第7章:大迷宮【アビス】I

第1話【大迷宮、解放】

「今日はどこの迷宮区ダンジョンにしようか」



 いつも通りにフェイは迷宮区ダンジョンの情報が張り出された掲示板を見上げ、明日から潜り込み迷宮区の選別をしていた。


 ご主人様であり最強のSSS級探索者シーカーのユーリも、真剣な目つきで迷宮区を選んでいる。主に彼女が重要視するのは迷宮区を踏破した際に貰える踏破報酬だ。その部分が高額であればあるほど迷宮区の難易度は高くなるし、ユーリも喜んで飛びつく。

 最近では迷宮区案内所もSSS級探索者であるユーリには一線を引いて後継の育成に注力してほしい様子だが、そんなことをせずにいつまでも現役でいるのがユーリ・エストハイムという探索者である。


 迷宮区の情報が記載された羊皮紙を一枚ずつ剥がしながら、フェイはユーリに「ここは?」と聞く。



「どれも踏破報酬が安いねェ」


「でもこの掲示板の中だと上等な類だよ」


「ッたく、そんなにアタシに引退してほしいのかねェ。引退しちまったら楽しくないだろうに、アタシが」


「マスターはそういう人だって分かってるし、俺も引退はしないでほしいかな」



 フェイも正直な話、ユーリにはまだ最前線で頑張ってもらいたいのだ。

 近頃、小さな迷宮区ダンジョンを踏破した程度でイキリ散らす阿呆な探索者シーカーがいるのだ。なので彼らの抑止力としてユーリにも働いてもらいたいのである。


 最強の探索者組合『七つの大罪セブンズ・シン』もほとんどお飾りと言っていいぐらいで、そこに所属するSSS級探索者はほぼ単独行動をしまくっている自由奔放とした雰囲気がある。他の探索者の抑止力として働いていない気がする。



「うーん、まあ仕方がないさね」



 フェイが手に掲げる羊皮紙をまとめて強奪するユーリは、



「また迷宮区ダンジョン行脚でもしようかい。前は三箇所だったけど、今回は二つ増やすよ」


「マスターは平気?」


「アタシを誰だと思ってるんだい。踏破報酬を重要視する探索者シーカーだよ」


「そうでした」



 フェイは「じゃあ俺は奴隷待機所にいるね」と声をかけてから、迷宮区ダンジョン案内所の隅に設けられた待機所まで移動しようとする。奴隷待機所には数名の奴隷が主人の帰りを待ち続けているが、彼らのボロボロな格好とフェイの綺麗な格好では天と地ほどの差がある。

 いや別に自慢をしている訳ではないが、ご主人様であるユーリはフェイに対して非常に甘い。もう甘々である、奴隷のように酷く扱わないし。


 ユーリが五箇所ほどの迷宮区情報を、まとめて迷宮区案内所の受付に提出しようとした瞬間だ。



「!?」



 唐突に激しい揺れが迷宮区ダンジョン案内所を襲った。


 奴隷待機所から飛び出したフェイは、急いで主人であるユーリの元へ駆けつける。

 ユーリも激しい揺れに異変を感じ取った様子で、虚空を睨みつけて「何事だい!!」と叫んでいた。彼女が倒れて怪我でもしないように抱き止め、フェイは叫び返す。



「地震だよマスター!!」


「ンなこたァ知ってんだよ!! 何で地震が起きたんだい!!」


「知らない!!」


「じゃあ黙ってな!!」



 言われてしまった。

 仕方がないので黙っていることにする。


 激しい地震は迷宮区ダンジョン案内所だけの問題ではなく、どうやらアルゲード王国全体で起きている様子だった。往来を歩いていた通行人が慌てて逃げ回り、馬車に繋がれた馬も地震の影響で暴れていた。



「…………収まってきたね」


「そうみたいだねェ」



 徐々に地震が収まり、それから完全に止まる。


 通行人も、迷宮区ダンジョン案内所に集まっていた探索者シーカーたちも、何が起きたのか分からないといった様子だった。呆けた表情がどこか笑いを誘う。

 フェイも抱き止めていたユーリを解放し、迷宮区案内所の外を見に行こうとする。その寸前でユーリに腕を掴まれ、外に出ることは叶わなかった。


 ご主人様は、この地震に心当たりがあるらしい。迷宮区案内所の外を睨みつけると、



「行くよ、フェイ」


「え、どこに?」


「アルゲード中央広場さね」



 迷宮区ダンジョン情報を放り捨て、ユーリは迷宮区案内所を飛び出していく。フェイも慌ててご主人様の背中を追いかけた。


 混乱した街並みに、迷宮区を踏破した際に聞こえる女性の声がどこかるか流れる。

 それは、ユーリが待ち望んでいた瞬間だった。



 ――大迷宮ラビリンス【アビス】が解放されました。



 ☆



 アルゲード中央広場は、アルゲード王国の中心にある広場である。

 普段は中央に据えられた噴水で遊ぶ子供や、長椅子に座って休む老夫婦などが見られる。大道芸人もアルゲード中央広場で自分が鍛えた芸を披露して、絵描きや靴磨きなんかがいる。


 その中央広場が、巨大な穴と化していた。


 噴水や舗装された道はなく、ただ途方もなく深い深い穴が広がっていた。

 迷宮区ダンジョンの壁画で二度ほど見かけたことがある。どこまでも落ちていきそうな深淵へと繋がる深い穴だ。



「これが大迷宮ラビリンス【アビス】……」



 フェイは穴を覗き込むが、やはり底は見えない。ヒュオォ、という嫌な風がフェイの頬を撫でるだけだ。



「マスター、これは本当に迷宮区ダンジョンなのか?」


大迷宮ラビリンスさね。神々が人類に向けた挑戦状であり、絶対に踏破できないと豪語する超特大級の迷宮区さ」



 銀色の散弾銃の在処を確認刷するユーリは、



「フェイ、行くよ」


「え、マスター準備とかしなくていいの?」


「食材なんかは現地調達さね。大迷宮ラビリンスは何階層あるか分からないし、アタシも途中で放り出されちまったしねェ」



 そうだ、この大迷宮ラビリンス【アビス】はユーリが踏破できなかった唯一の迷宮区ダンジョンである。

 どこまで繋がっているか不明な迷宮区を、たった一週間で踏破しなければならない。かなりギリギリの戦いになりそうだ。


 一週間しか猶予がないのならば、すぐに潜り込まなければまずい。ユーリ以外に大迷宮を踏破できるとは思えないが、一週間で閉じてしまえば次に開かれるのは一〇〇年後である。



「待てコラーッ!!」


「勝手に入るな!!」


「順番があるだろうが!!」


「SSS級探索者シーカーだからって調子に乗るんじゃねえぞ!!」



 その時、大迷宮ラビリンス【アビス】へ飛び込もうとするフェイとユーリに、慌てて追いかけてきた他の探索者シーカーたちから罵声が飛んできた。


 順番もクソもない。

 この大迷宮【アビス】は誰でも受け入れる。ただし一週間しか開かないのだ。開いたこの瞬間から一週間であれば、構っている時間なんてないのである。


 ユーリはまだ遠い場所にいる格下の探索者連中を一瞥すると、



「フェイ」


「どうしたマスター」



 フェイの腕を掴んだユーリは、



「飛ぶよ」


「え?」



 フェイの腕を掴んだまま、ユーリは飛んだ。


 地面を蹴飛ばし、その先には大迷宮ラビリンス【アビス】の大きな穴。

 空を飛ぶなんてことはなく、そのまま重力に従って穴の底を目指して落下していく。



「わわわわわわわわぎゃあああああああああああああああッ!!」



 深い深い穴の中に、フェイの絶叫が轟くのだった。

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