第9話【商品】

「ゲホ、ゴホ、酷い目に遭った……」



 溺れ死にそうだったツルッパゲの探索者シーカーは、頭に蓮の葉を乗せながら陸地に上がってきた。


 鋭い眼光で睨まれても、ユーリは銀色の散弾銃で肩を叩きながら全身びしょ濡れの探索者を見やる。

 最強の探索者なのでこの程度の恐怖心などないのだ。恐怖心を感じているのは、ユーリの側にいる奴隷のフェイだけだ。


 陸地に綺麗な蓮の花を並べてお花屋さんでも開かんとするフェイは、



「マスター、マスター。今のうちにこの花を食わせて……!!」


「おや、フェイ。気が利くじゃないかい」



 ユーリは陸地に並んだ蓮の花へ銀色の散弾銃を突きつけ、



「ほら餌だよ、シルヴァーナ」



 銀色に塗られた銃身が縦に割れて、さながら肉食獣が獲物を捕食するかのように開かれる。巨大化した銃口から風が起き、陸地に並べられた蓮の花が次々に飲み込まれていく。


 フェイの【鑑定眼】によって値段の高そうな蓮の花を摘んだので、ユーリのスキルを発動するには十分な金額が貯まったはずだ。

 迷宮区踏破に必要な金額は難易度によって変わるが、他の探索者も相手にする場合は負担が一気に増える。フェイが出来ることはゴミでも宝でも値段を算定することだけなので、戦う場面ではユーリに頼る他はない。


 その為の弾丸だ。彼女が安心して戦えるようにする、生きる弾丸。



「ふぅん、十分な金額じゃないかフェイ。よくやったよ」



 散弾銃に貯まった金額に満足したユーリは、フェイの頭をワシワシと撫でて褒める。その手つきはやけに優しい。



「ハッ、奴隷を人間らしく扱うなんて頭がおかしいんじゃねえのか?」



 ツルッパゲの探索者シーカーは、ユーリの行動を笑い飛ばす。


 奴隷は主人の所有物であり、どう扱おうが主人の勝手だ。ユーリがフェイを人間らしく扱うのは彼女の勝手であり、あのツルッパゲの探索者が所有する奴隷を手酷く扱おうが彼の勝手である。

 どうにも彼は奴隷に関する常識がないらしい。昨日もユーリの所有物であるフェイをぶん殴ろうとしたし、もしかしたら他の奴隷にも同じように扱っているのかもしれない。


 非常識なツルッパゲ探索者を鼻で笑い飛ばしたユーリは、



「他人の奴隷をぶん殴ろうとする頭のおかしな馬鹿には言われたくないねェ。アタシがフェイをどう扱おうが勝手だろう? 口出しするのは非常識なんじゃないのかい?」


「ああ?」



 ツルッパゲ探索者シーカーは眉根を寄せると、



「奴隷は人権がねえんだぞ? ちゃんと躾けなけりゃつけ上がるだけだろ」


「奴隷だからって何さ。アタシがいいって言ってるんだからいいんだよ、アンタはアンタで奴隷に好き勝手やればいいさ」



 ユーリはそう言って、お供の側に控えるツルッパゲ探索者シーカーの奴隷を見やる。


 ボロボロの衣服に奴隷の身分を示す為の太い首輪。衣服から伸びる手足は痩せ細り、小突いただけで死んでしまいそうなほど不健康に見える。

 ユーリの視線を受けた少女の奴隷は、ビクリと肩を震わせた。膝もガタガタと震え出し、今にも崩れ落ちそうな雰囲気があった。それだけで、この少女が主人であるツルッパゲ探索者に何をされてきたのか理解できる。


 随分と暴力を受けているようだ。これでは奴隷の精神状態にも支障を来す。

 身も心もボロボロな奴隷を連れていたって、まともな能力を発揮する訳がない。迷宮区ダンジョンの罠に引っかかって死ぬのがオチだ。


 奴隷扱いのなっていないツルッパゲのご主人様を再び鼻で笑い飛ばしたユーリは、



「奴隷を綺麗にするのも、主人の務めだよ。こっちが丁寧に扱えば、奴隷だって主人を信用してくれるさね。迷宮区ダンジョンでも最高の動きをしてくれる」



 ユーリはフェイの頬を優しく撫で、



「これがアタシのやり方さ。他人にとやかく言われる筋合いはないさね」


「はん、じゃあそれが間違ったやり方だって思い知らせてやろうか」


「間違ったやり方? じゃあこっちも示してやるさね、アンタのやり方は間違っているってね」



 フェイの背中を軽く叩いたユーリは、



「フェイ、やりな」


「…………いいのか、マスター?」


「いいんだよ」



 ユーリは赤い双眸を眇め、ツルッパゲ探索者シーカーとそのお供を睨みつけた。


 彼女は意外と根に持つ性格なのだ。特にフェイ自身に関することは、対象者を痛めつけるまで満足しない。

 そんな内面は、生活していくうちに理解した。このご主人様は、身内にはとんでもなく優しいけれど敵には容赦ないのだ。


 フェイは首から下がった頑丈なゴーグルを目に装着し、ツルッパゲ探索者を真っ直ぐに見据える。


 外れスキルだ何だと言われているけれど、フェイの【鑑定眼】は確実に成長している。市場の価格を参照してゴミや宝に値段をつけていくうちに、値段をつける商品の幅を広げていった。

 確かに使えないものかもしれないけど、ユーリのスキルがあればフェイはお荷物ではない。彼女の為にフェイは存在する。



「――――見えた」



 フェイはツルッパゲ探索者シーカーを真っ直ぐ指差すと、



「八五万六〇二〇ディール」



 算出された値段は、昨日の装備品の値段よりもなお高い。


 見たところ、彼が身につけていた装備品よりも今日のものは安っぽさが目立つ。せいぜいでも一〇万ディールに届くかどうか、というところだろうか。

 それなのに、八五万ディールの値段が算出されるとは何の値段を見たのだろうか?


 ユーリはニヤリと笑うと、



「へえ、随分と高いじゃないかい。何でだい?」


「身長と体重、身体の頑丈さ、所有スキルを市場価格に照らし合わせて算出したから。おそらく――――」



 フェイはツルッパゲ探索者シーカーを見つめたまま、



「――――労働用奴隷がいいところだと思う。探索者という部分も考慮しているから、結構高額なんだよ」



 ツルッパゲ探索者は言葉を失った。



「ふぅん、いい子だねフェイ」



 ユーリは銀色の散弾銃をツルッパゲの探索者に突きつけて、



「いいかい、禿頭はげあたま。奴隷のスキルを成長させてやるのも主人の務めさ。おかげでフェイのスキル【鑑定眼】は様々なものに値段をつけるまで成長したのさ」



 幼い頃より成長した【鑑定眼】のスキルは、人間の命にまで値段をつけることが出来るようになった。


 ユーリがフェイのスキルを成長させてくれた。成長できるように、身も心も最高の状態を維持してくれた。

 優しいご主人様に出会えたからこそ、フェイのスキルはここまで成長できたのだ。



「何で……人間の命に値段がつけられるとかふざけてんのかよ!!」


「ふざけていないさ。あるだろう? この世に人間が商品になる瞬間がさ」



 ユーリは引き金に指をかけ、



「奴隷さ。アンタが奴隷になった時、その八五万ディールってのがアンタの値段さね」



 彼が暴力を振るっていた存在に身を落とした時、彼には八五万六〇二〇ディールという金額に換算される。労働用奴隷として売り出された時、果たして彼はいくらで取引されることになるだろうか。

 主人に歯向かうことを予想され、値段をさらに引かれた状態で買われるだろうか。それとも売られた時よりも身体の頑丈さを買われて高く売られ、鞭を打たれて調教されるだろうか?


 まあ、値段が与えられた時点で彼は終わりだ。



「さて、アタシは価値あるものを対価に支払って願いを叶えるスキル持ちなんだがねェ。いつもはフェイに算出された無機物だけを食わせていたんだけど……」



 ツルッパゲの探索者シーカーの表情が引き攣る。


 命の値段がついた彼は、ユーリの餌になる他はない。

 何故なら、その為にフェイは彼の値段を算出したのだから。



「あばよ、禿頭。アタシの願いの礎になりな」



 ユーリはスキルを発動させ、銀色の散弾銃にツルッパゲ探索者を飲み込ませる。


 縦に割れて広がった銃口から風が起き、ツルッパゲの探索者が吸い込まれていく。絶叫が尾を引いて迷宮区内に響き渡るが、やがてそれさえも散弾銃の中に消えた。

 今回はツルッパゲ探索者のみを算定したので、彼が身につけていた装備品はその場にゴロゴロと転がる。あとで値段を算出すれば、それさえも願いの足しになる。


 ツルッパゲ探索者を飲み込んだ銀色の散弾銃を担ぎ、ユーリはそのお供と奴隷に目をやる。



「さて、アンタたちはいくらだろうねェ?」



 その一言で、彼らは揃って上擦った悲鳴を漏らして命乞いをした。

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