第3話【燃える神殿の主】

 暑さに耐えながら煮えたぎる溶岩で満たされた世界を突き進むと、その先で待ち受けていたのは石造りの神殿だった。


 石柱が等間隔に並べられ、最奥に神殿が待ち構えている。

 このクソ暑い世界で神殿が出現するなら、最下層付近までやってきたのは間違いなさそうだ。一体どんなものが神様として祀られているのか。


 額から浮かび上がる汗を手の甲で乱暴に拭うフェイは、



「神殿に行ってみた方がいい?」


「止めときな、フェイ。敵の巣穴に飛び込むようなものさね」



 銀色の散弾銃を装飾品がこれでもかと縫い付けられた外套コートの下から引き抜くユーリは、真っ暗で何も見えない神殿の奥を睨みつける。



「おそらくだけど、あそこが次の階層に繋がる道さね」


「じゃあ、あそこに飛び込めば」


「相手がそんなことを許すと思うかい」



 ユーリは神殿を顎で示すと、



「ほぅら、お出ましだよ」


「ッ」



 ズシン、と重たい足音がフェイの耳朶に触れる。


 神殿の奥から、真っ赤な鱗に覆われた爬虫類の足が出てきた。

 それから次いで炯々と輝く琥珀色の双眸、左右に引き裂けた口、その口の中に生え揃う細かい牙の数々。長い尻尾を揺らし、地を這うようにそれは出てきた。


 巨大な火蜥蜴サラマンダーである。火蜥蜴は何度か迷宮区ダンジョンでも見かけたが、見上げるほど巨大な個体はフェイも初めて見た。



「――ほう、ここまで辿り着く探索者がいるとは思わなんだ」



 しゃがれ声がどこからか聞こえてくる。

 喉の皮を震わせる火蜥蜴サラマンダーが、ギョロリとした琥珀色の双眸を探索者シーカーとしてやってきたフェイたちに向けてきた。その口振りはどこか威厳があり、簡単に挑んではいけない気がするものだった。


 確かに神殿を根城にするだけはありそうだ。熱心な宗教家から神々の使いとして信仰されそうな立派な火蜥蜴である。



「ここまで到達したことを褒めてやろうではないか。だが貴様らの旅路もここまで……我に食い殺されて死ぬ運命だ」



 巨大な火蜥蜴サラマンダーは左右に引き裂けた口を大きく開き、ボッと炎を吐き出した。この溶岩で満たされたクソ暑い世界の温度がさらに上昇した気がする。



「挑戦者よ、名を聞こう。それから無謀にも我に挑んだことを後悔しながら死んでゆけ」


「一〇万ディール装填。《あの火蜥蜴サラマンダーに水をくれてやれ》」


「ぶおおおッ!?」



 火蜥蜴サラマンダーの頭上に水の塊が出現したと思えば、それが雨となって火蜥蜴の頭に降り注ぐ。

 慌てた様子で水の塊から回避した火蜥蜴は、ぜえはあと荒々しく息をしながら「な、何をする!!」と訴えてきた。何をするとは何を言っているのだろう、コイツ。


 先手を叩き込んだご主人様のユーリは不思議そうに首を傾げると、



「何をするって? アンタ、戦いを知らないのかい。随分とこの大迷宮ラビリンス【アビス】内でヌクヌクと過ごしてきたんだねェ」



 最下層付近に到達できる探索者シーカーなど、今までいなかったのだろう。ご主人様だって価値のあるものがなければ弾丸を貯めることが出来ず、何度も挑戦しても弾切れで諦める他はなかった。

 ここまで来ることが出来たのも、ある意味で奇跡だ。他の探索者ならば、この階層に辿り着いた途端に死んでいたことだろう。それほどこの世界は暑すぎるのだ。


 誰も来なければ魔物も油断する。当然ながら、この階層を守る巨大な火蜥蜴サラマンダーにも同じことが言えた。



「生ぬるい戦いしかしてこなかった蜥蜴野郎に教えてやらないといけないねェ」



 銀色の散弾銃を構えたユーリは、大胆不敵に笑いながら言う。


 相手が幽霊や気味の悪い怪物でなければ、最強の探索者シーカーたる彼女は強い。どこまでも強気だ。前の階層での弱さが嘘のようである。

 普通の探索者ならここまで巨大な火蜥蜴が出現すれば、間違いなく命乞いぐらいはする。そうでなくても戦意は喪失する。これほど暑い世界でまともに戦闘なんか出来る訳がなかった。


 ――この場にいるSSS級探索者たち以外は。



「巨大な火蜥蜴サラマンダーですか……一体どうなっているのでしょう……ぜひ研究したいですね……」



 緑色の狙撃銃を構える深窓の御令嬢――アルアは眠たげな緑色の瞳を擦って言った。研究者魂に火がついた模様である。



「一匹しかいないから仲間割れは出来ないね!! あたしは囮をやるよ!!」



 複数の敵を仲間割れさせる特殊なスキル【憤怒の罪サタン】が使えないと知ると、ドラゴは進んで囮を引き受けた。さすが判断が早い。



「後ろから手下が出てくるやもしれんからな。私はこのまま待機させてもらうとするか。――べ、別に出番がない訳ではないぞ」



 自分より低い地位の相手を従えることが出来る特殊なスキル【傲慢の罪ルシファー】が使えないと理解したメイヴは、黄金色の回転式拳銃リボルバーを握りしめたまま戦闘の範囲外まで逃げた。多分、火蜥蜴サラマンダーの手下が出てくれば喜んで相手をするだろう。



「わー、おっきな蜥蜴さんだー。食べ甲斐がありそうだよねー。少しお腹も減ってきたしー、食べちゃおうかなー?」



 紫色の散弾銃を構えるルーシーは、赤い唇を舐めながらそんなことを言う。前の階層で散々幽霊を食べておきながら、まだ食べるというのか。底なしの胃袋持ちはさすがである。


 これだけの立派な仲間がいれば、怖いものなど何もない。

 彼女たちは間違いなく数多いる探索者シーカーの中で頂点に立つSSS級探索者だ。普通は引退するだろうが、今もなお現役で戦い続けている。



「行くよ、フェイ。アンタもアタシの為に協力しな」


「了解、マスター」



 ご主人様から背中を叩かれたフェイは、頑丈なゴーグルで大事な瞳を覆い隠して外れスキル【鑑定眼】を発動させる。

 さあ、戦いの始まりだ。

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