第9章:大迷宮【アビス】Ⅲ
第1話【幽霊屋敷】
視線で追いかけてくる絵画に薄暗い屋敷、それから消えた少女。
どこからどう見ても幽霊屋敷で間違いはない。
現に窓から脱出を試みるが、壁に埋め込まれた窓はビクともしない。ここまで強固な窓が作れるならいっそ尊敬の念すら覚える。
ガタガタと窓枠を揺らすフェイは、
「ダメだね、開かないや」
「次の階層が幽霊屋敷だとは思わなかったね!!」
ドラゴもまた窓と反対側に設置された扉を開けようとするが、取手をガチャガチャと鳴らしても扉が開く気配はない。あれは飾りか何かか。
「これじゃユーリさんが使い物にならないよ!!」
「今も俺の背中に張り付いてるしね」
幽霊や薄暗い場所を苦手とするユーリは、今もなおフェイの背中に張り付いて幽霊屋敷から全力で目を逸らしていた。おそらくフェイの背中から離れることはないので、このままの状態で移動する他はない。
この状態では最強の
すると、フェイに張り付くユーリを見て何を思ったのか、アルアとメイヴがスススと音もなく近寄ってきて、
「フェイ殿……怖いです……」
「お、お化けは苦手なのだ。私を助けると思って腕を貸せ」
「あのすみません、背中に張り付いたマスターが肉食獣並みに唸ってるんで止めてもらっていいですか」
アルアとメイヴが揃ってフェイの両腕にしがみついてくるので、二人の存在を快く思わないユーリが背中に張り付いた状態でも「うううう」と唸り声を漏らした。腰に巻きつく彼女の腕に力が込められる。この階層を抜けた暁には、フェイは素晴らしい括れの腰を手に入れていることだろう。
もうアルアとメイヴは使い物にならないユーリをここぞとばかりに楽しんでいた。ユーリを怒らせる地雷はフェイただ一人なので、怒られない状況を利用してフェイにくっついてくるのを止めてほしい。
フェイはもう怒らなかった。ご主人様がそれどころではないし、この場にはもう一人、頼もしい
「はい二人とも、ワンコ君に迷惑をかけるんじゃないよ!!」
「イタタタタタタタタタタタタタ、ドラゴ止めなさい止めなさい」
「イダダダダダダダダダ、わ、私を誰だと心得るこの暴力女が!!」
「貞淑さの欠片もないお嬢とメイヴ嬢には言われたくないな!!」
それまで扉の取手をガチャガチャと鳴らしていたドラゴが、アルアとメイヴの頭を鷲掴みにしてフェイから引き剥がす。その手つきは容赦がなく、もう数えきれないほど行ってきたやり取りだからか、慣れている気配さえあった。
ドラゴは「ごめんね!!」とフェイに軽い口調で謝りながら、アルアとメイヴの頭を鷲掴みにした状態で廊下をズンズンと突き進んでいく。二人の少女は蛇のような印象の女に引き摺り回されていた。
フェイはユーリの背中をポンと叩くと、
「ほらマスターも行くよ、ちゃんと歩いてね」
「ん」
腰に巻きつく腕の力が緩んだところで、フェイは歩き始める。
埃を被った赤い絨毯がどこまでも伸び、天井から吊り下げられた照明器具はぼんやりと廊下を照らすだけだ。相変わらず壁に掲げられた絵画が歩くフェイとユーリを視線で追いかけ、時折こちらに笑いかけているような雰囲気さえある。
さすがのフェイでも恐怖心を感じざるを得なかった。怖い話として語り継げるかもしれない。ここまでの幽霊を全体的に押し出した迷宮区は初めてだ。
他に怖いことがなければいいけど、とフェイは何とはなしに窓を見やる。
「わ」
ドキリと心臓が跳ねた。
窓の向こうに可愛らしいワンピースを着た少女が立っていたのだ。
雷が鳴り響き、豪雨が襲いかかる外の世界で濡れることなく立っている。顔をペッタリと窓に貼り付け、屋敷の中の様子を窺っているようだ。
雷と共に現れ、雷と共に消えた少女である。こんな場所にまで出るのか。
「何かあったかい」
「マスターは俺の背中に顔を貼り付けていてね。絶対だよ」
「そうするつもりさね」
ユーリも窓の少女に関して気配だけで察知したようだ。フェイの背中に強く顔を押し当てて見ないふりを継続。
「あー……」
ゴロゴロピシャーン!! と豪雷が黒い空から落ちてくると同時に、窓に張り付いていたはずの少女が消えた。また雷と共に現れて、雷と共に消えてしまった。
ただし今度は窓に手形が残っていた。少女が確かにそこにいた、という証拠が残ってしまった。
これはご主人様に見せたらまずい、色々とまずい。具体的には夜に一人で眠れなくなってしまうかもしれない。
「マスター」
「何だい」
「絶対に顔を背中から離しちゃダメだよ」
「分かってるよ」
「絶対だからね」
フェイは腰に巻き付いたユーリの腕を引っ張り、さらに自分の背中へご主人様の顔面を押し当てる。
すでにいるのだ、とんでもなくまずいものが色々と。
壁に飾られた油画はもちろんのこと、窓と反対側に並ぶ扉がほんの少しだけ開いていた。そこから燕尾服を着た男性が血走った目でフェイとユーリを睨みつけ、勢いよく扉を閉ざす。
ドラゴがガチャガチャと鳴らしても開かなかった扉だ。今頃になって開いた理由は、つまり幽霊がそこにいたということだろう。
「まずいなぁ、色々と」
この階層は早めに抜けた方がいいのかもしれない。
フェイは先に行ったドラゴたちの背中を急いで追いかける。
どうかこれ以上、ご主人様のユーリを怖がらせないでほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます