第11話【戦闘】
鎌首をもたげた水の蛇が、ユーリとフェイめがけて飛びかかってくる。
「五万ディール装填」
銀色の散弾銃を水の蛇に突きつけたユーリは、迷わず自身のスキルを発動させる。
「《消えろ》」
願いを込めて引き金を引く。
装填された金額に応じた願いが忠実に叶えられ、ユーリとフェイを頭から飲み込もうとした水の蛇がただの液体に戻る。
バシャン、と形が保てなくなって液状となり、真っ白な床を容赦なく濡らす。その際にユーリとフェイの衣服までびしょびしょに濡らした。
「さあ、戦闘だよ。フェイ、走りな!!」
「あーもうこうなることは分かってたけどぉ!!」
ユーリに「走れ」と命令されれば、奴隷であるフェイに断る理由はない。頑丈なゴーグルを装着し、迷宮主に対する恐怖心を押し殺して駆け出す。
この時ばかりは何か武器がほしいと思った。ご主人様の意向でフェイは武器を持てないが、せめて囮として使うのであればナイフの一本ぐらい持たせてくれてもいいではないか。
白金色の髪を持つ女性はジロリと薄青の双眸で走るフェイを睨みつけると、
「死んでください」
ほっそりとした右手を掲げれば、その動きに合わせて再び水が蠢く。
水の蛇ではなく、今度は棘のような形となった。それらが何本も作られると、逃げ回るフェイめがけて突き刺してくる。
かろうじて水の棘を回避するフェイだが、真っ白な床や壁に勢いよく突き刺さってヒビを入れる水の威力にゾッとした。まともに受けていれば、言葉通りに死んでいたのかもしれない。
恐怖のあまり足を止めてしまいそうになるが、フェイは根性で足を止めなかった。恐怖心を押し殺し、ご主人様の望む囮になり続ける。
(今まで何度も危ない目に遭ってんだ、これぐらいどうした!!)
自分自身を叱責すると、フェイはあえて女性に突撃する。
「ッ!?」
予想外の動きに女性が息を呑んだ。
驚く彼女のすぐ側を滑りながら通り過ぎ、落ちたまま放置されている蓮の花を引っ掴んでその場から離脱。
振り向きざまに水の棘が飛来してくるが、それを蓮の花で弾いた。床や壁にヒビを入れるほどの威力を持つ水の棘だが、蓮の花は思った以上に頑丈な作りとなっているらしい。
神々が作り出したような美しい顔立ちを歪める女性は、水の棘で蓮の花を盾に使うフェイの殺害を強行する。
しかし、残念だ。
この場にいるのはフェイだけではなく、数々の迷宮区を己の実力とスキルだけで踏破してきた最強のSSS級
「ウチの奴隷がそんなに気に入ったかい?」
銀色の散弾銃を構えるユーリは、ニヤリと笑う。
「あげないけどねェ。二〇万ディール装填」
ジロリと睨みつけてきた女性の薄青の双眸すら鼻で笑い飛ばし、ユーリは願いを告げた。
「《腕を撃ち抜け》」
引き金を引く。
対価を支払った願いは忠実に叶えられ、女性のほっそりとした右腕が肩からもげる。千切られたような断面から真っ赤な血液ではなく、バシャバシャと透明な水が流れ落ちる。
彼女の体内には血液ではなく、水が巡っているのか。やはり迷宮主は奇妙な存在である。
水浸しになった床に落ちた腕を一瞥し、女性は忌々しげにユーリを睨みつける。
「鼠如きが……ッ!!」
「その鼠に翻弄されているアンタは何だい? 馬鹿な猫でも演じているのかい?」
ユーリは銀色の散弾銃で肩を叩きながら、
「随分と可愛げのないデカいだけの猫だねェ。アタシのフェイの方がよっぽど可愛げがあるよ」
「捻り潰してくれるッ!!」
唐突に口が悪くなった女性の集中が、ユーリに移ってしまった。今回の迷宮主はかなり頭がよろしいらしい。
フェイは手に握ったままの蓮の花を、女性めがけて投げつけた。
盾に出来る大きさの蓮の花弁は、女性の華奢な身体とぶち当たる。女性の身体が衝撃で揺れると、薄青の双眸がこちらを向いた。
ユーリと違って女性に対する恐怖心はあるものの、何年も最強の探索者と共に生活してきた影響で度胸だけは人一倍あるのだ。負けていられない。
「来いよ、迷宮主!!」
「小癪な鼠がッ!!」
迷宮主の女性が左腕を振るうと、フェイの足元からゴボゴボと音がした。
視線を下にやれば、濡れた床が何故か泡立っていた。正確に言えば床を濡らした原因である水が泡立っていた。
これはまずい。命に関わる――その場から即座に離脱をしようとした瞬間、フェイの全身を水が包み込む。
巨大な水の球体がの中に浮かぶフェイは、ガボリと大量の泡を口から吐いてしまう。体内の酸素が一気になくなり、苦しさが押し寄せてくる。
(まず……ッ、これは……死……)
揺らぐ視界の先で銀色の何かが蠢くと同時に、フェイを包み込んでいた水の球体がパァンと弾ける。
バシャバシャと水が真っ白い床を濡らす。濡れた床の上に落ちたフェイは湿った金髪を掻き上げると、駆け寄ってきたユーリを見上げた。
ご主人様のユーリは床に座り込むフェイを一瞥しただけで、すぐに視線は迷宮主の女性へと固定される。
背中で奴隷を守る優しいご主人様の地雷を、この愚かな迷宮主は踏み抜いたのだ。
「ウチの奴隷に何てことをしてくれたんだい」
銀色の散弾銃を突きつけ、ユーリは言う。
「鼠だ何だと言うけどねェ、こっちはアバズレなんかに興味はないんだよ。迷宮区のお宝と迷宮区を踏破した際に貰える報酬しか目にないのさ、当然アンタの死体も十分な価値がある」
「鼠如きに、このわたくしが負けると思いますか? この場に水がある限り、わたくしに不可能などありませんが?」
「いいや、勝てる方法なんていくらでもあるさね」
白金色の髪を
「五〇万ディール装填」
それまでとは違って意外と高めの金額を、対価に提示した。
「《急所を撃ち抜かれて死ね》」
願いを告げて引き金を引く。
スキルが発動し、迷宮主である女性の薄い胸元に風穴が開いた。
そこから水が勢いよく流れ出ると、女性の身体が萎んでいく。ほっそりとした足が、腕が、白金色の髪が、薄青の双眸が、全てが縮んで小さくなっていく。
身体中の水分が流れ落ちた時、真っ白なドレスの中には青みがかった蓮の花が落ちていた。その蓮の花はすでにカラカラに干からびていて、水の中に浮かんでいるにも関わらず、水分を取ろうとさえしなかった、
☆
迷宮主が倒されたことで、どこからか声が聞こえてくる。
――
踏破に成功したようだ。今回もなかなかヒヤヒヤする攻略だった。
脱力して床にへたり込むフェイは、さて仕事をしなければと立ち上がる。フェイが買われた本来の目的はスキル【鑑定眼】による鑑定作業で、迷宮区探索に於ける囮役ではないのだ。
だが、それより先にユーリがフェイの腕を掴んでくる。
「? マスター、どうかした?」
「アンタ、何もなかったかい? どこにも怪我は?」
「見ての通りだけど」
全身がずぶ濡れの状態になった以外は、特に目立った外傷はない。あの蓮の花を盾にしたのが幸いだったようだ。
昨日攻略したばかりの【デモンズカウル】より断然マシな
ユーリはフェイの身体にどこも不調がないことを確かめると、
「家に帰ったら服を脱ぎな」
「え、いや、だから大丈夫だって。どこも痛くないって」
「うるさい。アンタはアタシの所有物なんだから言うことを聞きな」
「……はぁい」
優しさを通り越して過保護なような気がしてきた。まあ、言われれば従う他はないが。
自動転送機構が発動される前に、色々と見ておかなければ。
ユーリも五〇万ディールという豪勢な値段を対価に捧げてしまったので、対価に捧げる金額の貯蓄が心許ないことだろう。主人のスキルは絶大な威力を発揮する代わりにかなりの金食い虫だ。ご主人様が戦えなくなるのは困る。
まずは迷宮主を形作っていた蓮の花。こちらは五万ディールというなかなかのお値段である。
それよりも高額だったのが、迷宮主が孵化した際に放置した蓮の花だ。頑丈な素材で作られているのが功を奏したのか、お値段は花弁一枚で二〇万ディールである。それが五枚以上も落ちているのだから、ざっと見ても一〇〇万ディールは下らない。
「ま、マスター!!」
「何だい」
「こ、こここ、ここの花弁で一〇〇万ディール以上は稼げる!!」
「何だってェ!?」
ユーリもこれには驚きが隠せない様子だった。
「フェイ、急いで回収しな。全部いただくよ!!」
「ガッテン!!」
「いけ好かないアバズレだったけど、置き土産にしてはなかなか悪くないじゃないかい。まあ死体の方はゴミだけど、値段も石ころに比べたら断然高いからいいね」
「萎んだ蓮の花だけで五万なら、外の蓮の花も全部回収すればよかったな」
そんな会話を交わしながら、ユーリとフェイは蓮の花弁を全て対価の貯蓄にする。生活費は踏破報酬があるので大丈夫だ。
これで当面の生活は安泰である。美味しいものも食べられそうだ。
たくさんのお金も稼げて、十分なスキルの貯蓄も出来て、ユーリとフェイはホクホク顔で迷宮区【アクアフォール】の自動転送機構によって外の世界へと帰っていった。
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