第12話【フェイの武器】

 迷宮区ダンジョン【サンドグレイヴ】を踏破してから次の日のことだ。



「マスター、何しに行ったんだろ」



 迷宮区ダンジョン案内所へ行くと言ってから、ご主人様のユーリが帰ってこないのだ。

 いつもであればフェイを連れていくはずなのに、今日に限ってご主人様のユーリが命令したのは「いい子で留守番してな」である。仕方がないので家中の掃除をして、溜まった洗濯物を干して、今日のお昼ご飯をこさえてしまったのだ。


 フェイは壁にかけられた時計を見上げて、



「マスター、遅いなぁ」



 お昼ご飯は熱が冷めないように耐熱の蓋をしてあるが、それでも完全に冷めない訳ではない。冷えた料理をご主人様に出したくないのだ。


 フェイは「迷宮区ダンジョン案内所まで様子を見に行こうかな」と椅子から腰を上げて、少し考えてからまた椅子に座る。

 ご主人様の命令は絶対である。いい子に留守番をしてろと言われれば、フェイはいい子に留守番をしているしかないのだ。勝手に外出して主人からの信頼を失いたくない。


 ユーリがフェイの心配をするように、フェイもまたご主人様のユーリが心配なのだ。どこぞで悪い男に引っ掛かっていないか心配である。



「大丈夫かな、マスター」



 カチカチと進んでいく秒針を眺めながら、フェイは「ふあぁ」と欠伸をする。


 ご主人様を見送るので朝早くから起き、家事に専念していたので眠気が襲ってきたのだ。

 ユーリが帰ってくるまでの間、少しだけ仮眠を取ろう。帰ってきたらいくらでも殴られてやるし怒られてやるので、今はただ寝たい。


 フェイは「ごめん、マスター」と謝ってから、長椅子ソファに寝転がる。長椅子からはみ出る足はそのままに、重たくなる瞼を閉じて意識を手放した。



 ☆



「…………ん?」



 何か腹の上に乗っている。

 ずっしりとした重さだ。布の重さではなく人間の重さである。


 意識を覚醒させたフェイは、ぼんやりと瞼を持ち上げて状況を確認する。一体誰が腹の上に乗っているのだろう、まさかマスターが帰ってきたのだろうか?



「マスター……?」


「何だい?」


「うわッ」



 フェイの呼び声に応じたのは、ご主人様であるユーリだった。


 首だけ持ち上げれば、フェイを下敷きにして長椅子ソファに寝そべるユーリが楽しそうな表情でフェイの鼻先を指で突いて遊んでいた。何が楽しいのだろうか。

 というか、帰ってきたのであれば一言ほしかった。頭でも殴って「いつまで寝てんだい、ご主人様の帰還だよ」とでも言ってほしい。



「帰ってきてたんなら起こしてよ、マスター……」


「気持ちよさそうに寝てる奴を起こすなんて野暮だろう?」


「いつまで俺の上にいたのさ」


「大体一時間ぐらいかねェ」


「一時間!?」



 ご主人様を跳ね除けて飛び起きたフェイは、机の上に置かれた昼ご飯を確認する。

 耐熱の蓋はすでに片付けられ、皿も綺麗に洗われた状態で片付けられていた。どうやら冷めきったお昼ご飯を食べてしまったらしい。


 フェイは顔を青褪めさせて主人の女探索者シーカーへ振り返ると、



「ま、マスター、ごめん。冷めたご飯を出しちゃって」


「いいさね、アタシも帰ってくるのが遅かった訳だし」


「皿洗いもさせちゃったし」


「アンタは寝てたんだから仕方ないじゃないかい」



 ご主人様に食事の後片付けをさせてしまったことに対して申し訳なさを覚えるフェイに、ユーリが「おいで」と手招きをする。

 彼女の手招きに従って側によれば、長椅子ソファの空き部分をポンポンと叩く。どうやら座れと言っているらしい。


 フェイはユーリの座る長椅子の隣に腰掛けると、



「アンタ、武器を持ちたいかい?」


「え?」


「何度か迷宮区ダンジョンで『武器を持ちたい』と言っていただろう? 今でも持ちたいかい?」


「そりゃあ……」



 フェイだって男である、異性でありご主人様のユーリを守りたいのだ。現状では肉壁になるしか方法はないのだ。

 出来れば武器を持って戦いたいし、ユーリと協力したい気持ちもある。持たせてもらえるのであれば持ちたい。


 ユーリは「そうかい」と頷き、



「じゃあ、アンタにはこれを渡しておくよ」


「?」



 一抱えほどもある箱を渡され、フェイは首を傾げる。


 綺麗な包装紙に青いリボンまでかけられて、立派な贈り物である。

 何かあったっけ、とフェイは記憶を掘り起こす。自分の誕生日はまだまだ先だし、ユーリの誕生日は――本人が「祝われたくない」と言っているので強制的に忘れ去られている。何かを贈られる記憶はないのだ。


 ユーリはフェイに渡した箱を指先で突き、



「開けてみな」


「うん」



 ご主人様に言われ、フェイはまず青いリボンを解いた。

 次いで綺麗な包装紙をなるべく破かずに剥がし、中から現れた白い箱の蓋を開ける。そこに寝かされていたのは、青い天鵞絨ビロードの台座に置かれた銀色の拳銃である。


 継ぎ目がなく、まるで玩具を思わせる拳銃だ。見覚えのある拳銃だと思えば、それはユーリの銀色の散弾銃とよく似ていた。



「え?」


「アンタの武器さね」



 ユーリはニンマリと笑い、



「アタシのスキルが使えるようになる、いわば子機さね。上限金額は五〇万ディールぐらいにしておくから、無駄遣いするんじゃないよ」


「そんなこと出来るのか?」


「出来るさね。ちょっと気合を入れればねェ」



 フェイは青い天鵞絨ビロードの台座に置かれた銀色の拳銃を手に取り、矯めつ眇めつ観察する。

 ご主人様の持つ銀色の散弾銃と同じく継ぎ目がなく、部品らしい部品の見分けがつかない。まさか、ご主人様の反則的とも呼べるスキルを分け与えられるとは思わなかった。


 大切そうに銀色の拳銃を抱きしめるフェイは、満面の笑みでユーリに「ありがとう」と告げた。



「大事に使うよ、マスター」


「アンタの拳銃からも価値あるものを食うことが出来るさね、思う存分に貯蓄に協力しな」


「了解」



 フェイはしっかりと頷いてから、自分の姿を確認して「あ」と気づく。


 拳銃嚢ホルスターがないのだ。

 ユーリも見えない位置にはあるものの、拳銃嚢で銀色の散弾銃を収納しているのだ。銀色の拳銃を貰ったのはいいが、肝心の拳銃嚢がなければ怖くて迷宮区ダンジョンに探索も行けない。


 フェイの言いたいことに気づいたらしいユーリは、自分の銀色の散弾銃を手に取る。



「一〇万ディール装填」



 散弾銃をフェイに突きつけ、ユーリは願いを告げる。



「《拳銃嚢ホルスターを出しな》」



 ガチン、と撃鉄が落ちる。


 すると、フェイの腰にユーリと似たような意匠の頑丈そうな革製のベルトが巻き付いた。

 ちゃんと拳銃嚢ホルスターもついている。試しにユーリから贈られた銀色の拳銃を収納してみると、大きさもピッタリだった。フェイの為に誂えたもののように、何もかもがちょうどいい。


 青い瞳をキラッキラと輝かせて腰の巻き付いた拳銃嚢つきベルトを眺めるフェイは、



「似合ってる?」


「似合ってるよ」



 フェイの嬉しそうな姿を見て楽しそうにクスクスと笑うユーリは、



「フェイ、嬉しいかい?」


「嬉しいよ」



 敬愛する主人からスキルを分け与えられたのだ。そんなことが出来るのかと驚いたし、これでさらにご主人様の役に立てると思うと嬉しい。

 今以上にご主人様の奴隷として、迷宮区ダンジョンで活躍できることだろう。明日からの探索が楽しみだ。


 心の底から嬉しそうな反応を見せるフェイに、ユーリは「そうかい」と頷いた。



「これならどこにいようがフェイの位置情報はすぐにアタシのところに送られるし、アルアやメイヴの奴に変な手を出されても守ってくれるはずさね。それにわざわざアタシが唾つけたフェイを他の奴が狙うのも防げる。最近だとフェイは見た目がいいから女の探索者シーカーに密かに狙われてるし、いつ何が起きるか分かったもんじゃないしねェ。これで悪い可能性が大幅に減るんならお安い御用さね」


「マスター、早口で何を言ってるの?」


「何でもない、気にするんじゃないよ」



 何やら色々とご主人様の思惑もあるのか、ブツブツと何か呪いのような言葉を呟くユーリにフェイはそっと首を傾げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る