【1000字小説】拳神
八木耳木兎(やぎ みみずく)
【1000字小説】拳神
時は、六十年も昔のことになる。
人々は、清国の圧政に苦しんでいた。
私はその時、村で暮らす若者だったが、賢い先生が営む私塾に通い、漢民族と明朝の復興を志そうとしていたものだ。
やがて私たちの村にも、重税を課す役人が大挙してやってきた。
その時私塾の先生や学友、ついには私の家族すらも、反逆を理由に幽閉された。
「西の山には、僧たちが日々功夫の修行を行う寺院があるらしい」
その噂を聞きつけた私は、一目散に村を飛び出した。
このままでは、やがて先生や家族、ともすれば村の者全員が処刑されかねなかったからだ。
役人は皆戦い慣れした武術の使い手。
こちらも武術の技と、心身を鍛えることが抵抗に必要だった。
「私に武術を教えてください」
長旅の果てにたどり着いた寺の長老に、私は跪いて懇願した。
「其方は復讐心に囚われておる。感情的な者には教えられん」
長老はそう言って、私を門前払いにした。
その後私は、何度も懇願したが、その門前払いを食らった。
やっと向こうが根負けして寺内の修行のための房に入れられたころには、一年が過ぎていた。
修行房は全部で九十九あり、視力、聴力、平衡感覚など基礎的な感覚を鍛える房から、腕力、脚力、跳躍力など筋力を鍛える房、剣術や棍棒術などの得物の使い方を学ぶ房など、鍛錬の内容は房によってさまざまであった。
私が最初に入った房は、跳躍で池を飛び越えるだけを訓練とする場だったが、毎日飛び越えることができずにびしょ濡れになっていたものだ。
しかし、私はめげなかった。
もっと武術を鍛えたい。もっと強くなりたい。
その一心ゆえに、私は他の修行僧が寝ている間にも、自主的に訓練を続けた。
一年後、その努力は実り、ついに第一房の修行を終えることができた。
そこからの修行は、自分でも驚くほど調子よく進んだ。
第一房での跳躍力の鍛錬によって、自分に適した鍛錬の方法を無意識に学んでいたのだろう。
結果私は、第九十九房での寺の達人たちとの勝負にも打ち勝ち、歴代の修行僧の中でも最短の六年で、すべての修行を終えることができた。
「……そして私は、拳法の達人である【拳神】の称号を与えられた、というわけじゃ」
今私は、修行した寺の長老を務めている。
寺の隣村の子供たちに、かつての私の修行の日々の話をすることが、時間の空いた日の私の楽しみだった。
「あのさ」
私の昔話を聞いていた、子供たちの一人が、私に問いかけてきた。
「村は?」
【1000字小説】拳神 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012
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