第2話 さえずり街

 ここは、都会から少し離れたさえずり街。


 都心から離れているとはいえ、中心街からは一駅程度で、バス亭はさえずり街の方が多い。

 学校や住宅街も多いので人通りもよく、活気のある街だ。


 その活気を勢いづけているのが、さえずり商店街。


 言い伝えによると、この街を作った神様が豊作の神だったらしく、都心には負けない!あなたのおなかを満たす商店街!をスローガンに各お店が力を入れた商品を安く美味しく提供し、この街に住むみんなの台所になっている。


 お店の店員たちも一癖も二癖もある人たちばかりがいる事で有名だ。



 例えば、魚屋『ペンギン』の看板息子は魚屋のくせに、根暗でぼそぼそ話すので、競りに連れていけないが、低い良い声をしている。

 店先で迷っているご婦人の耳元で「これ、今、旬の鮭です、脂がのって美味しいですよ?」と囁けば、ご婦人は顔を真っ赤にして百発百中買って帰る。それも大量に。ささやきが聞きたいがために、ペンギンに通う人もいるそうだ。



 お肉屋『ホークス』では、夕方になるとタイムセールを始める。

 タイムセールでは店主と息子による肉のプレゼンがあり、どちらがお客さんに良いプレゼンをするかを競い合っている。

 店主が「この豚肉は鮮度もいいし、生姜焼きでもステーキにしてもいい!今日の晩飯にはぴったりだぁ!」雄々しく歌えば、息子は「僕はこの合いびき肉で作ったあなたのハンバーグが食べてみたい。何故って?この僕が選んだ絶品の牛肉と豚肉を掛け合わせているからさ!あなたの手料理が食べられる旦那さんがうらやましい……」と奥様方の手を取り見つめて話す。

 この肉屋の息子、容姿が歌って踊れるアイドルグループにいそうなきれい系男子なので、虜になる奥様が多い。店主の父は強面プロレスラー並みにゴツイ。

 当然、奥様はキラキラ息子がプレゼンする方を買うので、父が「何故だぁぁぁぁぁ!」と叫び散らすイベントが毎日行われている。




 などなど、名物店が多い街。


 そんなさえずり街には珍しく、ゆったりした音楽が流れ、くつろげるお店が喫茶『ペリカン』だ。


 喫茶ペリカンのホットケーキは絶品で、絵本に出てくるようなきつね色をした、分厚くてふっかふかの生地に濃厚なバターと、黄金色したはちみつをかけて食べるのがおすすめ。

 アツアツの生地に溶けたバター、はちみつをとろーり絡めて食べた時の幸福感といったらもうたまんない。


「あーしあわせぇぇー」


 何度も食べているが、毎回言葉に出てしまう。


「凛ちゃんはいつもおいしそうに食べてくれるから嬉しいね。作り甲斐があるよ」


 カウンターでコーヒーカップを磨く、白いシャツに黒のベスト、紺のカフェエプロンと丸メガネを付け、黒髪に白髪が所々に混じったオールバックのペリカンの店主田中さんが、うんうんとうなずく。

 昔ながらの喫茶店にいるおじいさんって感じの見た目が、さらにホットケーキを美味しくさせているんだと思う。


「でも、凛。これ、何個目?」


 凛の隣でアイスコーヒーをすする、短髪メガネで長めの前髪を気だるそうに整えながら、魚屋の看板息子の魚兄うおにいが聞く。

 本当はちゃんとした名前があるんだが、凛が小さい頃からの付き合いで、お魚屋さんのお兄ちゃんが定着してしまい、魚兄と呼んでいる。


「え?五?六だっけ?」


 田中さんに聞きかえす。彼は苦笑いしながら答えた。


「八個目じゃないかな?」

「え、凛が、デブとか、嫌」

「魚兄!女子にその言葉は無しだよ!」


 カウンターを激しくたたいたせいで、アイスコーヒーがこぼれそうになった。魚兄は慌ててコップを押さえる。


「凛、力加減。コーヒー弁償させるよ?」

「あっちゃーやっちゃった。ごめん魚兄」

「いい。凛が無事なら、大丈夫」

「凛ちゃん、また力加減がきかないのかい?」


 田中さんが水滴でぬれたカウンターを布巾で掃除しながら聞いてきた。


「うん、友達にもゴリラの凛はマジヤバイって言われたばっかでさ。今、ちょっとブルーなの」

「ゴリラ……」

「マジで、友達にそんなあだ名付けるネーミングセンス、パナイよね?」

「うん。パナイ」


 凛はたまーに感情が高ぶってしまうと力加減がわからなくなる。

 前、むかついたことがあって怒り任せに教室の壁を殴ったら、こぶし型に壁をくりぬいてしまった。

 そこから友達はいじりも含めて、時々ゴリラとあだ名で呼ぶ。

 花の女子高生にあるまじきあだ名だが、陰湿ないじめなどなく、気心知れた友達同士でしか言わないため、凛は特に気にしてはいないが、男子には効果てきめんだったらしく、遠巻きに見られている。

 花の女子高生はたったの三年間だけだ。恋の一つも二つもしたいお年頃なのに浮ついた話一つもない。


「かーれーし欲しーのにぃー大食いでゴリラ女は無理って思われたらどーしよ?!悲しくて飢え死にしそうぅー」

「凛、世の中には物好きがいるって、知ってる?」

「いや、魚兄、それ全然フォローになってないから」


 素敵な男性にはお会いしたいが、物好きと恋愛したいわけじゃない。


 そりゃ、こんな大食い剛腕ゴリラでも、そんな君が可愛くて好きだよ、なーんて告白する人は絶滅危惧種並みにそうそう居ないと分かってはいるが、ときめく乙女なんだから、夢見たってバチは当たらないはず。


「このさえずり街で飢え死にされるのは困るなぁ」

「じゃ、田中さん、ホットケーキもう一個追加で!」


 横で魚兄がまだ食べるのか?ってドン引きしてるけど、気にしない。

 乙女にとってスィーツはときめきのガソリンだ。

 食べれば食べるほど、元気とやる気がわいてくる強ーい味方。


「凛ちゃん、ホットケーキもいいけど、新店のスィーツって興味あるかい?」

「え?新しいスィーツのお店が出来るの?!」

「そんな話、聞いていません」

「新店というか、閉まっていたお店が店主を変えて新たにカフェを始めるんだ」

「閉まってるお店なんてあったっけ?」


 さえずり街は今どきの商店街には珍しく、長寿のお店が多い。

 商店街のみんなが助け合い、日々頑張っているおかげだ。


 大抵、魚兄の様に子どもや親せきが跡を継ぐので、後継ぎ問題もめったにない。凛は食べるのが趣味で、ご近所のさえずり街の食べ物屋さんはすべて把握しているつもりだ。

 新店のうわさがあれば、商店街の人たちが知らせてくれるはず。

 魚兄ですら聞いていないとなると、一体どこなのか見当もつかない。


「ほら、商店街の北口の路地を一歩右に曲がって、しんちゃんの飲み屋さんがあるだろ?そこをさらに奥まで進んで、左に曲がった角にある洋館だよ」

「うっわ、なにそれ。あんなところにお店があったの?」


 新ちゃんとは、新谷しんたにさんというおじさんが、地酒と熱々の肉料理をメインで出していて、鶴がビール瓶を持っているマークが印象的な飲み屋『クレイン』だ。

 凛は未成年だから、お酒はまだ飲めないが、商店街の人に焼き鳥をおごってもらった事がある。

 甘じょっぱいたれをたっぷり絡めて食べる熱々の焼き鳥は絶品だった。

 クレインまでは、明るく人通りもあるが、そこを過ぎると古い職人さんの工房が多く、夜はあまり人気が少ない場所だ。


 そんな辺鄙へんぴな場所にカフェをオープンするとはいい度胸だ。

 しかも、洋館とな。


「なんか、怖くない?」

「確かに、薄気味悪い、ね」


 魚兄と顔を見合わせてうなずく。


「あそこはちょうど日陰になりやすいからね。暗くなりがちだけど、お店は良い雰囲気のお店だよ?」

「えーほんとかなぁ?」


 田中さんが良いと言うなら、その通りなんだろうが、立地が悪すぎてピンとこない。

 お化け屋敷なら納得出来るのに。

 魚兄が、アイスコーヒーを飲みきって、テーブルに置くと同時に田中さんに質問した。


「そこの、新作ケーキを凛に?」

「あんまり美味しくなさそー」


 薄暗いお店の新作ケーキ。

 緑や黄色の毒々しいヘドロ色のケーキが出てきそうだ。


「まぁまぁ、百聞は一見にしかずって言うじゃないか。案外、凛ちゃん好みのビッグケーキかもしれないよ?」

「んー、田中さんにはお世話になってるしなぁー」

「……ホットケーキにメープルアイスと大粒イチゴ追加するかい?」

「しかたない!田中さんの頼みだもんね!この凛ちゃんにドーンとまっかせなさーい!」

「……凛、食い意地、酷すぎ」


 魚兄はブツブツ文句を言っていたが、実際、田中さんには主に放課後のガソリン供給場として、とてつもなくお世話になっているので、お願いのひとつやふたつは聞いてあげないとバチが当たりそうだ。


 凛はメープルアイスと特大イチゴ添え特製ホットケーキをたいらげた。

 今日はまだ準備が出来てないから、日を改めて欲しいと言うことで、後日、問題の洋館に行くことになった。

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