」
「恋人になって初めてのバレンタインデーだからいいだろ」
「人に言っておきながら、修ちゃんも張り切っちゃうよね」
「逆に聞くけど、服とか、その手提げ袋に入ってる奴とか。何日前だ?」
「う……六日前、くらい」
「人の事言えないだろ」
「それは修ちゃんもだよー」
「と……いい加減店入ろう」
幸い、まだ客足は少なかった。
百合と過ごす日々はいつも通りなのに、どこか特別な一日な気がする。
そんな事を考えながら、店に入ったのだった。
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