探索 弐

 祠の中を蝋燭の火が照らして、石に囲まれて古びた紙が置いてある。読める箇所を拾ってもその名前からしてかなり古い年代の名前であることは間違いない。そして知っている名前たち。

 あの婆さんが此処の存在を知らなかったはずがない。どうしてこれを見落としたのだろうか。

 矛盾する名前が二つ。この場に在ってはならない名前だ。巨大な穴がぽっかりと開いた山中。暗闇が支配する穴の中に光を照らしても、なにも映らない。

 それが何を意味するかは分からない。分からない。

 だが、一つ言えることはある。ここが元凶であることは間違いない。あの渦の呪いのようなものは此処から始まったのだろう。だとすれば違和感がある。

 この場所で捧げもの、生贄が支えられていたのであればもっと何かを感じるはずだ。悍ましいもの、恐怖を覚えるもの、近付き難いもの。カミサマなんてものがいるかは分からないが、相当な数の人間が此処に落とされ、命を落としているはずであり、それは恨みになって此処に残るはずだ。

 しかし此処も山と同じように抜け殻である。なにかの気配一つ感じることがない。

 此処を支配していたカミサマと一緒に全てどこかに飛び去ったというのか。





 ひび割れたガラス戸をこじ開けた。

 深い水の中にいるように息苦しく重い空気が纏わりつく。これは季節だけのせいではない。突き当りの見えない廊下。暗く、両脇を囲む部屋からいつ何時何かが飛び出してきてもおかしくない気配。そして異常なまでの荒らされよう。それは玄関から見える景色でもよく分かる。壁や廊下には穴が開いていて、扉は倒れ、踏み潰されている。

あの穴よりもこの一重家の方が色濃く何が残されている。此処は必ず探索せねばならない。

 廊下を真っすぐ進んで右側の部屋に入った。真っ二つに割られた座卓に、びりびりにちぎられた座布団。木材が突っ込まれたテレビも置いてある。もうほぼ体裁は成していないが辛うじて居間だと分かった。

 その向かい側の部屋に続く扉には、大きな食器棚が壁にもたれかかるように倒れていて、ガラスや食器がその下で粉々になっている。よく見れば更にその食器の下には無数の足跡も残っている。この先には無理矢理進んでも良いことはないだろう。徹底的に壊してやるという意思が溢れんばかりに支配している。

 それになりよりもここまで目ぼしいものはない。雑誌類すらないことから、調査時に全て回収されたのかもしれない。

 居間から出ると向かって右の廊下へ進む。此処に物が散乱していることはない。ただ左側は現状吹き曝しになっていて、雨による浸食や木の葉が多数見受けられる。端を歩けば危険であることは間違いない。庭には吹き曝しを防いでいた扉のような窓の残骸で錆びれている。

 そして廊下を少し進むと目的の部屋に辿り付く。座敷だ。一重家の祖父母が見つかったとされる場所。 

 ところどころは無事な畳もあるが、ほとんどの畳は腐っている。下手に踏み込んで足を取られれば危険なのは明白だ。その中でも奇妙なまでに黒く変色している部分が二つ。人型が微妙に残ってる。下半身のない二つの黒い染み。

 その上からは二つの縄が垂れ下がっている。あの報告書にはないものだ。

 しかしあからさまに首を吊った後のように見えるこの怪異を調査する者が見落とすだろうか。

 下半身の無い死体に、首吊りの形跡。

 首を吊った後に切り落とされようが、下半身を切り落とされた後に首を吊ろうが。どちらであっても奇妙な話でしかない。ただ一つだけ可能性はあるかもしれない。この現代において野蛮としか言えないが。

 つまりそれは、見せしめだ。

 誰かが二人を殺して、下半身を切り落として見せしめのために吊し上げた。しかし縄の劣化具合から見るに落ちたんだろう。そのあと、調査員に発見された。しかしだとすれば、余計に見落とすはずがない。彼らはあの穴に落とされて、生還している。あの穴から。

 この二人は捧げられたのにも関わらず、生還して此処で暮らしていた。そして此処の惨状。意図的に誰かが荒らしたように見える。

 だが、どうして、誰が、こんなにも荒らす?

 この辺りは登山客ばかりで不良も立ち寄らない。肝試しに訪れる人間がいたとしても此処まで荒らすことはしないだろう。

 誰かが意図的にこの場所を荒らさなければならなかった。

 一重家は、この村で最も古い。捧げものとして選ばれているところを見ると、裕福な家庭であったことも間違いない。火種であればそれぐらいしか思い付かない。しかしよほどの圧政でも敷かない限り、これほどの恨みも買わないだろう。捧げものとして選ばれている中で、そのような権利まで与えられるとは思わない。だとすれば、なんだ? 何が此処で起こった?

 その時が人影が見えた。

 奥の襖から誰かが覗いていた。この家を探っているものではない。ならば住んでいるものだろうか。懐中電灯で照らしながら、踏み外さないように座敷を渡る。

 奥の座敷には赤ん坊用のベッドが置いてあった。襖に隠れて見えなかったが、それだけ他に比べて綺麗なように見える。悟が使っていたベッドだと思うのだが、なぜか違和感を覚えてしまう。

 更に奥の襖を開くと中庭があった。荒れ果ててはいるが、この家の懐事情を示すような大きさの庭だ。

 その中に奇妙なものがあった。小屋だ。ボロボロだが、どこか生活感がある。人が住んでいる家とそうでない家の違いだろう。

 ゆっくり近付いて扉を開ける。

 小屋の中は見渡せる広さだ。階段も無ければ二階もない。この暗闇でも向こうの壁が見える。先程の誰かがいるかと思ったが、誰もいない。だが、明らかに此処で誰か住んでいたように思える。使い古されな布団が床やカップ麺の容器が散乱していた。まるで浮浪者が住み着いてしまったかのように思えるが、このようなところに住み着くとは考えにくい。

 そしてこの小屋の中で最も奇妙なのは赤ん坊用のベッドが二つもあること。そのベッドだけ妙なまでに綺麗にされていて、一際目立つ。

 手帳だ。中には何が書かれているのか。

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