第52話 戦闘! 龍人族!
「名を遺せだ? ハッ、笑わせるな。人に名前を尋ねるときはまず自分から。ここが地球の日本である以上、日本の流儀に乗っ取るのがマナーだろうがトカゲ風情」
異世界からやってきた尖兵、龍人と向き合いながら思考を巡らせる。
(この抉れた地面、こいつがやったっていうのか?)
奴の奇襲を四次元フィールドで防いだのはいいが、防空壕から空襲の様子が見えないように、奴が一体どんな攻撃をしたかを俺たちは知らない。
(ブレス? 拳圧? それともまったく別の攻撃?)
初撃は殺気を察知して回避できた。
だけど直感というのはつまるところ、運が良かっただけに過ぎない。
次の一撃もまた防げるか?
「ゼハハ。この俺を前にいい度胸だ。なるほど確かに、遠くない将来に侵略を終えるとしても今はまだ貴様らの領地。貴様のいうことは一理ある」
ドラゴニュートが右手を胸の前に持っていき、手首を返した。その時気づいた。
奴の手に、錠前が握られている。
カチャン。
錠が開かれる乾いた音が虚空に響く。
(……暗雲?)
奴が錠前を開いたのがトリガーだろう。
空が見る見るうちに暗闇に包まれていく。
(違う、これは――雷雲‼)
バチリバチリと青い稲妻が迸り、そして、一条の太い雷となって、ドラゴニュートのもとに降り注いだ。
コンクリートの砕ける音が耳を打ち、白煙が巻き起こる。
自爆?
違う。
煙が晴れていく。
ドラゴニュートの影がある。
その手には、身の丈ほどはあろうかという大きな西洋槍が握られていた。
「我が名はジュラザード‼
「お、おう」
……中二病患者だったか。
さすがの俺も怯む。
「さあ! 貴様も名乗れ‼」
名乗り返せ⁉
ああ、そういえば俺の名前が知りたければまず自分から名乗れって言ったんだっけ。
いや、そういうのは、もう卒業したから、な?
騎士道とかサムライスピリッツとか、あいにく現代では羞恥心に虐げられる存在でしかないのよ。
「さあ! どうした‼」
なんでこいつこんなにノリノリなんだよ。
おい、ルナ。
どうにかしてくれ!
そんな思いを込めてルナをを見る。
信頼のアイコンタクトだ。
ルナはこくんとうなずいた。
「この天使ルナ! これから死ぬ奴に名乗る名前なんてないのです!」
「名乗ってんじゃねえか」
「あああぁぁぁぁぁ⁉」
くそが! カオスか!
シリアスギャグにシリアスブレイカーを混ぜるんじゃねえよ‼ 収拾がつかなくなるだろ‼
「ちっ、四次元フィールド‼」
紆余曲折あったが、空気が弛緩したこの一瞬。
隙をつくのにこれ以上の好機はない。
ゆえに狙うは最速不可避の一撃必殺。
薄い円盤状に伸ばした四次元フィールドをドラゴニュート――ジュラザードの胴体がある地点を中心に展開する。
展開を察知した瞬間には手遅れ。分子間の結合が停止した時間に引き裂かれ、胴体が真っ二つに引き裂かれている。
「ほう、このような使い方もできるのか」
「なっ⁉」
広げた四次元フィールド。
その上部に、ジュラザードは足をつけていた。
跳んだのだ。
あの一瞬で。
四次元フィールドが展開されるより前に察知し、上方へと回避したのだ。
「だが、それでは俺には届かない」
ジュラザードが四次元フィールドに槍の石突を打ち付けた。
今、四次元フィールドは、ジュラザードがいる地点のちょうど真下あたりを中心に固定されている。
そこを支点とし、力を加えられれば四次元フィールドは傾く。
ちょうど、こちらに向かって。
(……まずっ!)
陸上の短距離走を見たことがあるだろうか。
スタートするときに足を掛ける器具を、スターティングブロックという。
どうしてそんな器具を使うのか。
それは二足歩行の人体構造に理由がある。
二足歩行の動物の足は、地面に向かって垂直に伸びている。地面に垂直に体重を加え、真逆の方向に垂直抗力を受ける。このつり合いが保たれるからこそ人は地面にまっすぐ立てる。
要するに、二本の足は地面に対して垂直に力を加えることを前提とした構造になっているのだ。
水平方向に力を加えようとすれば、摩擦を受けて地面を踏みしめるしかない。
だが、そもそも摩擦力というのは垂直抗力の大きさに比例する。
水平方向に進もうとしても、垂直方向に力を加える必要があるため、持ちうる力の100パーセントを推進力に変換できないのだ。
もちろん、地面が水平ならばの話だが。
今、ジュラザードの足元は傾いている。
ちょうど俺の方向に向かって。
垂直方向に分配する力を最小限にして、水平方向への力を最大限加えられる体勢。
……ジュラザードの、蛇のような瞳と目が合った。
間髪をいれずに四次元フィールドを解除したはずだった。
だけど、ジュラザードが四次元フィールドを踏み抜くのはそれより早かった。
弾丸のように迫る巨体。
ゾーンを使って時間の流れを伸長しても回避しきれない!
「ぐあっ⁉」
「マスター⁉」
「灰咲⁉」
「ゼハハハハ! 今の一撃をよけるか‼ 面白い! 面白いぞ‼」
右肩から、鮮血が吹きこぼれた。
わかっている。
俺は今、奴の持つ槍で肩を貫かれたんだ。
「マスター! 血が‼」
「大、丈夫だ」
……じゅうじゅうと音を立てて、筋組織が再生していく。【オーバーヒール】が発動しているんだ。
死ぬことはない、だろう。
(だが、これじゃあジリ貧だ)
無音の一撃必殺を予知するように回避して、ゾーン中でもかわし切れない速度で攻撃を仕掛けてくる相手。
このままだと、勝ち目はない。
(くそが、コード:
俺の持つコード:
せめて俺にもコード:
「おい、アイ」
「な、何⁉」
「お前、この状況を打破しうる錠前は持ってねえか?」
一つ、可能性に思い至った。
コード:
その
持ち合わせていたとしても不思議はない。
「……一つだけ、でも、きっと人間には扱えない。ううん。強力すぎて、私にだって御しきれない!」
……へぇ。
あるんじゃねえか、やっぱ。
「託せ」
「……へ?」
アイに向かって、手を差し出す。
「だ、ダメよ! 知ってるでしょ? コード:
「コード:
「は? ……はぁ⁉」
「安心しろ。俺は適合者だ。アイの持ってる錠前がいかほどのものかは知らねえが、勝算はある。そうだろ?」
「……で、でも!」
アイの瞳は揺れている。
まるで過去の罪と、未来への期待の境界でさまようように。
「お前の仲間を助けたいって思い、俺が繋いでやる。だから、託せ」
アイが固唾をのむのがわかった。
アイの瞳が一度閉じられ、もう一度開かれる。
そこに、迷いの色はなかった。
「信じるよ? 灰咲」
「ああ、信じろ」
瞬間、差し出した俺の手の平あたりの空間がゆがむ。
アイが空間魔法で隠し持っていたのだろう。
顕現した錠前はずっしり重かった。
「ゼハハハハ! 次は本気で行くぞ異世界人‼ 遺言を残すなら今のうちだぜぇ‼」
「終わりはしないさ。今の俺たちならな‼」
カシャン。
錠前のスイッチを押し込む。
乾いた音が、やけに耳に残った。
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