雨と少女
佳達介士
雨と少女
見上げる空はいつだって雨模様で、一抹の光だって差し込むこともない。帰り道を駆ける雨足は段々と速くなり、それに比例して湿り気を帯びていく自身の服はひどく肌をじとつかせる。
折れ掛かった傘を片手にようやく家へ帰り着いた私は、おもむろに自分の部屋へと上がり、雨粒が垂れかかる窓辺にもたれかかりながらそっと顔を上げる。目に映るてるてる坊主の顔はいつも私を哀れむかのように見つめている。
子供騙しに過ぎないことは分かっていたはずだった。
自らを模したかのように無意味な願いを空へと送る姿に、私はどうしようもなく憂いを募らせる。辛い現実から逃げるために始めた事だったが、もうかれこれ数週間は何も変わらないままだ。決して晴れることの無い世界に足を留めたっきり、最初の一歩すらも踏み出せてはいない。
私は自棄になって、自身の下らない願いを、吊していた糸ごと窓から外へと投げ捨てた。延々と降り続ける雨によってその表情は段々と曖昧になり、やがて不格好な笑顔を覗かせるようになった。
所詮は稚拙際まりない願掛けでしかなかったのかもしれない。自分すら何一つ変えられない私が何かを願ったところで、変えられるものはそもそもこの世には存在しない。諦めた願いと共に部屋を後にしようとする私には、もう選択肢など優に残されてはいない。
もはやどうしたって心に残る曇り具合は拭いきれず、私はいい加減夢を見ることをやめた。いつかに願った日々は、始まりを見ることも無いまま今日限りで終いになるらしい。
床に置きっぱなしにされたままのちり紙とマジックペンを元の場所へと戻し、改めて部屋を出ようと私はドアノブに手をかける。濡れたままの手を伝って一滴の滴が垂れる音が聞こえる。
その時だった。雨足が強く地面を打ちつける音が端緒だった。吹き荒れる風が窓を強く叩き付けると共に、炸裂したガラスの破片が宙を舞った。その一片一片が互いに擦れ、騒がしい音を鳴らしている。
私は突然のことに一瞬我を失いそうになった。一拍おいて後ろを振り返ると既に窓ガラスは跡形も無く粉々になっていた。慌てて私の名前を呼ぶ母の声は事態の強烈さを一層際立たせていた。
しかし、私は意外にも落ち着いていた。驚きこそしたものの、どうやら私にとってそれは救いか何かのように見えたかもしれない。
私は考えた。今まで自分を悩ましていたものは何だったのか、いつまでも変わること無く同じ場所に留まり続けることが私の願いだったのか。淀みきった部屋はこじ開けられた窓の元、冷たくも瑞々しい雨風によっていつの間にか様相を変えていた。
辺りを埋め尽くすガラスの破片を手早く処理し、私はようやく部屋を後にする。母に事の有様を説明し、玄関にかけられた雨具を勢いよく取り出し、私はその余りの野暮ったさに少々苦笑する。
もしかしたら明日も雨かもしれない。それでも私はどしゃ降りの続く中、ずぶ濡れになりながらも庭の方へと駆け出す。悲壮な骸のように無残な姿を雨に曝しながら、未だ僅かに空へと祈りつづける、その願いの意思を拾い上げて。
ほんの少し湿った手の中、インクの滲んだ笑顔がいつもより笑っているように見えた。
雨と少女 佳達介士 @kadatsu-kaishi
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