俺には幼馴染感が無いらしい

月之影心

俺には幼馴染感が無いらしい

正也せいやくん。」


 部屋で寝そべって漫画を読んでいると、突然ドアの方から名前を呼ばれた。


「え?……って椿つばきか……どうしたの?」


 椿は隣の家に住んでいる同い年の幼馴染。

 肩に掛かる艶々の黒髪で前髪は眉毛の少し下で真っ直ぐに揃えていて、大きな目と長い睫毛、通った鼻筋とぽってりした唇が続く……要するに可愛い。

 『可愛い子』というのは小さい頃から思っていて、一緒に遊ぶ機会も多い中で椿を『一番大事な友達』に位置付けていたのだが、高校生になるかならないかくらいの頃から、所謂『女性らしい体つき』にもなったように見えてきて、思春期というのもあって意識するようになったのかもしれないけど、何となく椿を異性として見るようになっていた。

 そして俺は椿に告白して付き合う事になり、今も仲の良い彼氏彼女だ。


 椿はまるで自分の部屋のように俺の部屋に入って来て、寝そべった俺の足元にペタンと座った。


「正也くん。」

「どした?」

香澄かすみ博人ひろと君って幼馴染なんだって。」


 いつもながら脈絡の無い話題の切り口だがもう慣れた。

 ついでだが、『香澄』は椿の親友で、『博人』は俺の親友だ。

 4人で遊んだ事も少なくはない。


「あ~そういやそんな事言ってたな。」


 俺は漫画に目線を戻して椿との会話を続ける。


「でもあの二人って付き合ってないんだよ?」

「そうだな。」

「どうして?」

「へ?どうしてって……知らんよ。」

「だってあの二人、傍から見てもすっごく仲良くってさ。香澄なんか毎日博人君と一緒に登校したりお弁当作ったりしてさ。何か理想の幼馴染って感じだよね。」

「理想の幼馴染って何?」


 ちらっと椿に目線を移すと、くりっとした目を上に向けて顎に人差し指を当てて何かを考えているような顔をしていた。


「それはこう……仲良くて女の方が世話焼きで好き好きアピールしまくってるのに男の方は気付いてるのか気付いていないのか分からない態度だったり、そんな男の方にある日ラブレターが届いてそれを知った女の方がやきもきしたり……」

「何だそのエロゲ?」

「エロゲじゃない!ってエロゲがどんなものか……私は……知らないごにょごにょ……」


 若干顔を紅くして顔の前で指をもそもそと動かしている椿。


「そうじゃなくて!何て言うの?私たちって香澄たちみたいな『幼馴染感』が足りなくない?」

「オサナナジミカン?何それ?」

「分からない?私と正也くんも幼馴染ではあるんだけど、香澄たちのようなドキドキと言うかハラハラと言うかキャッキャウフフと言うか……そういうのが無いとは思わないかね?」


 椿は俺を指差して勢いよく言った。


「え?何?椿はもっとドキドキハラハラキャッキャウフフしたいわけ?キャッキャウフフならいつでもするけど。」

「それは……また今度……じゃなくて!」


 俺は漫画を床に置くと体を起こして小さく伸びをした。


「要するに刺激が足りないって言いたいの?」

「それだ!」


 椿の表情がぱぁっと明るくなる。


「でもなぁ……刺激っつっても俺も椿もこれと言って秀でた事なんか無いじゃん。強いて言うなら椿は可愛くてスタイル良くて俺という彼氏が居るのに告白されまくるくらいだろ。」

「強いて挙げた所って彼氏なら大問題な事だと思うんだけど、何で正也くんは平気なわけ?」

「え?だって誰から告白されても椿は断るだろ?」

「当然よ。」

「断るの分かってるなら誰から告白されても平気じゃん。」


 今度は前髪に隠れた眉毛を逆ハの字にして俺を睨んで来た。


「それよそれ!」

「どれ?」

「何そのよゆーは!自分の彼女に何処の馬の骨かも分からない輩が声掛けて来てるのに何でそんなに余裕かましてるのよ?」

「そりゃあ椿を信じてるから……だろ?」


 一瞬、椿の顔がふにゃっと崩れるが、次の瞬間にはまた眉を逆ハにして睨んでいた。


「正也くんが私を信用してくれているのは嬉しいけどね。だからよ!だから私も正也くんもドキドキハラハラしないのよ!」

「どうしろってんだ。」

「逆は無いの?正也くんが誰かからラブレター貰ったりとか。」

「今の時代にラブレターなんか書く奴いる?」

「いいから!普通、幼馴染の男の方って言ったら活発でクラスの人気者で言い寄る子の一人や二人居て……そして極め付けは最も近い存在の幼馴染の気持ちにどんなアピールをしても気付かない『鈍感』ってのが相場じゃないの?」


 俺は椿の方に体を向けた。


「だから何のエロゲだそれ?」

「エロゲじゃないってば!」


 椿ははぁっと大きな溜息を吐いて肩を落とした。


「つまり正也くんが活発でもなくクラスの人気者でもなく言い寄る子が一人も居ないのに私の気持ちをあっさり見抜いて即座に行動に移す……普通の幼馴染男子の真逆なのが問題なの。」

「ディスってんのか何なのか分からん言い回しだけど、それを言うなら椿だって問題あるだろ。」

「私?どこが問題なのよ?」


 俺はベッドの縁にもたれかかって天井を仰いだ。


「まずさっき言ってた『世話焼き』な。朝は弱いし洗濯機も掃除機もまともに使いこなせないし料理も俺の方が上手いのに何の世話を焼いてくれるんだ?」

「ぐっ……」

「それから『好き好きアピール』?アピールも何も、椿は感情が顔にすぐ出るんだから椿の事を長年見ていればすぐ分かるよ。」

「ぬっ……そんなに顔に出てるかなぁ?」

「出てる出てる。それを無視するのも気の毒だし、分かってるならこっちから動いた方が早いじゃん?」

「むぅ……」


 椿が難しい顔をして唸る。


「と言う事で、俺も椿も平凡オブ平凡なカップルって事だ。」

「むぅぅ~……でもやっぱり刺激は欲しいよぅ……」


 今度は困ったような情けないような表情に変わる。

 本当に椿はコロコロと表情が変わるから飽きないんだよな。


「そうだ……椿ちょっとこっち……」


 俺は椿に人差し指でちょいちょいとこちらへ寄って来るように言った。


「何?」


 椿が顔を寄せて来た。

 俺も椿に顔を寄せてそのままの勢いで唇を軽く触れさせた。


「ふぇっ!?」


 唇が触れた瞬間、椿はその大きな目を更に大きく見開いて顔を離し、口を両手で隠すようにしながら体を引いた。


「な、なななな何で今……キス……した?」

「刺激が欲しいんだろ?」


 見る見る椿の顔が赤く染まっていく。


「そそそそそうだけど……」

「ダメだった?」

「だ、ダメなんかじゃ……なくて……」

「ん?」

「ううん……その……びっくりしただけ……」

「そか。刺激になったみたいで何よりだ。」


 顔を真っ赤にして口元を緩ませた椿が上目遣いに俺を見ていた。


「何?まだ不満?」


 俺の問い掛けに、椿は顔を伏せて言った。


「だから正也くんは……幼馴染感が足りないんだよぉ……」

「悪かったな。」


 そして椿は顔を伏せたまま俺の首に腕を回して抱き付いてきた。


「でももういいや。そんな正也くんだから好きになったんだもん……」


 いつになく可愛らしさ倍増の椿に、俺の心臓も大きく跳ねていた。

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