見えることは別に便利なことではない

 子供の頃、明日突然先生が出す算数のテストの内容を見た。

 国語のテストの内容も見たし、理科の授業のテストも

 長じた今、人生を振り返る中で改めて考えると便利だったかなあ?みたいな気持ちは明確に分断されているな、と思う。

 外れたことはない、と言うことはまあ事実なのだけれど。

 どうしようもなく対応できないことが人にはあるのだと早々と知ってしまったと思う。体力測定の日に、走り出して転ぶ自分を私は転ばないように慎重に走り、そして突然足が固まり結局転んだ。理不尽だ、と思ったけれど見えた結果は変えられない、ようだとその時に気付き始めた。

 そして、それはそれとして実技が付きまとうテストはようになってなければ対応できない、と言うことも不変の事実であって。

 明日確実に起きる事をと言うのは上手く立ち振る舞える、程度の意味でしかないなあ……と振り返るたびに思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る