第3話 ぬすまれた街(GM:ジューグPL(筆者))

その1 冒険者には向かない依頼

※今回は筆者がGMのため、話の雰囲気がやや異なります。あと、アイちゃんは出てきませんのであしからず。



<ここまでのあらすじ>


三人の冒険者と一人の放浪者は女神の分体"アイ"の成長を手助けし、導くことになった。

いよいよ『神々の扉』を起動できるようになったアイだが、現状では起動させてもレーゼルドーン大陸への片道切符になってしまうという。

そこで、旅の準備と心の準備のため、一同はいったんクーダスへ戻ることにした。





<簡易キャラ紹介>


【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。


【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。


【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する放浪者ヴァグランツ


【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。


【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。


【アイ】(神族/女/0歳):遺跡『神々の扉』に生み出された小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体だが、皆の努力の甲斐あって人族の神になりつつある。



【カラシン】(人間/男/44歳):冒険者ギルド支部“静かなる巨兵亭”支部長。一行への扱いはぞんざい。





「そういや、パイセンってさー」


「なんだ?」


 『神々の扉』より帰ってきた翌日。“静かなる巨兵亭”1階のテーブルでくつろいでいたセネカは、ラゼルから素朴な疑問をぶつけられた。


「普段、カネどうしてんの?」


 セネカは他の面々とは違い、冒険者ギルドに所属しない放浪者ヴァグランツである。

 前回、前々回はラゼルたちと共に冒険者ギルドから依頼を請けているが、それはカラシンからの厚意によるものだ。普通の冒険者ギルド支部であれば、『依頼を請けたいならまず冒険者として登録しろ』と言うのが当然だ。『ギルド』という名称にしては、冒険者ギルドの冒険者に対しての拘束はかなり緩いものなのだから。

 ラゼルは、セネカが冒険者ギルドに登録しない理由について訊ねたこともあったが、「自由でいたくてな」としか聞けなかった。


「冒険者とそんなに変わらないぞ。依頼人から礼金をもらうこともあるし、遺跡からアイテムを発掘したり、倒した魔物から戦利品を剥ぎ取ることもある」


「へぇー」


「それに……」


 と、セネカが言いかけたところで、頬杖をついていたラゼルの腹が派手に鳴った。


「ん。何か食いたいものがあるなら作ってやるが……流石にパンケーキ三昧だと飽きてくるだろう?」


「んー、そっすねー……」




 カランコロン。入り口の扉に付いた鈴が鳴る。

 ラゼルとセネカのみならず、キュオやアルマ、そしてカウンターにいたカラシンの目が扉に集中した。


「失礼いたします」


 声の主は、小柄な女性のルーンフォークだった。メイド服を身にまとい、赤い髪を短いサイドテールにしている。


「ルーンフォーク?誰かの使いかしら」と、アルマ。


「へー、かわいいじゃん」


 お人形さんみたいだ……と言いかけ、危うくラゼルはことばを飲み込んだ。

 ルーンフォークは魔動機文明期に生み出された人造人間だ。かつては奴隷のような扱いをされていたこともあったが、魔動機文明期の間に地位の向上が成され、現在では他の人族と対等の存在として扱われている。

 が、ルーンフォークを自分たちより一段下の存在と見る不届き者は現在でも少なからず存在していた。ルーンフォークを『人形』と呼ぶのは、基本的に輩だ。


 彼女は一瞬だけ目を見開き、顔を無表情に戻して視線をラゼルに向けた。そして、すぐに視線を逸らす。

(やべ、怒られたかな)ラゼルは頭をかいた。

 ルーンフォークの女性は、セネカのほうに歩み寄っていき、丁重に挨拶した。


「セネカ様、おはようございます」


「ああ、おはよう」


 セネカは仲間たちに向き直って、言った。


「彼女はリーゼロッテ・シュヴァルツ。俺の支援者のエデルガルト・シュヴァルツシルトに仕えている」


「支援者?」


「スポンサー、とでも言おうか」


 支援者、とはヴァグランツの志に賛同して援助したり、仕事を依頼したりする者のことだ。

 冒険者ギルドとは単なる仲介業者ではない。依頼を吟味して適切な実力の冒険者に紹介するし、怪しい依頼人には事前の裏取りも行う。もちろん、冒険者ギルドの職員も人の子。『単なるゴブリン退治だと聞いてたんだけど敵のボスがドレイクだった』とか『悪い依頼人のウソを見抜けずに騙された』というようなことはしばしばあるが。

 それに、前回スリがデュラハンに狙われた際に述べたとおり、依頼料を払えそうにない依頼人にはギルドが肩代わりしてくれることさえある。普通なら、冒険者ギルドに依頼しない理由はないのだ。冒険者が十分在住している土地において、わざわざヴァグランツに依頼をするとすれば、それは『冒険者に依頼しにくい仕事』ということになる。

 例えば『親を死に追いやった悪徳商人を殺して欲しい』だの『圧政者への反乱に協力して欲しい』というのは、ある意味正義ではあるが人族社会の法には抵触し、冒険者ギルドでは請けてもらえないだろう。あるいは、『故郷を滅ぼした片目のボルグを探し出して討ってくれ』というような、いつ終えられるかわからない依頼であるとか。


「我が主がセネカ様のお力を借りたいと申しております」


「ありゃ、じゃセネカだけお仕事なんだ」


「いいえ。今回はおそらく単独では困難かと」


 リーゼロッテはキュオに向かって答えると、ちら、とカラシンの方を見た。ギルドの支部長はなぜか、ばつの悪そうな表情をしている。


「冒険者としてのモラルを守る限りは、俺からは口出しすることじゃない」


「あれ、なんかわけありー?」


「……ああ、ちょいと難儀な状況になっててな」


 カラシンの口ぶりからして、冒険者ギルドでは対応しづらい依頼ではあるようだ。


「詳しくは、屋敷にてお話しします」


「まあギルドが絡まない話なら、私らが依頼蹴ってもギルドの面子に傷がつくなんて事も無いしねー。行こっか?」


「店主も知ってるということは根回し済みだろう。食事も出てくるし、損はしないと思うぞ」


 セネカはアルマとラゼルを順に見た。


「オレはいいけど。アルマはどうする?」


「ん?あー……いいわよ」


 ちなみに、アイとビハールはアイの神聖魔法の研究のため、魔術師ギルドにこもっている。







 エデルガルトの屋敷に向かう道中、セネカは彼女について説明した。


「エデルはアルヴだ。シュヴード王国では有数の富豪であり、篤志家としても知られている」


「ああ、アルヴね。私らリカントにはちょっと共感するところがあるから特に偏見は無いよ。何が共感って蛮族に間違われる事がたまにあるとこ!」


 キュオは拳を振るわせて力説した。

 アルヴは希少な種族で、元はヴァンパイアがハルーラ神に導かれて生まれたとも言われる。それゆえ、わずかながら穢れを持ち、定期的に他者(アルヴ以外の人族か蛮族)からマナを吸わないと生きていけない。

 おまけに、白い肌で黒い眼球に金や赤に光る瞳、とかなり外見的に異形なところがあり、蛮族と誤認される事も少なくなかった。


「全く迷惑な話だよね、わたしゃライカンスロープじゃないっちゅーの」


「まあな」ラゼルは適当に相づちを打った。


 普段のナイトメアは異形としてはささやかな角が生えているぐらいだが、それでも偏見は根強い。アルヴの異形はさらに強烈なのだから、なおさらだ。

 エデルガルトの父親もアルヴであった。長い間諸国を放浪した末、ようやくシュヴード王国を安住の地とし、富を築いたのだという。

 アルヴは人間と子を成す事は可能だが、母親が人間でもアルヴでも妊娠で高熱を出し、亡くなる可能性が高いという難儀な特徴があった。エデルガルトの父も晩年に迎えた人間の妻を高熱で亡くし、娘が成人になるのを見届けるように世を去った。エデルガルトは父の遺した莫大な財産を相続し、シュヴードでも有数の富豪となっている。


「そう言えば、ラゼル。一つ言っておくべき事があった」


「なんすか?パイセン」


「彼女の屋敷に仕えている女たちは、皆、かつてばかりだ」


「へ、へえ……」


 ラゼルは何と答えたらいいものか迷った。リーゼロッテは、というと、少なくとも表面上は平然と先頭を歩いている。


「まあ、俺と同行しているから大丈夫だとは思うが」


「りょーかい……」



「こちらです」


 リーゼロッテが門を開くと、中庭の向こうに邸宅が見えた。


「おおう、豪華」


「ここの屋敷は広いぞ。勝手にうろついて迷子になるなよ」


 セネカはキュオに注意すると、石畳に足を踏み出す。




「いらっしゃいませ」


 入り口の扉を開けた先、種族も様々なメイドの女性たちが、ロビーの両脇に並ぶ。その数、10人ほど。


 おー、可愛い子、美人揃いだなあ……と鼻を伸ばしかけてラゼルはアルマに足を踏まれ、なかった。


「い!?」


「え?」


「あー……」


 アルマ、キュオ、ラゼルはメイド長と思しき女性に視線を向けて仰天した。その頭にはナイトメアにしても大きな角が生えている。


「レナータ・シュヴァルツと申します。お察しの通り、ドレイクでございます」


 比較的寛容なシュヴード王国では、ウィークリングなどの一部の蛮族も珍しくはない。それでも、ドレイクに出会うことはまずなかった。


「あー……ブロークンの」

 

 ラゼルは小声で言った。魔剣を折られたり奪われたりした、あるいは生まれつき魔剣の無いドレイクは、たとえ生き延びても翼は縮小し、竜化の能力は失われてしまう。


「ええ」


「姓はリーゼロッテちゃんと同じ……なんですね」


「事情により自身の姓を失った者、もしくは希望する者はシュヴァルツ姓を名乗っております」


 レナータはドレイクにしてはとても穏やかな女性だった。他のメイドたちがラゼルに対しては多かれ少なかれ警戒か怯えを含む視線を向けるのに対し、彼女の眼は優しい。魔剣が折れると穢れが減少し、蛮族らしい攻撃性も削がれるというが。


「では、主のもとへ御案内します」


「頼む」


 セネカにとっては、この屋敷は我が家同然であるようだった。







 奥の部屋で、豊満な美女が待っていた。


「いらっしゃい。会いたかったわ、セネカ」


 美女ーエデルガルドが艶やかに笑った。アルヴとしての異形が、反って彼女に妖しい魅力を与えている。


「俺も連絡を入れようと思ってた頃だ。今世話になってる連中というのが、この3人と1体でな」


 1体、ことゴーレム8号が臆することなく手を振った。ゴーレムに人格があるという公式設定はないが、彼(?)は時々、自身に心があるような振る舞いをする。


「ええ。噂はかねがね」


 8号の振る舞いに、エデルガルトはクスリと笑った。


「アイとその後の方向については知っているかもしれないが、お国のご意向もある。この依頼が済んだらしばらく不在になるかもしれない。その前に……できる限りのことはするつもりだ」


 『しばらく不在に』と聞いた途端、エデルガルトの表情が曇る。


「……そう」


「あらぁー?えー?セネカー、本当?」


 二人がただならぬ関係であることを察したアルマが、ニヤニヤした。


「まあ……そこそこの付き合いだ」


(アルヴとグラスランナーって組み合わせも、すごいもんだな……)


 ラゼルは肩をすくめた。定期的にマナを吸わないといけないアルヴだが、グラスランナーからは(MPが無いので)マナを吸えない。

 別に、アルヴ以外の人族か蛮族であれば吸う対象は誰でも良い(それこそ、戦う相手から強引に吸うこともできる)のだが……吸血と同様、マナを吸う、という行為にを見いだす者も少なくはない。


「ともかく……食事を用意させているわ。どうぞ席に」


「ああ、ご馳走になろう」


 セネカに続いて、一行は席に着いた。






(つづく)

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