外れスキル【鑑定眼】を持つ俺、美人な女探索者と組んで世界最強の弾丸に!?

山下愁

第1章:迷宮区【アクアフォール】

第1話【美人なご主人様の弾丸になる】

 スキルというものがある。


 五歳になれば誰もが獲得するものであり、神官に見極めてもらう必要がある。

 貴重なスキルになれば良い学校や良い就職先が約束され、使い所のあるスキルを獲得すればその方面の道に進めばいい。そして外れのスキルを獲得した人間の末路は、



「フェイ・ラングウェイ。其方そなたのスキルは『鑑定眼』だ」



 神官に告げられたフェイのスキルは外れも外れ、大外れである。


 鑑定眼など使い所はなく、単に物の価値を見極めるだけに過ぎないスキルだ。成長すれば他人のスキルを判定することも出来るだろうが、それまでに成長できるだろうか。

 案の定と言うべきか、外れスキルを獲得したフェイは奴隷商人に売られることとなった。



「どうして、かあさん……どうしてッ」



 奴隷商人に引き摺られながら、フェイは母親に訴える。



「ごめんなさい、フェイ」



 対する母親は、冷たい視線を我が息子に突き刺しながら告げた。



「お荷物を育てる余裕なんて、うちにはないの」





 フェイと一緒に、錆び付いた檻に閉じ込められた子供は大勢いた。


 誰も彼もが泣きじゃくり、両親を恋しがり、檻を鳴らしながら「出して!!」と叫ぶ日々だった。その度に奴隷商人が子供の奴隷に鞭を打ち、黙らせた。

 売られた理由は様々だ。フェイと同じように外れのスキルを引き当てて、親に見限られた子供。単に生活の邪魔となった子供。金銭的に苦しく、泣く泣く奴隷商人に売られた子供。――聞いていたら、こっちの頭がおかしくなりそうだった。


 子供の泣き声が幾重にもなって響く牢獄の片隅で、フェアは雨水が溜まった水桶を抱えながら水面に映る自分の顔をじっと見つめていた。



「ぼくは、おにもつ?」



 水面に映る顔は、普通の五歳児と比べるとやつれて見える。


 燻んだ色の金髪はボサボサで、長い前髪の隙間からは忌々しい青の双眸が覗く。この瞳に宿されたスキルのせいで、フェイは母親に捨てられたのだ。

 それならいっそ、この眼球を抉り取ってしまえば、また母親に愛して貰えるだろうか……?


 水桶から顔を上げたフェイは、鉄格子の向こう側に落ちていた硝子の破片を見つける。あれで眼球を潰してしまえば母親に会える――そう信じて、小さな腕を目一杯に伸ばして硝子の破片を掴み取った。



「へへ、まさかこんな上客に来ていただけるなんて、夢にも思っていませんでしたィ」


「いいからとっとと案内しな。アタシは無駄な時間が大嫌いなのさ」


「へ、へい」



 鉄格子の向こう側から、子供の泣き声以外の声が聞こえてきた。


 客に媚びる為の猫撫で声は奴隷商人、そして妙に張りのある声は客のものだろうか。奴隷商人が揉み手をしながら商売をするのだから、とびきり金払いのいい客なのだろう。

 まずい、奴隷商人に硝子の破片の存在が知れたら鞭で打たれてしまう。奴隷商人の鞭はとても痛いので、フェイは殴られない為にも硝子の破片を慌ててボロボロの衣服の内側に隠した。



「それでお客さん、一体どんな奴隷がお望みでェ?」


「アンタのとこの商品に、鑑定眼持ちの子供の奴隷が入荷したって聞いたよ。ソイツはもう売れちまったかい?」


「へ? あの外れスキルのガキですかい。いやァ、まだ売れ残ってますけど……お客さん、外れのスキル持ちなんざ奴隷に買っても荷物になりやすぜ」



 奴隷商人の『荷物』という言葉に、フェイは知れず傷ついた。


 母親にも同じ言葉を言われた。同じことを言われて、奴隷商人に売られてしまった。

 そんなに負担をかけるような子供だったのか、とフェイは泣きそうになった。確かに母親には我儘を言って迷惑をかけたこともあるが、それでも愛情を受けて育ったと思い込んでいた。


 所詮、外れスキルを持っているフェイは誰かのお荷物になるしかないのだ。



「いいんだよ、早く出しな」


「へ、へい」



 客に急かされて、奴隷商人はフェイを閉じ込める檻の鍵を開ける。


 奴隷商人の太い腕が伸びてきて、フェイの細い首根っこを掴んだ。抵抗すればそれだけ鞭打ちが酷くなるので、フェイは抵抗せずに狭い檻から引き摺り出される。

 この時に抵抗して何度も殴られ、何度も蹴られた子供の奴隷を見送ってきた。彼らの二の舞になるのは嫌だ。


 薄汚い奴隷商人に乱暴な手つきで引っ張られたフェイは、客の前に荷物のように突き出される。



「こいつでさァ」



 フェイは顔を上げ、客の顔を見やる。


 目が覚めるほどの美人だった。

 こんな奴隷を押し込んだ薄暗い空間など似つかわしくない華々さと、誰もが振り返るような浮世離れした美しさが同居していた。


 透き通るような長い銀髪に、夕焼け空を流し込んだかのような色鮮やかな赤い瞳。淡雪の如き張りのある肌を、まるで水着のような露出度の高い衣装で包み込んでいる。豊かな胸の谷間や縦長のへそ、括れた腰が大胆に晒されていた。

 太腿でザックリと切られた洋袴に踵の高い長靴を合わせ、華奢な肩からは装飾品がこれでもかとつけられた外套を羽織っている。その外套の袖には腕章が縫い付けられ、色は白金で翼を広げたドラゴンの紋章が刻まれていた。


 その腕章の意味は、この世界で最も有名な職業に属する人間であること。

 そして腕章の色が示すものは、その職業に於ける頂点に立つ人間であること。


 ――探索者シンカー、それも頂点の階級である『SSS級探索者』である。



「へえ、アンタが鑑定眼持ちの子供かい? なかなかいい面構えをしているじゃないか」



 銀髪の美女はフェイを品定めするかのように観察し、



「決めた。コイツを買うよ」


「お、お客さん。本当にいいんですかい? こんな荷物にしかならねえようなガキを……」


「あ?」



 美人が出したとは思えないほど低い声を出した彼女は、



「アンタは何か勘違いしているかもしれないけど、アタシにとって鑑定眼なんてまさにお宝さ。それ以上に素晴らしいものなんてないだろう?」


「で、でも」


「あーあーあー、分かった。アタシが如何いかに鑑定眼を欲しがっているのか、実証してやろうじゃないかい」



 美人な探索者は面倒臭そうに言うと、フェイの腹を指で示した。



「アンタ、腹に隠している物を出しな」


「……ッ」



 フェイは腹を押さえて、息を呑む。

 全く触れていないにも関わらず、相手はフェイの服の裏側に硝子の破片が隠されているのを見抜いたのだ。


 この硝子の破片を表に出せば、確実に奴隷商人から殴られる。痛い思いをするのは嫌だ。



「大丈夫さ。如何にアンタが使えるかの実験さね」



 探索者はそう言って笑うと、



「出しな」


「…………」



 フェイは女の言葉に従って、服の裏から硝子の破片を取り出す。


 奴隷商人は黄ばんだ眼球を剥き出しにして怒りを露わにするが、女性に目線だけで制されて黙り込んだ。

 確かに痛い思いはしなかったが、これを果たしてどうするのか。


 女はフェイの持つ硝子の破片を見やると、



「その硝子片に、値段はついてないかい?」



 フェイは硝子の破片に視線を落とす。


 彼女の言う通り、フェイの視界には硝子の破片の値段に該当する数値が見えた。

 その数値はとんでもなく低く、もはやゴミと呼んでも差し支えはない。それほど意味のないものだった。



「何ディールだった?」


「……一〇ディール」



 質問にかろうじて答えるフェイに、女は「なるほどね」と頷く。



「そこでコイツの出番さね」



 女が取り出した物は、銀色の散弾銃だ。


 この世界に於いて銃火器は威力の高い武器として浸透し、猟銃なんかも普通に売っている。ただ、その銀色の散弾銃は異様な雰囲気があった。

 部品の継ぎ目らしきものは存在せず、銃身に溝のようなものが刻み込まれているだけだ。あれでは分解して掃除することさえままならない。


 女は銀色の散弾銃をフェイに――フェイの持つ硝子の破片に向ける。



「食らいな、シルヴァーナ」



 その言葉が合図となった。


 シルヴァーナと呼ばれた銀色の散弾銃が、縦に割れる。まるでそれは生き物の捕食を想起させるおぞましい形に変貌を遂げたのだ。

 銃身の部分が縦に割れた銀色の散弾銃から風が吹き、フェイの持つ硝子の破片が吸い込まれてしまう。フェイすら頭から丸呑みできそうなほどの大きく開いていた散弾銃は、硝子片を吸い込み終わると元の状態に戻る。


 これにはフェイも、目を剥いて驚きを露わにした。フェイが一〇ディールと言ったあのゴミ同然の硝子の破片を食っただと?



「アタシはね、価値のある物を対価に支払って願いを叶えるスキル持ちでね。スキルを使うには莫大な金が必要なのさ」



 くるん、と引き金の部分に指を引っ掛けて散弾銃を回す女探索者は、



「アンタの鑑定眼は、物の価値を見極めるスキル――つまり、どんなに値がつけられないゴミでも、アンタの目にはいくらかの価値ある物として算出されるのさ」



 快活な笑みを浮かべて、女探索者はフェイのボサボサな金髪を撫でた。



「だから、アタシがそのスキルを上手く使ってやる。アンタが値段をつけて、アタシがそれを使う。――どうだい、外れスキルも使いようだろ?」



 初めてだった。


 外れも外れ、大外れを引いたとばかり思っていた鑑定眼のスキルが、まさか彼女の為に役立つなんて。

 どんなにゴミ同然でも、一ディールの価値さえあれば彼女が食らってくれる。フェイのスキルは、彼女の為に存在していたのだ。


 感動に身を震わせるフェイは、



「ぼく、おにもつじゃない?」


「まさか」



 女探索者はお荷物という言葉を即座に否定し、



「アンタはアタシの為に生きる弾丸さね。その目を使って、ゴミにも宝石にも値段をつけておくれ」



 呆然と立ち尽くす奴隷商人に「釣り銭は小遣いにでもしな」と大量のディール硬貨が入った財布を叩きつけた女探索者は、フェイの手を引いて悠々と奴隷商人の元から立ち去る。

 その足取りは軽く、鼻歌も奏でている。かなりのご機嫌な様子だ。



「あ、あの」


「何だい」


「おねえさん……ますたーのおなまえをきいてない」


「ああ、そうだった。良い買い物をしたから、すっかり忘れていたよ」



 長い銀髪を翻し、フェイの手を引く彼女はこう名乗った。



「アタシはユーリ・エストハイム、まだ成功者のいない迷宮区を踏破するのが趣味な探索者さ」

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