探索 壱

 穴と一重家。

 私はマンションを後回しにして、まずその二つに向かうことにした。ただ、やはり穴は見つからなかった。なにか条件が重ならないと発見できないのだろう。そのような大きな穴が開いていれば、いくらなんでも大勢が気が付くはずだ。

 登山道自体は聞いた通り、綺麗に整備されていて手すりまでついている。普段着でも登れるほどだった。どうやら車用の道も別にあるらしく、頂上部には車がいくつも止まっていた。昼間は観光地のように賑わっていて、徒歩の登山道に関しては夕の五時には閉じられる。わざわざその時間を過ぎたあとに忍び込んでも意味はなかった。二日間の捜索を終えて、残りは山半分。

 三日目の夜、バイクを走らせて頂上へと向かった。

 徒歩の道も車道も獣の気配もない。人が多すぎるゆえにほとんど隣の山に追いやられてしまった、ということが原因だと推測するのは簡単だ。だが、本当にそれだけだろうか。不自然までに動物の気配がない。なにかに怯えて逃げたのとも違う。山自体がまるで抜け殻のように思える。

 登り終えて夜景を前に、マップを開いた。

 それはこの山を登る前から気が付いていたことだ。よほどの節穴でもない限りその位置関係に気が付かないはずがないだろう。

 この山、一重家のちょうど裏に存在している。

 山の半分は俺が捜索した部分。この部分に登山道は整備されている。逆に言えばこの部分だけが綺麗に整備されている。残りの山半分は手つかずのまま残され、それがちょうど一重家の裏部分だけがそのままだ。

 山の施設に刻まれた年号はかなり古い。つまりそのような時代からこの半分は手付かずになっていること。何が眠っていても不思議ではないということだ。

 私は頂上から下っていき、一重家を目指すことにした。



 暗い山を進む。

 ただやはり道はない。獣道ですら存在しない。これだけ森林が育っていれば動物が存在しても不思議ではないのだが、様子が変だった。

 暗い山を懐中電灯が照らすが、一歩踏み間違えれば返ってこられないような気もする。

 だが、私の視界がふっと開けた。道だ。

 ただの道、それも獣道程度であれば驚きはしない。だが、その道は全く様子が違った。綺麗に整備された登山道。それも反対側にある登山道より綺麗に整備されている。幅は広く、なだらかな坂道になっていて階段すら存在しない。年季の入った老人の足でも十分登れる道だろう。舗装されているわけでもなく、足跡のようなものも残っている。それに轍もあるが細い。四輪車のようだが車ではない。荷車だろう。

 この登山道が続く先は暗くて見えない。ただ、頂上に向かっていないことは確かだ。緩やかすぎる。このまままっすぐ行けば山の懐に飛び込んでいくような。まさか。この先にあるのだろうか。

 じりじりと、気持ちの悪い湿気が身体に纏わりつく。霧のような雨が降ってきた。それから、息も白くなっていた。恐ろしく、気温が下がって行くのが体感だけでも分かる。

 この道はおそらく、麓の村の者が捧げものを送り届けるために使った道だろう。

 足が自然とその道をなぞるように進んでいた。もしかするとあの登山サークルもこの道を通ったのではないだろうか。だがわざわざ逆側を選ぶだろうか。なんらかに誘われて、迷い込んだのだろくか。いや、だが彼女たちは全員生還している。確かに不思議な体験はしているがほぼ無傷で帰ってきている。この先に何があるのだろうか。気になる俺の足は次第にその速度を上げていった。

 そしてそれは私の予想通りだった。

 その道は頂上なんかに繋がっているわけもなく、山を切り開き、懐に飛び込んでいく。

 少しずつ沈んでいくように、両隣が木々と土で埋もれていく。それから現れたのは洞窟だった。懐中電灯で中を照らすが何も見えない。それだけ大きい、トンネルのような、空洞が口を開けている。

 寒い。闇夜に浮かぶ口からは恐ろしいほどの冷気が漏れている。これは怪異などではなく、この山の自然現象だ。バイク用の装備も兼ねているために少し厚着になっていたのが救いだ。

 ただ奇妙なことに、この先に何かが待ち受けている気がしなかった。恐ろしい気配のようなものはない。自然としての脅威も動物がいないせいかない。空洞を少し進むと大きな広間が顔を出す。

 そして、一番に見えたのはその光景だ。

 巨大な穴がぽっかりと闇を飲み込み、佇んでいる。寒さの原因は分かった。異様なまでの冷気がこの穴から立ち上っている。穴からまだ離れたこの場所でもこの寒さ。洞窟に入り込んだ水分はほとんど凍っている。この穴の底は冷凍されていると言っても過言ではないだろう。

 穴により近づいてみると、淵から続くらせん状の道が見える。穴は下に行くたびに細くなっているようで、嫌な夢とあの渦巻いた顔を思い出した。

 穴の先に続く道。途中で途切れて、祠のようななにかが備え付けられてあった。奈落に向かうようで嫌だが、あれだけは調べなければならないだろう。この穴が捧げものを突き落としていた穴だとすれば何か手掛かりがあることは間違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る