プレミアムギフトカード

Jack Torrance

第1話 僕とミズ マカリスター

僕は先天性脊髄損傷から物心付いた頃から車椅子生活を余儀なくされている。


今年で22歳になったが僕は就業に就く訳でもなくのんべんぐらりと生きている。


両親とは折り合いも悪く険悪な仲だ。


これは一概に自分の人間性に多いに問題があるとは自覚しているが決してその旨は口外なんかしたりはしない。


僕は嫌気が差して家を出る事にした。


しかし、今まで何一つ自分でやってこなかった自分に何が出来るっていうんだ。


僕は障害者に携わるケアマネージャーに相談してヘルパーを利用して一人で障害者年金でやっていけるくらいの悠々自適な生活を選んだ。


家賃280ドルの狭いワンルームにひっそりと過ごすようになった。


口うるさい両親とも離別し楽しい日々が僕を待ち受けてイル。


引っ越してから翌日。


ヘルパーステーションからヘルパーの老婆が派遣されて来た。


自己紹介をした。


「どうも、ジェレミー ドワイトです」


老婆のヘルパーは前歯の金歯をキラリと覗かせて爽やかとは程遠いスマイルで応対した。


「ども、ヘルパーステーション豊かで楽しいオールドライフからやって来たサラ マカリスターと言いますだ。今年で72になりますただ。先月、50年連れ添ったクソ亭主が死みますただ。酒にギャンブル、あのクソ亭主はビタ一文残さずに死んじまったもんで未だにあたすはこうやって働かねばなんねえだ。ミズ マカリスターとでも呼んでケロ」


僕が豊かで楽しいオールドライフを満喫してる頃には、この老婆は天に召されているだろうなという不謹慎な考えが脳裏を過った。


こうして僕とミズ マカリスターとの奇妙な交流は始まった。


ミズ マカリスターはミスの多い人だった。


今日はタオルを洗う日なのに洋服を洗ったり頼んだ買い物も頻繁に間違える始末だった。


僕はそんなミズ マカリスターに嫌気が差していた。


ミズ マカリスターと出会い半年が経過しようとしていた。


僕はミズ マカリスターに対して仏陀の境地で忍耐力を発揮し自分自身を誉めそやし、きっと近い内に良い出来事に遭遇するなという予感があった。


そんな時だった。


コロナウウィルスが爆発的な感染力で世界を席巻していた。


自粛ムードは高まり世界はカオスと化していた。


そんな中、僕が住むコロラド州アラパホ郡リトルトンでは少しでも消費を促し小売店や商店を救済しようとプレミアムギフトカードを自治体が販売し始めた。


100ドルで購入して120ドル分買い物が出来るというシステムだった。


つまり20%多く還元されるという事だ。


リトルトンでは12万ドルの予算を組み販売を開始した。


一人100ドル分しか購入出来ず応募ハガキ一通でしか応募出来ず違反した者は購入権を失い応募が予算額を上回れば抽選という仕組みだった。


12万ドルの予算。


つまり1000人の当選枠に対し応募して来た人数は30万人を超えていた。


文字通りのプレミアムギフトカードとなってしまった。


僕は応募した。


その話しをミズ マカリスターにした。


「あたすも応募しますただ」と返答があった。


どうやらミズ マカリスターも足りない脳味噌で応募したらしい。


そして、抽選の日がやって来て当選者には購入引換券の発送をもって通告するようであった。


僕のところには引換券が送って来た。


当たった、当たった、ヒャッホー!


たかが20ドル、されど20ドル。


少ない障害年金の僕には渡りに船のような朗報であった。


僕は走れないがクォーターバックからパすを受け取り敵陣深くに切り込んで行きタッチダウンを奪ったワイドレシーバーのような気分に浸った。


僕は幸福感に包まれた。


まるで人生の勝者になったかのように。


僕は早速プレミアムギフトカードを購入しに行った。


そして、翌日。


僕はミズ マカリスターに尋ねた。


「ミズ マカリスター、プレミアムギフトカードは当選しました?」


ミズ マカリスターは下向き加減で無言で首を振った。


まるで針にかかった大物の大魚を取り逃してしまったかのように。


僕はミズ マカリスターの眼前でプレミアムギフトカードを親指と人差し指で摘みひらひらとちらつかせた。


「おんやまー、ぶったまげただ、当たったんでけろ」


ミズ マカリスターは羨望の眼差しで僕を見た。


「30万人以上が応募して僕は当たったんですよ。文字通りのプレミアムギフトカード。5年、いや10年くらいしたらプレミア価格で500ドル、いや1000ドルくらいの値打ちが出るとお思いますよ。もしかしたら、それ以上の価格で転売されてるでしょうね。ミズ マカリスター、あなたでしたら200ドルでお譲りしてもいいですよ」


ミズ マカリスターは目を輝かせて言った。


「おんやまー、そんな事があるでけろか。昨日、あたすは給料日でちょと財布が膨らんでるんだけんども。ほんとに200ドルでいいんでけろか」


僕は心の中でミズ マカリスターを嘲笑した。


この間抜けでがめつい強欲ババアめが。


まんまと食いついて来た。


ウヒヒヒヒッ。


僕は内心では抑えきれない笑いを噛み殺しながら表情を崩さずに言った。


「いつも、お世話になっているミズ マカリスターですから200ドルでいいですよ。僕の友人は300ドル出してもいいって人までいたんですからね。ミズ マカリスター、いや、こう呼ばせていただきたい。心の友と。ミズ マカリスターですから僕も快くお譲り出来るってもんですよ」


ミズ マカリスターは頬を紅潮させながら財布を取り出した。


そして、200ドルを僕に手渡しながら言った。


「いやー、おめえさん、済まねえだ。ありがとけろ、ありがとけろ」


ミズ マカリスターは何度もお辞儀しながら言った。


僕はほくそ笑んだ。


ククククク。


しめしめ、80ドル騙し取ったぞ。


ククククク。


ククククク。


50年後……人工透析室にて


現在、僕は72歳になっている。


自分の歪んだ人格は10年、20年、30年、40年、そして今現在と経っても矯正されずに生きて来た。


既に両親は他界し、兄弟姉妹がいない僕は一人寂しい鰥夫暮らしで惨めな老後を送っている。


何が豊かで楽しいオールドライフだ。


昔夢見た楽しい老後は絵空事に終わった。


好きな物を食らい酒に溺れ自堕落で怠惰的な人生を送ってきた僕に待ち受けていた末路は人工透析室。


糖尿病を発症し、それでも自制しきれなかった僕は腎臓も患った。


週に3日から4日。


この人工透析室に通っている。


身体は浮腫み、顔色は血色は悪くもう死んでもいいかなと自分でも思っている。


身体がだるい。


それに加えて塩分やカリウムなどを考慮した食事制限。


アルコールなんて論外だ。


こんなクソったれな惨めな末路に生への希望をどうやって見い出せというのだろうか。


僕は透析室のベッドに横たわり透析を受けながら天井部に設置されているテレビのモニターでニュースを見ていた。


CNNの看板女性ニュースキャスターのモニカ キャンベルがモニターに映し出された。


彼女は知性的でハリウッド女優のように綺麗だ。


この女とファック出来たら僕は明日死んでもいいなと思った。


モニカが言った。


「では、次のニュースです。昨日のサザビーズのオークションでとあるギフトカードに驚くべき値段が付けられました。それは、今から50年前のコロラド州アラパホ郡リトルトンで自治体が発行したプレミアムギフトカードです。出品されたのは現在、世界最高齢で122歳になられますサラ マカリスターさんです」


そこには車椅子には乗ってはいるものの僕よりも顔色の血色が良いミズ マカリスターが映し出された。


もう言語は発しきれないようになってはいるようだが、にこりと笑った際には全ての歯が金歯できらりと輝いていた。


モニカがニュースを続けた。


「マカリスターさんは全て金歯ですが全部、自前の歯だそうです」


僕は50歳年下だが総入れ歯になっていた。


モニカが続ける。


「このコロラド州アラパホ郡リトルトンの自治体が発行したプレミアムギフトカードに500万ドルの値を付けて落札された方はサウジアラビア首長国連邦のアハメッド ムハンメド王子であります」


僕は目ン玉と心臓が飛び出た。


「それではムハンメド王子のインタビューをお聞きください」


映像が褐色の肌でいかにも健康的なムハンメド王子に切り替わった。


「やあ、全世界の良い子にしてるちびっ子のみんな。こんなプレミアムギフトカードになんで500万ドルの値打ちが付くのって思っているだろう。私からも尋ねたい。バンクシーの落書きに何であんな値打ちが付くのかい?そう、答えは簡単。この世にはその人にしか理解出来ない価値観ってものが存在するんだよ。ミズ マカリスターを見てご覧。このプレミアムギフトカードに価値があると思って肌身離さずに、ずっと大事に仕舞ってたんだよ。ミズ マカリスターは介護施設での費用に困ってこれをサザビーズに出品したんだ。私はそれに見合った正当な価値を付けただけなんだよ」


ここでミズ マカリスターの映像に切り替わった。


ミズ マカリスターは言葉は発しきれないが僅かに筆談は可能なようであった。


震える手でスケッチブックに書き込んでカメラの前に示した。


そこには、こう書かれてあった。


〈ありがとけろ ムハンメドさん、そして、ドワイトさん〉


僕は泣いた。


僕に生きる資格なんて無い。


自責の念が僕にそう思わせた。


僕は自分の身体につながれている透析のチューブを引き抜いた。


引き抜いた箇所から噴水のように吹き出す大量の血液を見つめていた。


薄らいでいく意識。


僕は静かに目を閉じた。


自分が仕出かしてきた行為を恥じ入り、ミズ マカリスターに謝罪しながら…

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