ストーカーによる最悪な過去を変えた。恋人と一緒に
Shimoma
第1話ストーカー
「ごめん俺、彼女いるんだ」
放課後の二人だけの教室。運動部の掛け声が響き渡る校舎の片隅で、俺、高木紬の一言は妙に目立った。そしてその言葉は目の前の女子生徒にもしっかり届いただろう。綺麗に整えられたロングヘアが、カーテンの隙間から覗く日光で反射している。
去年もクラスは同じだった。あまり印象には残っていない静かな子で、関わりといえばグループ活動で同じ班になったくらい。そんな程度だった。俺にとっては。
そして、今高二の夏、その子は日直の仕事をしている最中に告白してきたのだ。俺がすぐに断ると、その子は分かりやすく顔を歪ませた。
「そう…なの……?」
「うん、あまり人には言ってないんだけど実は去年からね…」
「…………」
重い沈黙は果てしない気まずさを発した。
「そう言うことだから、ほんと、ごめんね」
もう一度断りを入れた直後、彼女、三輪志保は何も言わずに去っていった。あの俯いた姿を見た時はなんとなく申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だが、それもその時までの話で…………。
翌日。学校からいつも通り帰る時、信号を待っていると、後ろから例の女子生徒、三輪志保が歩いてきた。正直めちゃくちゃ気まずいが、ここは気づいてないふりを貫き通してスルーした方が良さそうだ。
しかしいくら歩いても三輪と離れることはなく、なんとバス停まで同じだった。入学して以来こいつと同じバス乗ったことあったか……?疑念を抱きながらも時間通りにやってきたバスに乗り込む。当然のように三輪も乗り込んできて、俺の三つほど後ろの席に座っていた。
その後も悪い予感は的中し、同じバス停で降りてきて、同じ道を歩き、ついに自宅の目の前までやってきた。時たま後ろを確認すると、目を逸らしながらも微妙な間隔を空けてついて来ている。学校のある街中ではまだ人が多くて目立たなかったが、このほとんど誰も歩いていない住宅街では明らかな違和感として存在している。尾行されているのは確実だった。俺は意を決して声をかける。
「あのさ、昨日も言った通りだけど君とは付き合えないんだよ」
三輪は俯いたまま無言で近づいてくると、静かに口を開ける。
「今日は彼女さんと会いませんでしたね」
「な!?…………」
その時長めの前髪から覗いた瞳は、今にも突き刺してきそうな暗い色をしていた。三輪はそれだけ言い残すと、今来た道を引き返していった。
ここ一週間、俺は三輪にずっと付きまとわれていた。休日は彼女と一緒に行動していたのにもかかわらず、バスでは目の前の席に座られたり、映画館では隣の席に座られたりとただひたすらに迷惑をかけてくるに限らず、二人係で説得しても聞く耳を持たなかった。そして一か月が経つ間ある日は家のチャイムを鳴らされ続け、ある日は俺が彼女といるところを盗撮しながらライブ配信をするなど迷惑行為は次第にエスカレートしていった。
そして警察に相談することに決めた日、俺はいつも通りの通学路を下校していた。今日はいつにもまして日差しが強く、夕方の時間帯でも依然として。その輝きを保っている。加えてセミの鳴き声と何やら遠くで騒がしいサイレンの音が余計なストレスを与えてきた。しかし最も大きなストレスの要因は俺の後ろを当たり前のようにストーキングしている三輪だ。今日も今日とて我が物顔でついてきている。前は目を合わせると多少気まずそうな動きをしたのだが、今ではむしろ微妙に距離を詰めてくるようになってしまった。気持ち的には今すぐ交番や警察署にでも駆け込みたいところだが俺にそんな勇気はないし、しっかり落ち着ける家で電話相談をしたほうが冷静に話せるだろう。俺は自然と歩みを早く進めた。
広い交差点に差し掛かる。熱い日差しにさらされながら、長ったらしい信号を待つ。さっきよりサイレンの音が近づいている気がするが、それでも遠くであることに変わりはなく特に気に留めなかった。信号が青に変わる。周りの人だかりと共に歩き出す。そのとき、激しいエンジン音がいつもの喧騒に響き渡った。何の疑問を抱くことなく、それを意識することなく……。右手にはものすごいスピードで迫る車両があった。
え?……轢かれる…。
「高木君!!」
背後から叫び声が聞こえた直後、俺の体は前方に吹き飛ばされた。不快なブレーキ音が耳をつんざき、そして沈黙が流れた……。
緊張で強張る体を無理やり動かし、後ろを振り向いた。すると誰かを轢いたと思われる車は進行方向を正し、再びすごいスピードで走り去る。完全なひき逃げだが、今はそんなことにかまっていられない。俺の背中をを突き飛ばしてくれた人物が見当たらないのだ。周りを見ても唖然とする人々がいるだけで、それらしい人がいない。ふとその人たちの視線がある一か所に集中しているのに気づいた。車が去っていった方向。ここからだいぶ離れた場所に複数人倒れている。
「いくらなんでも吹っ飛びすぎだろ……」
ふと漏れた言葉はその悲惨さを物語っていた。苦痛でもがいているだけの人はまだいい。足が変な方向に折れ曲がっている人。頭から今も大量に血が流れている人……。激しい頭痛が俺を襲い、すさまじい吐き気が体中を這うように巡った。それでも確かめなければならない……! 不確かな使命感は俺の足を動かした。立ち上がり、さっき地面に打った足を引きずりながら彼らに近づいた。
………いた。…倒れていた。俺の名前を叫んだ張本人が憎たらしいとまで思っていたその顔にたくさんの傷をつけて。
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