『くまがきたりてふえをふくくま』

やましん(テンパー)

『くまがきたりてふえをふくくま』


 『これは、幻想によるフィクションです。』



 核兵器や、生物化学兵器が世界中を飛び交った戦争のあと、都は、すっかり荒れ果てておりました。


 栄華を誇った、お金持ちさんや、政治家さんたちの豪華なお屋敷も、ほとんどが崩壊状態で、形を、もし保っていたとしても、内部は、ぼろぼろでした。


 大きなビルも、みな崩れ落ちて、ひたすら、巨大な廃墟となっておりました。


 巷には、正体不明の妖怪変化が歩き回り、とくに夜間は、とても外出できるような状況ではなかったのです。


 夜間に出歩くのは、タブーでした。


 残留放射能が、どのくらいあるのかも、わかりません。


 政府は崩壊し、地域ごとに自治組織のようなものは、ないこともなかったのですが、自治組織なのか、半強盗集団なのかは、微妙でした。かといって、もはや外部から侵略するものもなく、すべては、なすがままに放置されていました。


 生き残った人たちも、あとどのくらい生きていられるのかは、非常に悲観的な状態でした。


 しかし、住む人がまったくいなくなったのかというと、そうでもなく、どこからともなく集まった、居場所のない人々が、残された地下鉄の駅やトンネル内、そのほかちょっとした空間の隙間のなかに、ひっそりと暮らしておりました。


 もちろん、飲料水や、食料の調達は、それはもう大変でしたが、これも、世間の常ですが、それこそ、いったいどこから手に入れるのか分からないけれど、ここ、しばらく前から、なぜかそうしたものを配布する謎の存在が、あったのです。


 もっとも、経済は止まったままで、だれもお金も、物も、持っておりませんでしたから、支払いなんかできないのです。


 都会から脱出する人も多かったのですが、あちこち道路は寸断され、橋もなくなり、がれきが積み上がり、山は崩れ、大きなクレタ―が空き、移動自体が、命がけでしたし、どこも、似たような、ものだったようなのです。


 結局、あと戻りしてきた人も、たくさんいて、その恐怖の冒険物語を、語っていました。


 その、支援物資を運び込むのが、どこかの、まだ生きている地域の大富豪さんか、なにかの慈善活動家さんか、国際支援機関なのか、わからないです。


 かなりの遠くからやってきているのかもしれませんが、ぼくたちには、そこまで気を回す余裕さえも、なかったのです。


 報道機関も動いていないようですし、ラジオもネットも止まったままでした。


 なにしろ、当初から言われていたように、各国は、手持ちの核弾頭や化学兵器を、ありったけ無差別にばらまいたのです。


 結局のところ、他の誰かに支配されるなんて、がまんがならなかったのでしょう。


 

 ぼくは、もともと、ビルの中の地下室だったらしき廃墟に、住みこんでいました。


 たくさんの人が、実は回りにいたのですが、おたがい干渉はしたくなかったのです。


 今日も、昼間、ぼんやりとした空の下をふらふらと歩き、いつものちょっとした空き地に行きました。


 そこには、飲料水や、保存のきく食料品が、いまも、積みあがっております。


 いつ、どこから、誰が運んでくるのか、まったく誰も知らなかったのですが、そこを詮索する理由もないのです。


 無くなってきたら、またいつのまにか、補充されていますから。


 でも、ぼくは、気が付いていました。


 真夜中、人びとが、妖怪たちを恐れて引きこもっている時間、誰かが、笛をふくことに。


 毎晩ではありません。


 不定期的なのです。


 しかも、その音楽は、ドップラーさんの『ハンガリア田園幻想曲』だったり、ドビュッシーさんの『シリンクス』だったりしました。


 それが、なかなか、上手なのです。


 いったい、誰が、外出がタブーなその時間に、わざわざ、危険な戸外で笛を吹くのか。


 しかも、この笛が鳴ると、そのあと、食料などが、追加されるのだと、ぼくは、気が付いたのです。


 ぼくは、タブーなんて、いまさら気にしても仕方がない、どうせ長くはないから、とは思いながらも、生きているうちに、その正体を確かめたかったのです。


 といいますのも、ぼくも、笛を吹くからです。


 ぼくは、自宅から、古い笛と、母が作った、くまさんだけは、なんとか救い出し、持って来ていました。


 そこで、ある晩、また、例の笛の音がしたので、意を決して、真夜中の廃墟に出てゆきました。


 空は、異様に発光しているようでした。


 大気中に、なんらかの物質が漂っていて、光を放っていたのだとは思いましたが、そんなことが何を意味するのかは、わかりません。


 一旦、演奏は止まりました。


 用心しながら、潜んでいると、ほどなく、その音は再開したのですが、今夜は、大バッハさまの『無伴奏フルート・パルティータイ短調』でした。


 『むむむう。いたい、誰なんだろう?』


 恐怖心よりも、好奇心の方が、やはり強かったのです。


 あまり遠くではなく、特に妖怪変化とか、そういうものには、実際出会わなかったのですが、ぼくは、薄明るい廃墟の中の、ちょっと小高くビルの残骸が持ち上がっている場所に、黒い影がいるのに気が付きました。


 影からは、その右側に、あきらかに、笛だとわかる、棒状のものが伸びていました。


 そうです、これが、笛の主でしょう。


 ぼくは、自分の笛を組み立てました。


 そうして、同じ曲を吹き始めたのです。


 そうすると、相手の笛は、ぴたりとやみました。


 ぼくは、まず、最初から、第1楽章の最後まで吹きました。


 すると、その影が、第2楽章を続けて吹き出したのです。


 『おわ。通じたぞ。』


 うれしくなったぼくは、その影と、交代に演奏したのです。


 あの、神秘的な『サラバンド』の部分は、相手方が吹きました。


 たいへんい、深い、良い演奏です。


 最後の楽章は、ぼくが吹きました。


 ここは、非常に演奏が難しい音楽なのですが、また練習もしていないので、かなりぎたぎたにはなりましが、なんとか、最後のAの音を吹き終えたのです。


 むこうの影が立ち上がりました。


 ぼくは、感激しながら、近づいてゆきました。


 そうして、そこにいたのは、あの、ひとくま、だったのです。


 『お久しぶりです。こうしていたら、必ず、あなたに出くわすと思た、くま。お手紙の住所からしたら、このあたりだろうと、踏んだくま。』


 それは、かつて、地球から追放されたときに知り合った、あの、みためくまさんでした。


 『地球がピンチと聞き、村のみんなで、支援に来た、くま。いま、放射能除去のために、特殊な物質を地球中に撒いているくま。』


 

 あの後、地球人は、いったん、宇宙ごきの支配から、自治権を回復したのです。


 しかし、結局、地球人は、また戦争を、したのです。


 あきれた宇宙ごきからも、ついに、見放されたらしいのです。


 でも、みためくまさんたちだけは、支援をすることに決めたようです。


 『おたがいに、助け合い、尊重し合って、はじめて平和になると、ぼくらは確信したくま。あなたに教わった笛だくま。会えて良かった、くま。』


 ぼくらは、再び、握手したのです。


 空の輝きは、少し、増したような気もしました。




  ***************** 🚶‍♂️ うつ **********


                     おしまい





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『くまがきたりてふえをふくくま』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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