第8話【次の階層は?】

 腹ごなしも終えたところで、次の階層に向かおう。



「もうさめは出てこないかねェ」


「出てこなさそうだね」



 分厚い灰色の雲で覆われた空から、白い綿雪が静かに降ってくる。

 雪原がどこまでも続く世界を見渡しても、もう鮫が出てくる気配はない。背鰭せびれが雪原から突き出れば真っ先に次の階層へ繋がる道へ駆け込む所存だ。


 次なる階層へ続く道は、狭い洞窟だった。ここが終着点だと言わんばかりのどっしりとした岩山が目の前に聳え、フェイたちの行く末を阻んでいる。



「ここを抜ければいいんじゃないかな」


「次の階層はどんなだろうね!!」



 洞窟に足を踏み入れたドラゴはそれまで着ていた防寒具を脱ぎ、約束通りユーリへ「返すね!!」と返却していた。

 防寒具はユーリが自身のスキルを使って出したものだ。このままあっても邪魔になるだけなので、返却して少しでも金銭に変換した方がいい。


 ユーリはドラゴから防寒具を受け取ると、それを銀色の散弾銃に食わせた。「防寒具を出した時よりも値段が上がってる」などと呟いていた。多分SSS級探索者シーカーが着た、という付加価値がついた結果だろう。



「はいマスター、俺のも」


「フェイ殿が着ていた外套は私にください。汗の成分を抽出して香水などを作って――」


「アルア、この寒空の中に放り出されたいかい」



 鋭い光を宿した赤い瞳で戯言を宣うアルアを睨みつけ、ユーリは彼女の腕を容赦なくグイグイと引っ張る。

 その先にあるのは未だ雪が降り続ける極寒の世界だ。ただでさえ薄着のアルアが銀世界に逆戻りすれば顔が青褪めて大変なことになるのは請け合いなしだ。おそらく凍死する。


 アルアとユーリによる喧嘩を傍観するフェイの服が引っ張られ、視線をやるとメイヴが恥ずかしそうに外套を差し出した。ご主人様に代わりに返却しろ、ということなのだろうか。



「もういい?」


「そ、その外套コートを着ろ」


「ん?」


「ここはまだ寒いだろう。着た方がいいと私は思うのだが」


「いや別に寒くないし返しちゃうね」


「あうあう」



 メイヴの反応をバッサリと切り捨て、フェイは「マスター、メイヴさんからの外套コートだよ」と彼女に手渡す。もちろん自分の着ていた外套はすでに取られないように抱えている。メイヴなら問答無用で奪ってきそうだが、いざとなれば自分の拳銃で食らうだけだ。



「ご苦労、フェイ」


「俺のも含めてシルヴァーナに食わせてもいい?」


「いいよ、さっさとやりな。アルアが狙ってるよ」


「ドラゴさーん、アルアさんをちゃんと見てくださーい」



 フェイは銀色の拳銃を引き抜きつつ、先に洞窟の様子を見に行ったドラゴを呼び寄せる。


 ドラゴはすぐに帰ってくると、フェイとユーリに「ごめんごめん!!」と謝りながらアルアとついでにメイヴの頭を鷲掴みにしながら引き摺っていった。アルアとメイヴの悲鳴が洞窟に反響する。

 何かもう自業自得である。ああなる運命を必ず辿るのに、どうして自重しないのか。


 深々とため息を吐いたフェイは、銀色の拳銃に自分とメイヴから返却された防寒具を食わせて洞窟の奥を目指した。



 ☆



 ゴツゴツとした岩肌が特徴の洞窟内で、五人分の足音が聞こえる。


 次の階層はどんなところだろう?

 雪が出てきたのだから、次は炎だろうか。溶岩があるような世界はさすがに勘弁してほしい。対策をしなければ溶けてしまう場所ではないか。


 歩きながら「次はどんなところだろうね、マスター」とユーリへ振り返るフェイだが、



「あれ? どうしたのマスター」


「…………」



 ユーリは顔を青褪めさせ、それから無言でフェイにピッタリと張り付いてくる。



「どうしたの本当に」


「前を見てみな」


「前を……」



 言われた通り、フェイは前を見やる。


 どこまでも続いていたはずの洞窟は終わりを迎え、どこかの屋敷の廊下に見えた。等間隔に並べられた照明器具はぼんやりと明かりを落とし、壁には人物が描かれた油絵が飾られる。

 台座に置かれた陶器類は物凄く価値のあるもので、試しに【鑑定眼】のスキルを使うと目が飛び出るほどの金額が算出された。これは凄い。


 ただし薄暗い、老化の先が見えないほど薄暗いのだ。



「ああ、暗いの苦手だもんね」



 フェイはユーリが顔を青褪めさせていた理由に納得し、背中にピッタリと張り付く彼女の頭を撫でてやる。



「大丈夫だよ、ちゃんと俺の後ろについててね」


「ん……頼んだよ」


「了解」



 ゾンビ系魔物やお化けなどが苦手な可愛い一面を持つご主人様の盾になりながら、フェイは先に廊下をズンズンと進んでいくドラゴを追いかける。



「ドラゴさん、次は幽霊になりそうですかね」


「みたいだね!!」



 ドラゴの燃えるような瞳が壁に飾られた絵を睨みつけ、



「絵のご婦人たちが視線で追いかけてるよ!!」


「あ、本当だ」



 フェイたちが動くたびに絵画の貴婦人たちが視線で追いかけてくるのだ。これは確かに不気味極まりない。

 ユーリも壁に視線が向けられないのか、フェイの背中に顔までピッタリと貼り付けていた。それで息は出来るのか。


 すると、窓の向こう側で白い雷が落ちた。窓の向こうには何故か夜の闇が広がっており、闇を引き裂くように雷が落ちる。



「あれ?」



 フェイは気づいた――気づいてしまった。


 廊下の奥に人影が見えたのだ。

 可愛らしいワンピースに身を包んだ子供である。兎のぬいぐるみを抱きかかえ、彼女はコテンと首を傾げている。フェイの視線に気づいた少女は、次の瞬間、フッとその場から姿を消してしまった。


 ああやはり、今回の階層はご主人様のユーリにとって鬼門かもしれない。



「幽霊かぁ……」



 フェイがポツリと呟けば、暗い窓の向こう側で再び雷が落ちた。

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