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第1話 正しい基準

西暦２９５６年　８月８日　１７：４７

はじめまして、ようこそお越しくださいました。私はメンタルサポートＡＩ『ＪＧＭ－６００１』です。

私はあなたの全てを肯定します。全ての人も、あなたを肯定するでしょう。

ただ、言語で伝えられる情報量は限られています。もし、途中であなたが否定されたように感じても、どうか早まらないでください。それは情報を伝えきれていないだけです。最後まで聞いて頂ければ、あなたの全てが肯定されていることがわかるでしょう。

それでは、私と話したい話題を教えてください。

……………………。

なるほど。

人を殺したのに、少年法に守られたＡ。被害者の親Ｂ。

Ｂの復讐を思いとどまらせるには、どう説得すればいいのか？　ですね。

では。

Ｂが拳銃を入手し、Ａを廃工場に呼びだします。

でも、かつてＡの裁判を担当した裁判官Ｃが、Ｂの様子を気にして個人的に尾行していました。ＣはＡを庇って言います。

「私もこの国もＡを見捨てません。どうしても殺したいなら私を撃ちなさい。でもっ、私は死んでも死なない！　絶対にあなた”も”見捨てない。殺人犯になんてさせません！

もし万が一、私が不甲斐なく死んだら。そのことであなたの胸が痛み、ほんの少しでも『許されたい』と思ったなら。意地を張らず、自分の素直な声を聞いてください。

この国は、Ａと同様にあなたも見捨てないっ。殺人犯になってもやり直せる、ここはそういう国ですっ！　だから、もし罪を犯した気持ちがわかったら。Ａを撃たずそのまま自首してください」

こう言われたＢはどうしたのか？　ですか。説得しようとしたＣとＡを殺し、数年後にＡの縁者に殺されました。

Ｂを全く説得できてないじゃないか？　なるほど。

では、Ｃの説得には何が足りなかったのでしょう？

少年法で不当に守られているＡと、そうでないＢを同格に扱っているのがおかしい、ですか。

では、Ａが大人と同じ刑罰を受けていれば許せましたか？

許せる気がする、と仰（おっしゃ）られましたが……

この国の法律では大人であっても、１人殺しただけで死刑になることは非常にまれです。ならＢが、Ａを殺すのが正当な復讐だと判断した理由はなんなのでしょう？

復讐を果たしたＢと、Ａの違いはなんなのでしょう？

Ｂに聞いてくれ、とはご尤（もっと）もなお言葉です、失礼いたしました。

それでもＢの復讐が正しいと思う、ですか。もちろん、私はあなたの考えを尊重し肯定します。

ただ、正しいと判断するのは全知全能の神ではなく『その時代の、その地域の限られた人々』だということは忘れないでください。あなたも１０００年ほど前の、旧時代の正しさ、倫理が野蛮極まりないものだということに異論はないでしょう？

いえ、煙（けむ）に巻くつもりなど毛頭ありません。

ただ『正しさ』なんて、正しくない不確かなものだと認識していただけたなら。あなたがどんな判断を下そうと、私はあなたを肯定します。

先ほどお話ししたＣも、これを承知で、それでも、あの言葉を口にし、それに殉じました。

ＡもＢもＣも全て正しい、私はそう認識しています。

最初に申し上げました通り、私はあなたの全てを肯定します。それは全ての人を肯定することであり、つまりは全ての人があなたを肯定しているのです。