第54話 時の牢獄……!

 青かった稲妻が赤く染まった。


 私が、そう認識できたのはほんの一瞬のことだった。


「……え?」


 灰咲が錠前を開錠した。

 その音を聞いた次の瞬間。

 ドラゴニュートのジュラザードがいる周囲の空間が真っ黒に塗りつぶされたのだ。


「……な、何が起きたの?」


 時間にして、本当に1秒もたたず。

 その黒い空間は解除された。

 またジュラザードの攻撃が来る……!


 そう思い、思わず両手で顔を守った。

 そして両の手の隙間から、ジュラザードの様子をうかがう。


 この目に映ったのは青い光。

 先ほどと変わらぬ青い光。


 それが思い込みだと気づいたのは、目の前の光景を正しく認識した後だった。


「……は、白骨? なん……どうして」


 ジュラザードだったドラゴニュートの、白骨遺体。

 黒い空間から現れたのは生物ではなく死骸だったのだ。


 認識はできた。

 だが理解は追いつかない。


 わずか1秒の間に白骨遺体に変化した?


 何故、どうして。


「……まさ、か」


 思いついたのは、一つの空論。

 まさか、ありえない。


 浮かんだ考えを自ら否定し、他の可能性を模索し、結論付ける。

 やはり、それ以外に考えられないと。


「空間の膨張に伴う、時間の伸長……」


 光速度不変の原理という言葉がある。


 例えばの話。

 秒速240メートルで走る自転車を、秒速60メートルで同じ方向に歩きながら観測すれば、1秒間にどれだけの速度で動いているように見えるだろう。

 答えは240 - 60で180メートルだ。


 一般に相対速度と呼ばれるものだが、実は光の速度にはこれを適応できない。


 静止している人から見ると光は毎秒30万キロメートルの速度で移動するが、秒速15万キロメートルで移動している人から見ても30万キロメートルの速さで移動しているように見えるのだ。


 何故か?


 秒速15万キロで移動している人の1秒は、外から見ればわずか0.5秒に過ぎないからだ。

 0.5秒で15万キロも、1秒で30万キロも速度は同じ。


 反面、半面。

 現状を振り返ってみよう。


 ドラゴニュートのジュラザードを、漆塗りの空間が染め上げたの客観的にはわずか1秒のこと。

 だがその間、内部では空間が光より速い速度で広がり続けていた。


(もし、光より速い速度で広がり続ける空間の存在を仮定するなら……内部では1秒先が訪れない……!)


 1秒に限らない。

 1瞬先だって訪れない。


 内部では時間の移動が可能になる代わりに、空間的な移動の一切が不可能になるのだ。


(例えるならば時の牢獄!)


 そして牢獄の解除と共に時間の流れは元のものに合流し、収束する。

 内部では限りなく無限に近い時間が流れていたにもかかわらず、だ。


 似た技に四次元フィールドがあるが、あれとは本質が大きく異なる。というのも、四次元フィールド内部では一切の時間が停止する。

 取り込まれると同時に時の因果から切り離され、解除されると同時に時の流れに合流する。だから老衰することなんてない。


 しかしこの純黒の空間では、時の因果から逃れられない。


(捕まれば、逃げ出す術なんてどこにもない!)


 私は、とんでもない怪物を生み出してしまったのかもしれない……。


「は、灰咲……」

「っし、行くか」

「……は、へ?」


 彼に声を掛けようとして、驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。灰咲は私を見て、何を驚いているんだとでも言いたげな顔をしている。


「助けに行くんだろ? お前の仲間たちを」


 ……ああ、そっか。


 確かに、人一人が持つには大きすぎる力だ。

 恐ろしいと、思った。

 でも、違う。


(手にした力を、どう使うか。灰咲はそれを、きっと悪い方向には使わない)


 この人に、託してみよう。

 改めて、そう感じた。


「うん……っ、うん!」


 そして、精霊エレメンタル救出作戦は始まりの鐘を告げる。

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