第12話 バレンタイン・デート(前編)

 バレンタインデーのデートの約束を取り付けたその夜。

 俺はパソコンの前で当日の計画について考え込んでいた。

 赤みがかったLEDの光が天井から降り注ぐ。


(どうせなら、俺もプレゼントくらい用意したいな)


 百合ゆりの事だ。きっとチョコだけじゃないだろう。

 不思議な事に確信出来ていた。

 だったら俺もお返しの一つくらい用意してあげたい。

 

(ペアリングはこないだ買ったよな)


 薬指に嵌められた飾り気のないステンレスのリングを見つめる。

 俺もだけど百合もいっつも嵌めてるよなと思うとなんだか嬉しい。

 午後十時を回っているけど、百合は何を考えているだろう。

 

(ゲームソフトはないよな)


 百合がゲーム好きとはいえ、バレンタインデーの贈り物にはどうかと思う。

 小物類は普段使い出来そうだしありか?

 ハンカチやタオルは妙なものをチョイスしなければ使ってもらえそうだ。

 でも、好きの気持ちを表現するのには少し足りない気がする。

 ペンケースはどうだろう?いやしかし、既に持ってるものにダブるか。

 それに加えて、過去に送ったプレゼントとの被りは避けたい。

 百合は気にしないだろうけど、俺としての見栄だ。

 

(案外、ガジェット方面もありか?)


 お父さんの影響もあってか百合は機械にも割と強い。

 ただ、ネタガジェットをプレゼントするのも妙だな。

 あ、そういえば今は冬だよな。

 百合も最近は寒そうにしているし、マフラーとか?

 そこまで考えて、ペアルックのマフラーという天啓が降りてきた。


「いやいや、バカップルじゃあるまいし」


 何考えてるんだと自分を1000回くらい罵倒しそうになる

 でも、実は百合の性格的に喜びそうなんだよなー。

 あいつ、じゃれ合い大好きだし、「こういうのもいいね」とか言いそう。

 というか、俺自身も長いマフラーを二人で、なんてのをやってみたい。


「やれ、修二。お前の彼女はそういうの好きだろ」


 と悪魔が囁く。


「いやいや、よく考えなさい。周囲から見ると痛いですよ」


 天使が囁く。しかし、誰かに迷惑かけるわけでもないし。

 

「よし、買おう!」


 あっさりと悪魔に陥落した俺だった。

 明日、駅前のデパートで探してみよう。通販だと感触とかわからないし。

 あとはメッセージカードなんかもつけたいな。

 

 夕食もどこで食べるか考えないと。

 スイーツ店で雑談した後だから、あんまりお腹は減ってないだろう。

 百合も俺も大食いじゃないし、軽めのがたぶんいいな。

 

(パスタなんかもいいな)


 ホテルの近くに確か和風創作パスタの店があったはず。

 百合は納豆トーストに代表されるような和洋折衷が割と好きだ。

 候補に入れておこう。

 こうして、色々計画を詰めていく内に夜が更けて行ったのだった。


◇◇◇◇


 時は流れて二月十四日の放課後。

 いよいよこれからお泊りデートだ。


「よし、これなら悪くないだろ」


 姿見に映された全身はそこそこ……だと思う。

 無駄な贅肉はほとんどついていない。

 髪も短く整えて少しはねさせて、サッパリしつつダサくないはず。

 そもそも百合に髪型をどうこう言われた事がないので、少し不安だけど。

 上下は全部新調した。気合入れすぎかもしれない。

 ただ、初めてのお泊りデートなのだ。こういうのもいいだろう。


 ピーンポーン。インターフォンの音が聞こえる。


「修二ー。百合ちゃんが来たわよー」


 階下から母さんの声がする。


「今行く。リビングで待ってもらっといて」


 さて、最終チェック。鞄よし。プレゼント良し。身だしなみも良し。


「待たせたな、百合……って」


 百合の姿を見た俺は言葉を失っていた。

 いつもは長い黒髪をそのままおろしていた。

 のが、少し髪をカットした上でツインテールになっている。

 前よりも可愛さが引き立っている。

 そして、白ニットワンピに淡いピンク色のダッフルコート。

 寒いのと動きやすさから普段はパンツルックが好きなのに。

 俺以上に気合いが入りまくっている。


「ど、どう?修ちゃん?似合ってる?」


 しかも、微妙に上目遣いで感想を求めるまで。

 完全に俺を殺しに来てる。


「可愛すぎる。敗北だ」


 俺の好みを完全に把握した服装に全面降伏。


「勝った!」


 そして百合はこの結末を予期していたのだろうか。

 小さくガッツポーズ。


「なあ、今日の服装色々狙ってるだろ」

「それはもう。修ちゃんの読んでるエッチな本を読んだら一目瞭然」

「こんなことなら隠しとくべきだった」


 実は思春期の頃、エッチな本を最初は百合から隠していた。

 母さんは幸いにも息子の劣情を理解してか、抜き打ち検査などしなかったけど。

 で、ベッド下に置いていたのを見つかった時、俺は大層焦ったのだけど。


「別にいいんじゃないの?修二も思春期なんだし」

「え、えーと。引かないのか?」

「修二も人並みに男の子なんだなーって思ったくらい?」

「お、おう」

「だから、本棚においてても大丈夫だよ?」


 なんてやり取りが交わされて、本棚にそのままエッチな本が並ぶことになった。

 以後、百合はまるで気にした様子もなく、完全にすっぽ抜けていたのだけど。


「おかげで修ちゃんの性癖がわかったから感謝してるよ?」

「お前に辱められた心が痛い……」


 いや、実のところ、そこまでして俺の好みの格好をしてくれたのが嬉しい。


「その割には嬉しそうだけど?」

「わかれ」

「言葉で言って欲しい」

「ああ、もう。すっごい好みの格好だよ。ありがとな!」

「良かった。少しだけ不安だったから」


 まだデートは始まってすら居ないのにテンションが上がっていく。


「よし、行くか!」

「うん!」

「気をつけて行ってらっしゃいねー」


 母さんに見送られて俺たち二人は出発。

 さすがに夕方近くなってきて、なかなかに寒い。

 百合の荷物を見ると、お泊り用品が入ってそうなスポーツバッグに手提げ袋。

 手提げ袋はチョコだけを入れるには大きそうだし、何かありそうだけど。


「何?私の服、気になる?」


 あ、そうか。そう思うよな。


「いや、似合ってるなって思っただけ」


 半分は嘘で半分は本音だ。


「ありがと。修ちゃんのも似合ってるよ」

「自信なかったから店員さん任せだったけど」

「それでも、似合ってるから。ちょっとカッコいいかも」


 カッコいい。百合から言われたのは初めての言葉だ。

 百合が俺を形容する言葉は「可愛い」だったものだ。

 それはそれで嫌じゃないけど、カッコいいと言ってもらえるのも嬉しい。


「やっぱ髪型変えたせいか?」

「うん。少しだけ、ワイルドっぽい感じ」

「美容院で色々教えてもらったかいがあった」

「修ちゃんも色々考えてたんだね」

「それ言うなら百合もだろ」


 荷物と反対側の手をつなぎながら、冬の街を歩く俺たち。

 真冬は日が短く、早くも日が落ち始めている。

 時計を見るともう午後4時だ。夜がすぐそこに迫っている。


「こうしてると普通のカップルっぽいよね」

「俺達が普通のカップルじゃないと?」

「修ちゃんも自覚してるでしょ」

「まあな」


 今までのデートの中で一番デートらしいデートという気がする。

 周りを見渡すと、結構、男女のカップルが見られる。

 あるカップルは腕を組んだり。またあるカップルは手を繋いだり。

 あえて手を繋いでいないカップルもいる。

 少し年かさのいった中年ぽいカップルもいて、街全体が浮足立っている。


 夜になればイルミネーションでさらに幻想的になるんだろうな。

 ふと、肩に力がかかるのを感じる。

 見ると百合がぎゅっと腕を組んで来ていた。


「な、なんか照れるんだが」


 普段は手を繋ぐ事が多くて、こういうのは滅多になくドギマギしてしまう。


「たまにはいいでしょ?」


 完全に甘える気というか、男としてもこうされて嬉しくないわけがない。

 俺を刺激するポイントを実に的確にとらえている。

 それが悔しくもあり、嬉しくもある。


「あー、もう。完全敗北」

「こういうのはWin-Winっていうの」

「俺がWinな理由は?」

「修ちゃんも嬉しいし、私も嬉しいから」

「……だな」


 気がつくと、周囲の人々が足を止めて少し俺たちを見ている。

 生暖かい視線もあれば、微妙な視線もあり。


「ま、今日くらいバカップルでもいいか」

「迷惑かけてないんだから大丈夫だよ」


 そう言っている俺たちはやっぱりバカップルかもしれない。

 こうして、楽しく話をしながら歩きと電車で計三十分。

 俺たちはお目当てのスイーツ店に到着したのだった。

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