第7話【腐れ外道にありがとう】
フェイの生家は変わらずそこにあった。
木造の小さな宿屋で、おそらく二部屋程度が限界だろう。玄関先の掃除は行き届いているものの、誰もその周辺に近寄ろうとしない。
それもそのはず、彼らは獲得スキルに左右されて自分たちが愛しむべき大切な息子を奴隷商人に売り払ったのだ。悪魔だ何だと呼ばれても仕方があるまい。
不思議と、フェイは生家を見ても何も思わなかった。「ああ、まだあったんだ」という程度の思いしかない。
「フェイ、どうしたんだい」
「何でもない」
宿屋の扉を開こうとするユーリが怪訝な表情で振り返り、フェイは首を振って応じた。彼の手を車椅子に腰掛けたアルアが取ろうとしたが、ドラゴに阻止されていた。
ギィと蝶番が軋み、客の為に開きっぱなしにされた扉が開く。カランカラーンという小さな鐘の音が受付に響き渡った。
宿屋の内部も綺麗に清掃されており、客用の長椅子や観葉植物なんかが置かれている。見栄えだけはよくしたのだろうが、客が入らなければ彼らの努力は評価されない。
扉に取り付けられた鐘の音を聞きつけて、受付の奥から
「いらっしゃいませ、ご宿泊のお客様ですか」
やや薄くなった金色の髪に、フェイと同じ青色の瞳。昔は近所の人からも「フェイ君はお父さん似ね」と言われたものだが、今は見る影もなく老け込んでいる。
それもそうか、もう十年も経過しているのだ。実の父親も老け込むことだろう。そして相手も同じく、成長したフェイの存在に気づいた様子はない。
ご主人様であるユーリが受付に立ち、
「そうさね、こっちには奴隷もいるけどいいかい?」
「奴隷ですか」
「コイツさね」
ユーリがフェイの背中を叩き、フェイは他人のように実父たる男性へ会釈した。
「構いませんよ」
「何部屋あるんだい?」
「お客様の人数ですと二部屋が適しているかと。片方は三人部屋をご用意いたします」
「話が早いねェ」
男性は帳簿とインクにつけた万年筆をユーリに差し出して、
「それでは、ご宿泊様たちのお名前をこちらに」
「はいよ」
ユーリは差し出された万年筆を受け取り、帳簿に全員の名前を書いていく。
もちろん全員だ。奴隷も主人と同じ部屋に宿泊するのだから、奴隷の名前も書かなければならない。そしてフェイは、他の奴隷と違って自分の名前をちゃんとご主人様から呼んでもらっている。
次々に書き込まれていくSSS級
「どうしたんだい」
「え、いや、あの……」
受付に立つ父は慌てて帳簿から視線を逸らし、
「な、何でもありません。少し知り合いに名前が似ていたものですから」
「へえ、知り合いにねェ?」
ユーリは楽しそうに笑う。
彼女も気づいているのだろう、目の前の男性と自分が所有する奴隷が血縁関係に当たることを。奇跡的にもフェイと目の前の男性の髪色や瞳の色は似ているので、そう判断することが出来たか。
男性は徹底して客を見ようとしない。先程までの態度とは大違いだ。
「まあいいさね。部屋の鍵は?」
「あ、はい……こちらに」
受付から二部屋分の鍵を取り出し、ユーリに手渡してくる。「二号室が三人部屋です」と告げた。
「行くよ、フェイ。さっさと寝る」
「マスター、その前に風呂入ろうな。移動しただけでも汗を掻いただろ」
「じゃあアンタがアタシの頭を洗いな」
「はいはい、仰せの通りに」
宿泊する部屋は一号室と二号室で、当時の記憶が正しければ一号室の風呂はまあまあ広かった気がする。設備が古くなっていなければいいが、部屋に到着したら湯浴みの準備をしなければならないか。
そしてやはり、実父は何も反応はしなかった。出来なかったのだろう、自分が無残にも売り払った息子が戻ってくるとは想定外だったのだから。
だが、受付に棒立ちしていた実父がついに口を開いた。
「フェイ……なのか、本当に?」
フェイは足を止め、振り返る。
受付から身を乗り出した男性は、とうとう受付を飛び出してフェイの前に立つ。
老け込んだ上に痩せてしまった。着古した襯衣の上からでも筋力が衰えているのが分かる。それほど息子を売り払ったことによる弊害が出ているのか。
「フェイ、ああこんなに大きくなって……覚えているかい、父さんだよ」
男性はフェイを抱きしめようと両腕を広げるが、それより先にユーリが銀色の散弾銃を父親に突きつけていた。
「何だい、息子を売り払った外道のくせに。今更、アンタの息子に擦り寄ろうってのかい?」
「ちがッ、あれは妻が」
「変わらないよ。アンタは息子を売り払った外道って称号を抱えたまま生きるのさ」
ユーリはフェイの腰を抱き寄せると、
「アンタの息子はいい男になったよ。ありがとう、奴隷として売り払ってくれて。フェイを売り払ったアンタら両親以上に、アタシがフェイを大切に育ててやるさね」
行くよ、とユーリはフェイの腕を引っ張って客室のある二階に上がる。
フェイはユーリに腕を引かれながら、呆然と立ち尽くす父親を一瞥した。
今更後悔しているようだが、もう遅いのだ。フェイの人生は奴隷に堕ちながらも、今の方が最高に幸せだ。
☆
「アンタの両親は外道だねェ」
客室について二人きりになったユーリは、フェイにそんなことを言う。
「村八分にされたから、息子と和解してどうにか町の住人にも許してもらおうって魂胆だろうねェ。アンタと血の繋がりがあるってのが疑わしいよ」
「あはは、だから売られたのかな」
荷物を整理し、ご主人様の寝巻きと浴布を取り出しながらフェイは笑って応じた。
両親が悪く言われていても、フェイは気にも留めない。だって事実だから仕方がない。
スキルに左右されてフェイを売り払っておきながら、村八分にされた現在の状況を打開する為に売り払った息子を利用するとか舐めているにも程がある。ご主人様がキッパリと言ってくれてよかった。
すると、部屋の扉が叩かれた。
「俺が出るよ」
「あいよ」
ユーリはフェイから寝巻きと
茶色のボサボサになった髪と落ち窪んだ琥珀色の双眸、そばかすだらけの鼻頭。カサカサになった唇を震わせてフェイを見上げる女性が、扉の向こうに立っていた。
一目で分かった、彼女は母親だ。フェイの外れスキルに左右され、冷たい瞳で「育てる余裕はない」と言い放った外道だ。
フェイは愛想笑いを浮かべると、
「主人は今、入浴中ですが。何か御用ですか?」
「フェイ!!」
女性はフェイに抱きつき、死んだ魚のように濁った瞳から涙を流し始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさいフェイ。お母さん、貴方を売って後悔していたわ。スキルに左右されて、貴方を売ってごめんね。お母さん、貴方を忘れたことなんて」
「どうでもいいよ」
「え……」
フェイは綺麗な笑みで母親を引き剥がしつつ、
「触らないで。主人以外の女の人に触られたくない」
フェイが想うのはご主人様であるユーリだけだ。触れるのを許すのも彼女と、あとはドラゴぐらいのものだろう。
たとえそれが自分を生んでくれた女性であっても、フェイを奴隷にした張本人を許すことなんて到底出来ない。
呆然とした様子の母親を客室の外に追い出し、フェイは言う。
「ありがとう、俺を奴隷商人に売り払ってくれて」
それは、心の底からのお礼だった。
「俺はおかげで、あんなに素敵な主人に会えたから」
そう告げて、扉を閉ざす。
扉の前で立ち尽くしていた母親の姿が滑稽だった。許すと思っているのだろうか。
許さないけれど、感謝はしている。奴隷に売り払ってくれなければ、ユーリ・エストハイムという女性にも会えなかった。
「――誰か来たかい?」
浴室の扉越しに、ご主人様が呼びかけてきた。
「知らない人」
フェイは清々しい笑顔で、ご主人様にそう返した。
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