第8話【丘の上の洋館】

「おはようございます……」


「おはよう!!」



 迷宮区ダンジョン探索当日、そんな明るい調子でフェイとユーリを出迎えたのはアルアとドラゴの二人組だった。アルアは眠気を蓄積する為に徹夜でもしたのだろう、ふらふらと頭を揺らしている。


 フェイは至って普通に「おはようございます」と返すが、ご主人様のユーリだけはぶすっとした表情で立っていた。

 まあおそらくアルアの出方を警戒しているのだろう。ドラゴにだけは普通に「おはよう」と挨拶を返していた。



「今日は迷宮区ダンジョン探索となります……しっかり準備してくださいね……」


「分かってます」


「分かりきったことを言うなんて、アンタはついにボケたかい?」


「酷いことを言う方ですね……フェイ殿に嫌われますよ……」


「俺はマスターを嫌いになることなんて世界が終わってもありえないので安心してください」



 自分がダシに使われたので、すかさず否定しておいた。


 アルアは「やはりスキルを使って既成事実を作るしか……」と呟き、ドラゴにポンと頭に手を乗せられて黙った。そのまま実際にスキルを使おうものなら、ドラゴの五本の指にはありったけの力が込められていたかもしれない。

 まだ諦めていなかったのか、この女は。いい加減に脈がないことを自覚してほしい。フェイの身が持たない、精神的な意味合いで。



「おはよう、諸君。今日もとてもいい朝だぞ」



 最後に遅れてやってきたのは、白と銀色を基調にした軍服を身につけるメイヴだった。勢いよく宿屋の扉を開き、やたら大きな声でご挨拶。



「おはようございます……」


「おはよう、メイヴ嬢!!」


「おはようございます」


「おはよう、諸君。そして強欲女の奴隷は私のところに来る気持ちにはなったか?」


「ははは」



 フェイは笑い飛ばしておいた。ちょっと何を言っているのか分からない。ご主人様のユーリのご機嫌が急降下していくので、そういうことを言うのは止めてほしい。

 アルアだけではなくメイヴもおかしなことを言ったので、ドラゴの手のひらが出動する羽目になった。ポンと彼女がメイヴの頭に手を置けば、傲慢の罪を背負う少女は面白いぐらいにガタガタと震え出す。


 さて、本日は探索者シーカーとしての仕事である迷宮区ダンジョン探索だ。


 迷宮区【アンデッドマンション】は、丘の上にある洋館である。

 洋館の中に入って扉を閉め、もう一度外に出れば迷宮区に到着する仕組みとなっているらしい。今までに見たことのない仕組みだ、誰でも迷宮区に招き入れる為に作られたのだろうか。



「フェイ、ゾンビ系の魔物を遠ざける香炉は持ったね?」


「うん」



 フェイは懐から手のひらに乗せられるほど小さな香炉を取り出す。


 ゾンビ系魔物を遠ざける、と銘打たれた香炉だ。これを買ったのはユーリを「お姉様」と呼んで慕う嫉妬の罪を背負った少女の店で購入したものだ。

 彼女の態度から察して変なものは売りつけられていないと思うが、どうにも怪しい。ユーリの元仕事仲間であるイザベラ・ラインツイッヒの件があるからだ。


 フェイの持つ香炉に目をつけたドラゴは、



「あれ、それってリディの店で買ったの?」


「え、そうですけど……」


「あたしも持ってるよ」



 ほら、とドラゴが見せてくれたのは同じような形の香炉だ。



「リディは腕がいいから信用できるよ。それにユーリさんを慕ってるから、変なものは掴まされないと思うけど」


「そうですかね……」



 すると、フェイとドラゴのやり取りを聞いていたメイヴが割って入り込んでくる。



「なるほど、香炉か。私は持っていないのだがな」


「じゃあゾンビ系魔物の餌食になってね!!」


「ぐああああああああああああッ!? あ、頭を締めるな、この暴力女めえええええ!!」



 不穏な気配を察知したドラゴがメイヴの顔面を締め上げ、フェイはユーリを連れて彼女と距離を取った。もういい加減にしつこかった。


 ちなみに出発するまで、フェイの両親は泣きそうな表情で見守っていた。

 何だか後悔しているような気がしてならないが、フェイにとっては親でも何でもないのでどうでもいいのだ。正直な話、振り返るのも面倒だった。



 ☆



 丘の上にある迷宮区ダンジョン【アンデッドマンション】は、かつてこのアルフェンの町の領主が住んでいたと言われている。

 今では別の地に引っ越してしまったが、何故か屋敷だけはそのままの状態で残されていたのだ。幼いフェイも、近所の子供を連れて探検に出かけたことがある。その時はまだ迷宮区となっていなかったので、広い屋敷を探索できて楽しかったものだ。


 古ぼけた屋敷の前に立つフェイは、白い洋館を見上げる。



「変わってねえなぁ」



 ひび割れた窓につたの覆う白い壁、屋敷の周りには雑草がこれでもかと生い茂っている。

 屋敷の周りにある雑草に埋もれるようにして、枯れた花ばかりが伸びる花壇が設置されていた。かつては綺麗に花を咲かせていただろうが、今は茶色いカサカサとした花弁が垂れ下がっているだけだ。


 少しも変わった様子のない洋館を前にするフェイは、



「マスター、開けていい?」


「早くしな」



 ユーリに言われて、フェイは洋館の扉に手をかける。


 軽く押せば、ギィという蝶番の軋む音が耳に滑り込んできた。

 扉の隙間から埃っぽい臭いが漂う。いくらか細かい埃が舞い散ったような気がして、思わず咳き込んでしまった。



「なるほど……確かに雰囲気はありますね……」


「お化け屋敷みたいだね!! 実際にそうなっちゃったけど!!」



 先に入ったフェイに続いて、車椅子を押すドラゴとそれに乗るアルアが埃っぽい屋敷の中に踏み入る。メイヴも埃っぽさに顔を顰めながらも屋敷の中に入った。

 最後に、心底嫌そうな感じでご主人様のユーリが入ってくる。スタスタと入ってくるや否や、フェイにすぐさま抱きついた。


 早くも甘えた状態のご主人様の頭を撫でるフェイは、



「まだ出てないよ、大丈夫」


「知ってるよ」



 アルアやメイヴにフェイを取られるから、ではなさそうだ。


 薄暗いこの洋館が苦手なのだろう、今にも出そうな雰囲気は理解できる。

 古びた洋館特有の臭いも不気味な印象があるし、それらの要素がご主人様の恐怖心を増長させる。やはり無理をさせるのはよくなかっただろうか。


 この仕事を無理やり決めたアルアを恨みがましげに睨みつければ、彼女は見つめられたと勘違いしたのか満面の笑みで手を振り返していた。



「さて……扉を閉めてください……」


「はいよ!!」



 ドラゴが扉を閉める。


 再び蝶番を軋ませながら閉ざされる扉。

 薄暗い気配が屋敷の中を支配し、窓から差し込む陽光がフッと消える。いきなり曇ったかと思えば違う。


 外の世界が急速に時間が進んでいるのだ。



「おそらく元の世界の時間軸に影響はありません……迷宮区ダンジョンに入る為の演出でしょうね……」



 アルアは窓の外を見ながら言い、



「太陽が沈み……やがて月が出てきます……夜となったら本番です……」



 青い空を太陽が巡っていき、西の空の向こう側に落ちて夜が訪れる。


 屋敷の外には、それまでなかったはずの墓地があった。

 夜が訪れたことで嫌な雰囲気が加速する。今にも墓から出てきそうだ。


 フェイはご主人様を背中で庇いながら、手のひらに乗せた香炉を焚く。ご主人様が怖がらないようにだ。



「さあ来ますよ……」



 屋敷の中に柑橘系の香りが漂い始めると同時に、屋敷の外からボコンボコンと土を掘り返すような音がした。


 屋敷の外に広がる墓地から、数え切れないほどの腕が生えている。

 それらの腕は腐っていて、肌が緑色になっている。骨もところどころ見えていた。これはさすがにフェイも恐怖を感じざるを得ない。


 背中で庇うご主人様のユーリが、短い悲鳴を漏らしてフェイの背中に張り付いた。



「マスターは見ないでね」



 窓の外を睨みつけながら、フェイは言う。


 屋敷の外の墓地から、大量のゾンビが墓から這い出てきた。

 こんな場面を見たらご主人様は卒倒してしまう。それだけは避けたいところだった。



「さあ……探索を始めましょうか……」



 車椅子に腰掛ける眠たげな深窓の御令嬢は、緑色の狙撃銃を取り出しながら探索開始を宣言した。

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