第9話【星より生まれ落ちる少女】

 星空を模した迷宮区ダンジョンにて、光り輝く卵の形をした迷宮主がやってきた探索者シーカーの撃破を目論む。


 薄暗い部屋を明るく照らすように強い光を放ったと思えば、一条の光線が伸びてその先にいる銀髪赤眼の女探索者を狙う。

 だが女の探索者は円舞曲でも踊るかのように外套の裾をひらひらと揺らしながら、飛んできた光線を余裕綽々とした様子で回避する。それがまた迷宮主の怒りを買う行動に繋がった。



「あー……ああああ……」



 安全圏からユーリの戦いぶりを眺めるフェイは、気が気ではなかった。


 確実にユーリを狙う軌道で放たれる光線は、ゴツゴツとした壁や地面を抉っては大小様々な穴を開ける。埋め込まれていた星屑の石もいくつか巻き込まれて、光線に焼かれてただの屑石となってしまった。

 現在は無傷のままでどうにかなっているものの、危険極まる回避行動のせいでいつ怪我をしてもおかしくない。あの光線に触れただけで火傷で済むとは思えない。


 今すぐにでも迷宮主の前に飛び込んでご主人様の狙いを自分に移し替えたいところだが、ご主人様から「引っ込んでろ」と命令が来るのは確実だった。フェイに出来ることなど限られている。



「フェイ殿は武器さえ持つことを許されないのですね……」


「えぁ、はいそうですね」



 地面にペタンと座り込むアルアに指摘され、フェイは素直に頷いた。


 ユーリから武器を持つことを許されていないフェイは、必然的に迷宮区ダンジョンでは囮になるしか戦い方はない。迷宮主を相手に走って飛んで叫んでを繰り返して、ご主人様にトドメを刺してもらうのが常だ。

 まあ本気になればご主人様一人でも十分なのだが、何故か彼女はフェイを囮に使うのである。満更でもないのだが、せめて武器ぐらいは持たせてほしい願望はある。


 アルアはじっと緑色の双眸でフェイを観察すると、



「ユーリ殿に大切にされているのですね……」


「そうですね。自覚はありますけど」


「彼女は気に入らなければ誰であろうと切り捨てますからね……私の扱いを見たでしょう……あれと同じになりますよ……」


「ひえええ」



 ユーリがアルアに対する態度を思い出して、フェイはご主人様のご機嫌だけは損ねないようにしようと固く誓った。素敵なご主人様と巡り会えたのに、切り捨てられるのだけは御免である。


 すると、光り輝く卵をドカドカと蹴飛ばしていたドラゴがアルアの元へ戻ってくる。

 彼女の手には破片らしきものが握られていた。卵と同じ色に輝いているので、卵の欠片なのだろうか。



「表面がめちゃくちゃ硬いですよ、お嬢!! ユーリさんも苦戦してるみたいです!!」


「そういう風には見えませんが……」


「光線を逸らす時に何度かスキルを発動していますね。金銭もそれなりに消耗しているので、卵を完全に割るには相当な値段が必要になるかと」



 二条、三条と光線の数が増えていくが、それら全てを踊るように回避するユーリを眺めながらフェイは冷静に分析する。


 卵から不意に放たれた光線が、凸凹になった地面を駆けるユーリへ飛来する。

 回避行動をするには間に合わない速さだ。炯々と輝く赤い双眸で光線を確認したユーリは、銀色の散弾銃を飛んでくる光線に向ける。



「五万ディール装填」



 金銭を対価に捧げて、彼女は願いを叫ぶ。



「《逸れろ》!!」



 何が働いたのか、ユーリを狙って放たれたはずの光線は彼女に触れる直前でぐにゃりと軌道を変える。

 本当なら絶対に当たらない方角へ飛んでいった光線は、その先にあった緑色に輝く星屑の石に当たった。星屑の石は無惨に砕け、ただの屑石と化してしまう。


 光線に狙われているせいで卵に近づくことすら出来ず、飛んでくる光線の軌道を逸らす為にスキルを発動しているので卵を割る為の金銭が確保できない。

 このままではユーリの体力と財力が尽きて、卵の光線の餌食となるだけだ。それは避けたい。


 フェイは収集した星屑の石を掻き集めて、思い切り放り投げる。



「マスター、これを!!」



 赤、青、緑、白、黄色などの色とりどりの星屑の石が虚空に散らばる。本当の星空のような輝きを見せてくれた。


 ユーリは地面を走り回りながら空中に投げられた星屑の石に狙いを定め、銀色の散弾銃に「食らえ!!」と命じた。

 銃身が縦に割れると、まるで肉食獣が獲物を食らう時のように大きな口を開く。広がった銃身から風が吹き、散らばる星屑の石を残さず吸い込んだ。


 フェイのスキル【鑑定眼】が算出した星屑の石の値段は、一〇万から五〇万ディールまで幅がある。なるべく値段が高い星屑の石を集めたので、きっとユーリのスキル【強欲の罪マモン】も問題なく発動できるはずだ。



「いいねェ、フェイ!! 一気に貯まったよ!!」



 口の端を吊り上げて笑ったユーリは、光り輝く卵に銀色の散弾銃を突きつける。



「一〇〇万ディール装填」



 豪勢に一〇〇万ディールを対価にし、ユーリは願いを告げる。



「《卵よ割れろ》!!」



 引き金を引けば、弾丸の代わりにユーリの願いが撃ち込まれる。


 光り輝く卵の硬い表面に、ビキィ!! と音を立てて亀裂が生じた。

 ドラゴがどれほど蹴ろうがヒビすら出来なかった卵の表面だが、ユーリのスキルは遺憾なく発揮される。金銭さえあればあらゆることが出来るのだから、もはや反則である。


 バキバキ、ビキビキと音を立てて卵の亀裂は徐々に広がっていき、やがて願い通りに割れてしまう。



「これで踏破かな?」


「いいや、まださね」



 一〇〇万ディールという莫大な金額を一気に消費したことで戻ってきたユーリは、割れた卵を睨みつけながら言う。



「――むしろ、ここからが本番のようだねェ」



 卵の欠片が山のように積み重なった下から、モソモソと何かが蠢いていた。


 欠片の下からほっそりとした手が伸びて、割れたにも関わらず未だに光を失わない欠片を退かす。

 その下から身体を起こしたのは、年端もいかない少女だった。まだ眠いのか、小さな欠伸を何度か繰り返している。


 薄暗い部屋の中でも目立つ白金色の長い髪、垂れ落ちた前髪の隙間から銀灰色ぎんかいしょくの眠たげな双眸が覗く。顔立ちは愛らしいものだが、煌々と全身が輝いているので不気味な印象しかない。

 全身が何かの体液に濡れた少女は、真っ黒なドレスを身につけていた。裾は引き摺るほど長く、装飾品も何もない黒いだけのドレスだ。華奢な手足は靴や手袋すら身につけておらず、ペタペタと裸足で凸凹になった地面に立ち上がる。


 見た目は一〇歳前後だろうか。まだ眠たげな銀灰色の瞳を擦る少女は、むにゃむにゃと呟く。



「せっかくねてたのにぃ……だれぇ? おこすのはぁ?」



 子供特有の甘く高い声で起こした犯人を探す少女は、ジロリとユーリを睨みつけた。



「あなたがおこしたの?」


「そうだと言ったら?」



 挑発するように言うユーリは、銀色の散弾銃を光り輝く卵から生まれた少女に突きつける。



「アンタが迷宮主だね。じゃあとっとと死んでもらうよ」


「…………やだ」



 少女は頬を膨らませると、駄々を捏ねる子供のように叫んだ。



「いやよ、いや!! おこされてすぐにしにたくないわ!!」



 そう言って、少女は華奢な右手を天井に向けて伸ばす。


 何かを掴み取るのかと思えば、違う。

 ゴツゴツとした壁や床に埋め込まれた星屑の石が、少女の目覚めに反応をしてチカチカと瞬き始めたのだ。



「な、な、何? 何!?」


「チッ、面倒だねェ。一〇万ディール装填」



 銀色の散弾銃を自分の足元に向けて、ユーリはスキルを発動させた。



「《この場にいる四人を守れ》!!」



 すると、フェイたちを覆うように半透明な壁が作り出される。

 相手の攻撃から身を守る為の壁だが、本当ならスキル【守護陣】というものが必要になってくる。金銭さえあれば同じようなものを作ることだってご主人様は可能とするのだ。


 こちらを睨みつける少女は天井めがけて伸ばした手を振り下ろしながら、



「ながれぼしさん!!」



 その時だ。


 少女の命令に応じるかのように、壁や床に埋め込まれた星屑の石が次々と襲いかかってきたのだ。

 それはまるで、夜空を流れる星々の如く。


 飛んでくる星屑の石はユーリの展開する半透明な壁に阻まれて攻撃は無駄に終わったが、厄介な迷宮主に出会ってしまったものだ。



「わたしのねむりをじゃましたつみは、おもいんだから」



 いくつもの星屑の石を指先一つで操る少女は、可愛らしく微笑んだ。



「だからしんでね、おにーさんおねーさん」

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