第7話【会場の奥】
「何とか辿り着けたねェ」
「き、緊張した……緊張した……」
ガックリと膝をつきながら肩で息をするフェイは、ようやく仮面舞踏会の最奥まで到着できたことに安堵した。
会場全体に響き渡る舞踏会用の管弦楽は、どこか遠くの方で聞こえているようだった。仮面を装着した紳士淑女が代わる代わる誰かと踊り、明けない夜をただ楽しそうに過ごしている。その誰もが半透明でなければ、フェイもご主人様のユーリも安心して楽しめたことだろう。
――いや楽しめない。やはりこう言った煌びやかな場所は奴隷に不釣り合いだ。どうせ会場の外に追い出されるに決まっている。
「どうしたんだい、フェイ」
「お、俺って何度か足を踏んだりした……?」
「したねェ」
悠々と答えるご主人様に、フェイの申し訳なさがさらに加速する。
「ごめんマスター、俺には舞踏会用のダンスなんて無理だよ」
「気にするんじゃないよ、フェイ。アンタが踊れないのは分かりきっていたのさ、むしろぎこちなく踊りながらここまで来れたことを誇りな」
奴隷が足を踏んだというのに、このご主人様は全く気にする素振りを見せない。むしろ「気になるなら、今度アタシが教えてやるさね」とまで言ってくれる始末だ。
本当に優しいご主人様でよかった。普通なら一度でも足を踏めば拳を振るわれるかもしれないのに。
さて、問題は会場の奥にあると言われる扉だ。
「質素な扉だねェ」
「そうだね」
ルーシーが言っていた会場の奥にある扉は、この煌びやかな空間に似つかわしくない質素な扉だった。
会場の雰囲気と合致するように綺麗な装飾が施されているのだったらまだしも、汚らしい木目が特徴的な扉だったのだ。この会場の奥に隠されるような扉ではないと思う。
金色などの豪奢な装飾ではなく埃を被った鉄の縁がついているだけで、取手も鉄製だ。何かを閉じ込めておく牢獄のような雰囲気がある。
「開ける?」
「待ってください……最大限の警戒をした方がよろしいかと……」
すると、ようやく追いついたらしいアルアがドラゴと一緒に踊りながらやってくる。
さすが貴族の御令嬢と言うべきか、アルアの動きは完璧である。ただフェイが驚いたのは、アルアの従者であるドラゴが完璧に男性用のステップを踏めていることだ。そこら辺もアルアから習ったのだろうか。
アルアは木製の扉に歩み寄ると、
「何かの気配は感じますね……」
「お嬢たちは下がってて!! あたしが開けるよ!!」
真っ赤な銃火器を背広の下から取り出したドラゴが先陣を切ることを提案するが、
「えー、やだー。どらたんが開けるとみんな怒っちゃうんだもーん。それならわたしが最初に開けるー」
紫色のドレスを身につけたルーシーが、気絶寸前のメイヴを引き摺りながらノタノタとやってくる。踊る気力すら見せようとせず、彼女は金髪ドリル髪の小柄な少女の首根っこをずるずると引き摺ってきた。
肝心のメイヴは口から魂が抜け出ている状態だった。安らかに昇天している様子である。フェイはそのまま静かに両手を合わせて、メイヴの旅立ちを見送った。
ルーシーが乱暴な手つきでメイヴを解放すると、冷たい大理石の床に叩きつけられて「いたぁ!?」と叫んで覚醒する。起きてしまったか、残念だ。
「な、何をする大食い女!! 私を引き摺るなどいい度胸だな!?」
「めいたんは軽いから持ち運びに便利だよねー」
「持ち運びとか言うな!! 私は荷物じゃないんだぞ!!」
ぷりぷりと怒りを露わにするメイヴは、
「どうせなら下僕にエスコートを頼んだのに……貴様のせいで台無しではないか、大食い女め」
「余計なことが聞こえたなー? どらたんに教えられた通りに頭を握り潰そうかー?」
右手を広げてメイヴの頭をポンと撫でるルーシーは、朗らかな笑みを絶やさず問いかける。明らかな死刑宣告である。
馬鹿なことを言った、という自覚がようやく出てきたのか、メイヴはガタガタと震えて口を噤んだ。ドラゴが頭を握り潰してもしつこかったのに、ルーシーが相手ではこれである。一体何なのだろう。
ルーシーは紫色の散弾銃をドレスの裾から引っ張り出すと、
「それじゃ、いただきまーす」
銃口を扉に向け、引き金を引く。
ガチン、と撃鉄が落ちると同時に扉の八割が消失した。
まるで食い破られたような痕跡のみが残る。パラパラと木片が飛び散り、その向こうに隠されていた薄暗い部屋を露わにした。
「……子供部屋?」
部屋の中を覗き込んだフェイは、そんな印象を抱いた。
子供部屋のようだった。
壁には何枚ものクレヨンで描かれた絵が飾られ、
子供を預けるには些か狭く、そして薄暗い。わざわざ会場の奥に造るような代物ではない。
「行き止まりかい」
「そうみたいだね!!」
同じく扉の向こうを覗き込んでくるユーリとドラゴも、この先に進めないことを確認して「別の場所を探すかい」「そうだね!!」と早くも作戦変更を提案した。
フェイもそれがいいと思う。子供部屋にはその向こうに通じる扉もないし、いつまでもこんな不気味な部屋を覗き込んでいたくない。
ツイとフェイが薄暗い子供部屋から視線を外すと、
「……お兄ちゃん……」
掠れた少女の声が、耳朶に触れた。
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